File 02:首輪に従う黒狗(11)-厳選-
厚い期待を無碍にされて、「糞狸め」と小さな声で悪感情を燻らせる中佐を見れば、なるほどK-9sという部隊が如何に扱き使われているかという点を克明に理解できた。中佐自身やはりこうなるかと小さな期待を諦め、苦い顔で「承知致しました」とだけ首肯したが、ここまで来ても【ハチの密偵活動】に支障が出ないかだけは、しっかりと確認を取った。例え記憶を全て失ったとしても、軍人たるもの常に軍に多様な利益を齎し、己の需要の高さを顕示すべきと、中佐はそう考えているのだろう。きっと彼は、僕が軍に実りある成果を挙げるための適切な環境が用意されているのかどうかを、正確に問い質したかったのだと思う。
「ハチの内部調査と言っても、我々の通常任務は各個部隊が単独行動する場合が圧倒的に多く、現存する各九部隊との接触自体が難しい。閣下の言うところの任務遂行は極めて困難に思われますが、そこについてはどのようにお考えで?」
「任務発行に僕が一枚噛むよ。それで各部隊との長期合同任務を用意しよう。各地で広大な紛争制圧が依頼されたり、街中に潜む大量の侵蝕者の殲滅依頼が届いていたりと、合同で戦線に立とうと思えば取り掛かれるような大型任務など、腐るほどにあるだろう。ものは考えようだよ、中佐」
そこまで順当に手配されているのであれば、最早お手上げだ。そう言わんばかりに泣く泣く僕の保護係を受諾した中佐。あんなに世話役を嫌がっていた割に、いざそうなると決まった途端、何とも返すのが早い掌である。
どうやら僕の訓練に割くべき時間が一分一秒でも惜しいと直感して、中佐は早急に訓練に取り掛かりたいと態度を改めたようだ。効率重視の彼にとっては、【ハチ】の処遇が決定された今この瞬間でさえも惜しく感じるのだろう。意義のある時間活用ができないものかと、あれこれ画策している彼は、何か良い具体策でも思い付いたかのように、ふと僕に案を持ち掛けた。
「ハチ。お前に用意された猶予が極めて短いことを、お前自身が十分に理解していると踏まえた上で提案するが、今は少将閣下に訪ねる内容を選別する道を選ばないか?」
これは暗に、中佐自身が答えられるものなら質問は後ほど彼自身で済ませ、今は桐生氏に聞くべきことのみを取捨選択しろという意味合いだろう。与えられた一ヶ月間の猶予が如何に短いものかを物語るように、あまり感情を表に出さない中佐から焦りを感じ取った僕は、「確かにそれが最も合理的ですね」と賛同した。
中佐がことを急く気持ちは痛いほどに理解している。ただ、それでもあと二つだけ、僕は桐生氏に直接聞いておかねばならぬことがあった。それらが何を指すかと言えば、無論【どうやって僕が中佐の私室に侵入したか】と【どうして僕が任務中記憶喪失に陥ったことを予め軍管区が認知できていなかったのか】だ。
監視官総括役たるもの、第一級接触禁忌種たる中佐の私室を監視していた側の人間からすれば、当時の僕がどんな動きをしていたかなど、当然全て確認していたはずだ。軍部重役に就く桐生氏が多忙の身であることは百も承知であるが、例え彼が監査室で僕の出現現場に直接立ち会っていなかったとしても、優秀な部下達から迅速な報連相があって然り。知らないと言い切れないだけの条件が整っていた。
そして軍管区からの伝達で僕が監査官と明かされた中、何故軍管区側が僕の状態を把握していなかったのか、監視官総括役ならば直接知り得たことなのである。
今目の前にいる桐生氏にしか知り得ない真実を、敢えてここで聞かない手はない。中佐が講じた策に則り、僕は厳選した問を口早に発露した。
「では、まず最初に教えて頂きたいです。僕の出現確認が取れた原初の位置データが一体どこで、どういったルートを経て中佐の私室まで誰にも気付かれることなく潜り込んだのか。監視室を統括する責を負った桐生氏ならば、知り得ることかと存じます」
「ああ。それに関してだが、ルベルロイデ中佐の私室近辺と室内の監視記録が、丁度三ヶ月前から破損していてね。バックアップも綺麗に消去されていて、破損データのサルベージは極めて困難。監視対象である中佐自身も、当時ラナンキュラの遠征任務に赴いていたから、我々監視官も監視の重要度が低いと断じてしまい、復旧が後回しにされたんだ。実際、システムが復旧したのもついさっきらしくてね。お陰で監視室は今も大慌てでデータログの解析に追われている。だからハチ。君がいつ・どこから・どうやって侵入したのか――それに纏わるデータを、残念ながら我々監視室は未だに掴めていないんだ」
中佐の不在を建前に監視システムのコントロールを怠ったツケが、部外者の侵入を許してしまう結果に繋がるとは、何とも頭の痛くなる失態である。軍管区からの外部監査として派遣された僕が、奇しくも記憶喪失を発症していたことは、第三師管区にとって幸運な事故だったと言えよう。危険生物に指定される第一級接触禁忌種の管理が粗略であると報告されてしまえば、天下一と謳われる組織を持つ第三師管区の信用でさえも、容易に失墜し兼ねない。「何はともあれ助かったよ」と相好を崩す桐生氏の本意を占めていたのは、恐らく軍管区から失望される危難を無事回避できた安堵感だったのだろう。
「何にしろ、記憶喪失前の君は軍管区所属の監査役を任されるほどの曲者だ。だからこそこんな監視を掻い潜るなんて、もしかしたら造作ないのかもしれないけれど」
まさかの事実解明ならずに少々落胆する。しかし、桐生氏が発した言葉の節々から、思いも寄らぬ考察が忽然と顔を覗かせている点にふと気が付いた。明言しない言論の裏に潜む意図を感じるが、何の論拠もない憶測に身を任せるほど、己は愚かではない。会話の一端に隠された真意を探るように、僕はただ桐生氏の台詞を反芻した。




