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杏の血脈のクオ・ヴァディス  作者: 七種智弥
序章:混沌に帰す者——File 02
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File 02:首輪に従う黒狗(09)-詭弁-

「僕はK-9s(ケーナインズ)に配属されるほどの才能を持ちません。仮にK-9s(ケーナインズ)が身体能力に秀でた部隊だと仮定して、それに追随する特殊な能力も僕にはありません。にも拘らず、僕も侵蝕者(イローダー)殲滅戦に参加させられるんですか? 少し……いや、かなり横暴な対応に感じますが」


 これまでに受けた説明では、軍の上層が一般兵の戦闘参加に否定的な立場を示していることを教わってきた。無知者の参与は、情報漏洩と感染拡大を招く虞があるためだ。既に参謀長から直接機密情報を開示された今、上層側が僕を経由した情報漏洩に懸念点を見出す可能性は低いと断言できる。しかし、感染拡大について憂慮せざるを得ない状況は未だそのままにされているため、僕は声を上げずにいられなかった。


 対侵蝕者(イローダー)戦において必要とされるものは、事前対策のみに留まらない。豊富な戦闘技術と潤沢な実戦経験も含まれることは自明の理。これらが一部でも欠如していると、戦闘中の負傷を切欠とした感染は不可避と考えられる。これ故、軍のお偉いさん方は、「戦闘に関わる人員に制限を設ければいい」とばかりに、人材選抜の段階で根本的に厳しい制約を設けたのではないかと思う。

 些細なミスが生死を別つ致命的要素になり得る逼迫状態で、感染のリスクを上手く躱すスキルをも持たぬ僕が、100%感染しないと言い切れるか? 勿論答えはNoである。大抵の対人戦と大きく掛け離れた対侵蝕者(イローダー)戦では、通常の訓練しか受けてこなかった一般兵が犬死してしまうことも大いにある。ベテランの軍人ですら命の危機に曝され兼ねない特殊な戦場であるからこそ、対侵蝕者(イローダー)戦のK-9s(ケーナインズ)の配備は、より一層の必然性を帯びるのである。

 そんな危険地帯に、何の才能もない新兵が放り込まれてみろ。時間稼ぎにもならず無駄死するのが関の山だ。悔しくも殉職した英霊に二階級昇進という名の栄誉が与えられる――嬉しくもない未来が待つ。そんな展開は御免である。


 現実的に考えて、対侵蝕者(イローダー)戦にピカピカの新米(ルーキー)が参与し得るものなのか――それが大きな疑問点となった。隣に佇む中佐も、これまでは暇潰しとばかりに虚空を眺めていたが、元より【ハチの保護役】という面倒な役回りを忌避したがっていたのも加味してか、僕の意見に賛同するようにして、彼も少々声を大きくした。


「ハチの言う通り、侵蝕者(イローダー)殲滅作戦においては接近戦が基本。つまり杏病原体(プラルメソーシ)特有の侵蝕因子感染リスクは拭えぬのです。前線に立つ者には、常にそれなりの対策と技術、経験が要求される。その争点につきまして、果たして閣下が如何様なご推考をお持ちでいらっしゃるのか、是非小官もお聞かせ願いたいところであります」


 主要武器(メインウェポン)が伸縮自在な鉤爪のような見た目をしている血晶刃(ブロッジ)であることから、必然的に侵蝕者(イローダー)との戦闘は接近戦になる。接近戦――つまり相手との接触の虞が大きく、侵蝕因子の感染リスクが高まることを暗示する。熟達した戦士でも感染を回避しての戦闘は困難を極めるであろうに、そこに士官学校の記憶すら完全にないほぼ一般人が放り込まれては、正直言って何の役にも立たないだろう。それどころか、足枷なのだ。

 援護射撃でもしてサポートに徹するか? と問えば、無論そんな技術もない。但し、桐生(きりゅう)氏の話によれば、第一級接触禁忌種の血液を含有した狙撃弾があり、遠距離戦に持ち込んで戦う射撃部隊も存在する様子ではあった。だが、結局のところ敵方に接近されてしまえば血晶刃(ブロッジ)に頼らざるを得ないのが実情。つまるところ、基礎は血晶刃(ブロッジ)を使用した戦闘経験の蓄積が全てを左右する。


 一般人をどう扱って切り抜けるかが難しい問題であると共に、何らかの訓練期間を設けた上での参戦でなければ、単刀直入に言って僕の殉職は免れないことだ。そんなのは困る。僕だって命は惜しい。


「見たところ、ハチは監査役というだけで戦闘歴に乏しい印象と見受けますが、何の訓練もなしに実戦に即投入しろと仰いますか? 彼の体格を見るに当たって、記憶を喪失する前は前線勤務というより後方勤務に就いていたようにさえ思案致します。彼を軍の実戦レベルまで引き上げるのに、一体何年の月日を費やすおつもりで?」


 中佐の追撃は止まることを知らない。確かに【記憶喪失(イコール)実戦経験がない】という推論も、【筋骨隆々としていない体格から見て実践派でない】とされる想像も、概ね事実に差異はない。年齢的には平均な筋肉量であるため、訓練さえ積めばそれなりの使い道は出てくるやも知れない。然りとて通常軍人は士官学校というものの中で数年を掛けて基礎体力・戦闘技術・戦術戦法等を身に付けて巣立っていくはずだ。よもやそれを超短期間で(こな)せとは言うまいな? と疑心暗鬼になっていた僕の言いたいことを、中佐は綺麗に代弁してくれた。


「確かにハチの体格を見れば、彼が前衛で戦線を切り抜けてきた猛者とは思い難い。そんな幼気な少年を直ぐ様実戦投入するほど、流石に僕だって鬼じゃないよ。一ヶ月、かな。軍事訓練でみっちり扱いてもらって、そこから保護対象者(仮)の戦闘要員として部隊に配属させるのは。記憶を喪失してはいるものの、元は相応の軍歴ある人間だ。一軍人として捉えた上で、実戦投入までに(およ)そ一ヶ月を所要する、と計算した訳だが。中佐、君にはこの【ハチを一人前に育成する】という重要任務(ビッグタスク)を、何としても遂行してもらいたい」


 待て。今この男性は何と言った? 訓練期間一ヶ月だと? 基本的に数年は要する士官学校の座学内容や模擬実践の類をこの超短期間で習得しろというのか。

 無理だ。不可能だ。現実的でないそれに付き合ってられるものか。「嫌な予感とは当たるものだ」と、一人内心で長嘆息する。

 真横で「は、承知致しました。一ヶ月とのご命令ですが、小官は新兵の育成経験が全くございませんので、加減が上手くいくかどうかが気掛かりではあります。無論、ハチが先に訓練に耐え切れなくなる可能性も、(ぜろ)ではないかと……」と任務を快諾しながら、僕の耐用性を懸念する中佐の応答も、現実的に見ればどうかしている。単に上官命令を断り切れなかっただけなのかもしれないが、あまりにも非現実的な反応に気持ちが冷え込んだ。

 そして何より恐ろしいのは、「その点に関しては中佐の腕の見せどころというものさ」と歯牙にも掛けない桐生(きりゅう)氏の眼差しと、それに対する中佐の眼差しが、露ほどもにこりとしないまま、火花を散らすようにバチバチと交錯していることだ。排他的な関係を築かずに済んでいるのは、【難題を押し付ける強引な上司と、それに逆らえず不承不承に要求を呑む部下】という縮図が成り立っているからなのだろうが、下手側にフラストレーションが溜まるのは一目瞭然の構造だった。

 この面倒事に巻き込まれたくない僕は、少し遠い目をしながら深い沈潜に逃避することにした。会話の中心が自分であることは分かっている。だが、あまりにも殺伐とした空気に耐え兼ねてしまい、何事もなさげに平然を装いつつも彼らと言葉を交わし続けるのは、どうにも難しかったのだ。


 では早速、想像の彼方へ避難しようか。

 まず筋肉というものは時間を掛けて鍛えていくもの。外見の変化は(およ)そ一年あれば出てくるだろうが、最低でも三ヶ月で変化するパターンが多い。本気で高負荷の修練をしっかり継続し、十分な栄養と休養を取れるなら、二ヶ月目辺りから身体が変わり始めてくるものだと、筋トレマニアの誰かが言っていた気がする。それを半年間継続できれば、見違えるようになるとも。

 様々な点を踏まえた上で期間が一ヶ月とは、如何せん短期過ぎやしないかと焦燥感が募る。それは至極当然であった。また、一ヶ月で使い物になるレベルに引き上げる訓練に、筋トレでなく読書が趣味の自分に務まるかどうかさえ不安でしかない。戦術戦法等は戦闘中上官に直接指示を仰ぎ対処するのだとしても、基礎体力や戦闘技術を培うのに半年、否、せめて三ヶ月は欲しいところなのだ。

 人目を忍びつつ、桐生(きりゅう)氏の発言について回顧し、現実的な改善案を模索する。ただぼうっと虚空に視線を彷徨わせながらも、多少の息抜きができたお陰で、荒涼とした会話に復帰するだけの気力は取り戻せた。僕は意を決して、水面下で巡らせた思考の結果を直接桐生(きりゅう)氏にぶつけた。


「失礼を承知で発言しますが、訓練期間が聊か現実的でない短さのように思えます。僕自身物覚えの良い方でもないですし、一ヶ月で実戦投入されることに、現状自信がありません。最低でも期間を三倍に引き延ばすなどして猶予を頂くのは難しいのですか?」

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