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杏の血脈のクオ・ヴァディス  作者: 七種智弥
序章:混沌に帰す者——File 02
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File 02:首輪に従う黒狗(07)-困惑-

「閣下、小官の部隊構成をお忘れですか? 特殊精鋭部隊とされる我らK-9s(ケーナインズ)は、元来三人一組(スリーマンセル)が基本形態の極少数部隊。慣れない隊員の加入で、我々が誇るべき戮力協心を瓦解させられることすら有り得る。つまり、我々の連携は既にこの形式で完結しているのです。故に、新たに一名加入させるのは基本形からすると極めて特例に当たり、逆に悪目立ちする確率が高いでしょう。ハチの密偵業務を無事遂行させるのであれば、我らK-9s(ケーナインズ)という特殊性の高い部隊への配属は、反って彼の任務に大きな妨げを与えると愚考致しますが……」


 桐生(きりゅう)氏の発案に対し、ほどなく中佐が異議を唱える。中佐の言うK-9s(ケーナインズ)というものが、どのような部隊かまでは存じ上げないが、少人数の特殊精鋭部隊ということは、会話の骨子から把握した。要はそれが、超攻撃特化型かつ個人技能がずば抜けて高い人物の集団に等しいことが判然とする。その粒揃いの部隊に要求される軍事任務(ミッション)は、無論極めて難度が高いものに違いない。そんなエリート部隊に、碌に戦闘経験すら積んでいない自分が入ったところで、足手纏いになるのは目に見えている。


「確かに、K-9s(ケーナインズ)の特性上、三人一組(スリーマンセル)四人一組(フォーマンセル)に置き換えるのは不自然極まりない。そこは僕も理解している。しかしね、誰も今の部隊を四人一組(フォーマンセル)に切り替えろとは一言も言ってないんだよ。ハチを第一部隊の戦闘要員の一人として迎え入れるのではなく、『とある任務(・・・・・)の保護対象として護衛している』という体で引き入れれば、周囲もそこまで出鱈目に警戒しないんじゃないかな? 現にK-9s(ケーナインズ)の各部隊は、これまでにも護衛任務と称して護衛対象の人物を部隊の近辺に配置させていた前歴があるはずだよね?」


 部隊の戦闘要員ではなく、保護対象として護衛する体裁を取る――全く考えもしなかった展開に、僕は「なるほど」と独り言を放つ。では、戦闘に参加する必要がなくなるのだから、改めて戦闘訓練などをする必要もないはずだ。「己の身の安全が確約されたのだ!」と(やや)うかうかしていると、その希望は呆気なく断たれることとなるのだった。


「勿論、保護対象は名目上の話さ。飽くまでK-9s(ケーナインズ)は第三師管区総司令部の主力部隊。護衛対象者と周囲に認知させつつも、戦闘知識や技能は叩き込んで戦力強化を図り、即戦力として扱うつもりでいる。ただの穀潰しを内部に置くだけの余裕はないしね。身寄りのない彼の身元を保護するだけの代償を頂戴するのは、当然の流れだろう」


 無事、安全な生活は保障されないということが確定した。しかも、死に近い配属先への出向である。K-9s(ケーナインズ)の行う任務とやらがどんなものか詳細までは分からぬが、戦域鎮圧や前線での戦線拡大、戦線離脱における退路確保・殿(しんがり)担当など、特段苛烈なものが要されるに決まっている。

 まだまだ甘い考えが抜けない僕は、現状軍歴が記憶喪失により素人に成り下がった故に、安全な後方勤務が与えられると都合良く解釈していた。だからこそ、桐生(きりゅう)氏の案を聞いた途端、顕著に己の寿命が短縮していくかのような錯覚を起こした。


「話が早計過ぎであります、閣下! K-9s(ケーナインズ)の特性上、戦域鎮圧にハチを加えるのは、まだ譲歩できる範疇だとしても、禍津子(まがつみ)である侵蝕者(イローダー)との戦線に一般軍人が参与するということは、侵蝕因子の感染リスクから思惟するに御法度でありましょう? 恐れながら申し上げますが、問題点が数多散見される中、閣下はそれらをどのように顧慮なさるおつもりですか?」


 赤紙を交付された在郷軍人のように、僕がひっそり絶望する中においても、中佐と少将の討議は続く。死地への片道切符を渡されたショックによって、内容を所々聞き漏らしてしまってはいたものの、これまで見てきた中佐の態度からは想像もできないほど小さな焦燥が、中佐の言葉の節々に現れていることに気が付いた。聞き慣れない焦った声音を切欠に意識を取り戻し、耳を介して脳内を通過した言葉の羅列を丁寧に咀嚼していくと、ふとした疑問が浮かぶ。

 K-9s(ケーナインズ)に、禍津子(まがつみ)侵蝕者(イローダー)。よく分からぬ言葉の乱立に一人混乱する。僕は静かに挙手した。「あの、先ほどから専門用語が偏重しているせいで、こちらに全く会話の意図が伝わらないのですが。失礼を承知で申し上げます。僕にも意味が分かるように説明して頂けますか?」と。それはそれは慇懃な台詞で申し立てた。


 話題の中心人物は間違いなく僕自身だ。眼前で等閑(なおざり)にされたまま己の今後の行く末を決められるなんてのは、勝手が過ぎる。せめて仔細を諄々(じゅんじゅん)と説いてくれなければ、こちらとて戸惑ってしまう。会話から置いてけぼりにされて、待ちぼうけを食らい、そうまでされて笑顔で黙っていられるほど、自分は従順な部類ではない。


「ああ、これは済まない。君を記憶喪失の一般人としてでなく、従来通りの軍人扱いをしたが故に、つい我々の公用語を多用してしまった。今の君にとって我々の会話は何一つとして通じ得なかっただろうから、順を追って事細かに説明しよう。その中で不明点や疑問点があれば、逐次尋ねてくれるといい。応じられる範囲内で答えよう」


 桐生(きりゅう)氏は僕の発言に目を丸くした後、間もなく苦笑した。そして、話題の中心人物を蔑ろにしてまで、中佐との会話に年甲斐もなく白熱してしまったことを静かに詫び入る。一般人同等のレベルに転落した軍人に対する配慮の欠如を反省したかのように、桐生(きりゅう)氏は質疑応答の時間を設ける約束を提示してくれた。彼の粋な計らいに、ここはまず感謝である。

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