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杏の血脈のクオ・ヴァディス  作者: 七種智弥
序章:混沌に帰す者/File 01«昼中に墜つ白烏»
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File 01:昼中に墜つ白烏(11)-再起-

「お前みたいなペーペーが、一体どうやってこんなところ(・・・・・・)に侵入し得たんだろうな? 他人様(ひとさま)のベッドでグースカ寝腐るクソガキが、希代のテロを起こすと言っても、とんだお笑い(ぐさ)だ。おまけに、何の戦闘技術も持たねえどころか、戦闘能力は一般市民と同レベルときた。『機械類でも得意なのか?』と思いきや、そこまで御頭(おつむ)が働く有能な小僧(ガキ)とも言い難い。一体何をしに潜入したのか、全く(もっ)て理解に苦しむ訳だが……。おい少年。いつまで(だんま)りを決め込むつもりだ? 随分と長い沈黙だが、まさかあのレベルの打ち付けで会話もままならねえほど、ポンコツになりやがったってのか?」


 脳震盪による一時的な意識混濁と視界暗転が生じていた僕は、一定期間全く回復が追い付かず、舌が回らない状態だった。が、痺れを切らした男が、突如両腿を貫く銃弾を発砲したお陰で、半強制的に意識が引き揚げられる。肩を射抜いた弾丸とは全く弾種が異なるのか、別次元の痛みにまたしても耳を裂くような悲鳴を上げた。「筋繊維の中で暴発したのか?」と疑う程度の衝撃を受けて、何が起きたのか銃創を確かめる。すると、見事断裂し掛けた大腿直筋と、断裂面から覗く骨が露わになっていた。


 冷酷無残な仕打ち、ひいひいと(もが)く無様な僕。——その姿を眺めながら、男は凄惨な場に不釣り合いな笑みを浮かべている。


「どうだ? 少しは頭の中がクリアになったか?」


 まるで「回想の手助けをしてやったぞ」とでも言いたげに、達成感に満ち満ちた表情を見せる男。これぞ正に、紛うことなき悪魔の化身だ。


 発すべき言葉がはっきり定まらず、僕は荒い息遣いのまま終始無言を貫く。拳銃で撃ち抜かれた肩と太腿の痛みに堪えながらも、猫の威嚇のようにフーフーと警戒する。それは、生に対する頑なな執着心によるものだろうか。八方塞がりの状況においてなおも、現状を打破せんとする姿勢。そこら辺の一般人に比べれば、断然勇烈なものであったに違いない。回避できそうにもない死に直面した時、抵抗を諦め潔く死を待つ人もいるのかもしれない。だが、僕の胸の中には、「まだ死にたくない」と必死に抗う、諦めの悪い自分自身がいた。

 どこにでもいそうな小僧が放つ強烈な生への執着など、そう簡単にお目に掛かれるものでもないのだろう。物珍しさ故に感嘆したのか、男は「ほう」とにたり口元を緩めた。


 が、感心した表情は怪訝なものへと移り変わる。これまで僕に与えた暴行の跡を見据え眉根を寄せると、彼は「何だお前……?」と言い掛けた。それに続き、真意を確かめんとばかりに手を伸ばす。

 彼の手が身に触れる寸前、僕は明確な拒絶を示した。再び新たな傷を増やされるのではないかと危惧し、突如大声を上げ、でき得る限りの抵抗を示したのである。

 これ以上は、痛いのも苦しいのも嫌だ。訳も分からぬまま、いいように扱われて黙っていられるほど、僕も我慢ならなかった。流石に「このまま殺されたとしても構わない」とまでは豪語できないが、「無駄な足掻きと言われようが、何でもしてやる」という気構えだけは据わっていた。


「——や、めろ!! 触るな!!」


 半分捨て鉢で放ったこの一言が、男の暴行を食い止めた。それどころか、彼は突として何かに弾かれたのかの如く、天井と壁の角を背に飛び退いていた。


「お前、まさか……。いや、まさかな……」


 何を言い掛けたのかは、分からない。だが、彼の動きは、何らかの力によって、矢庭に抑止されたようにも見えた。理解の範疇を超えた現象に驚いているのは、僕以上に男の方だったのかもしれない。何しろ、部屋の片隅に飛び退いた彼の瞳の奥から、桁違いの畏怖が垣間見えたのだから。


 膠着状態に陥ってから、(およ)そ一分が経過した辺りだろうか。男が緩やかに地面へと足を着け、拳銃をホルスターに仕舞ったのは。指示を仰ぐかのように、窓の外へちらりと視線を遣った彼。向こう側(・・・・)の監視室から停止合図の命令が下った兵隊の如く、「やれやれ」と、若干ばつが悪そうに肩を竦めている。まるで降参だと言わんばかりに、両手を挙げて呆れ返る姿は、果たしてどういった心境の変化があったというのか。


 男は、いそいそとソファの背凭れに掛けた上着を羽織る。それに引き続いて、未だ床の上に転がる僕に目を遣った。先まで肉食獣のように突き刺していた眼差しは、人間らしさを取り戻したかのように落ち着いている。

 彼が羽織った上着——それは恐らく軍服だった。そこで、漸くこの場が軍事施設なのだと心付く。穴だらけの記憶に間違いがなければ、どうやら僕はこの世界の公安を統治する、世界最大の軍事基地に転がり込んでしまったらしい。

 軍所有地内の、第一級接触禁忌種厳重管理区域。大層な名前が付くだけあって、軍事法が統治する管轄下、「道理で普通の法律(少年法)が通用しない訳だ」と、一人納得する。内部接触を果たした時点で死罪ものの危険生物を飼育しているとまでは、流石に予想し得なかったが。しかしまあ、世界を股に掛けて活躍する軍部であれば、不思議ではない。


「……辞めだ。お前を(なぶ)って情報を吐かせる理由が失くなった」


「——は……?」


「いや、『情報を吐かせる理由が失くなった』と言うのは間違い、だな。個人的に情報を吐かせたいという気持ちに変わりはないが、『お前に、これ以上の暴力を行使する権利が失くなった』と言うのがより正確な答えか」


 急に止んだ暴力の雨に、胸を撫で下ろす間もなく呆然とした。僕の言動の何が彼を突き動かしたのか——それが分からぬから鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。


「俺達の行く末を見守る(・・・)だけの監視官様がなぁ、丁度お前という存在に心当たりを覚えたらしい。だからお前の風通しの良さは、その程度で済んでるってこった」


 他人様(ひとさま)の肩にトンネルを採掘しておきながら、太腿にクレーターを装飾しておきながら、随分な物言いである。今や流れる血の勢いも弱まっている。「失血死まで秒読みか?」と、錯覚していた己が恥ずかしくなるほど、これら銃傷が致命傷に値しないことが判然とする。腐っても、人体リスク部位を把握しているからこそなし得た技巧。彼があれほどまで自若としていた理由。——それは、肩に弾丸が貫通したところで、太腿に銃弾が爆ぜたところで、【僕が死なない】と予見してのことだったのだ。それでも、一連の流れを振り返れば、男が正常な人間性を持っていたかどうかは怪しかった。正しい倫理観や道徳心を問われるような、そんな事象が乱立していたこと自体、否めないのだから。


 (えら)く年寄り臭く「よっこらせ」と弾みを入れ、彼は部屋の一角に位置する用箪笥の下段を中腰で引き出した。中から救急箱を取り出すと、男は倒れ込んだ僕の目の前にすとんと座り込む。そして、「傷の応急処置をする。さっさと起きろ」と無茶な題目を強いてきた。こちとら、今さっき拳銃で撃たれたばかりだというのに。こんな状況下で無理難題を強要してくる辺り、根本的に放縦(ほうしょう)な人格であることに変わりはないようだ。

 僕は、速やかに彼の要求に応じた。そうせねば、彼が小煩く愚痴愚痴言うだろうと予見したからだ。激痛に蝕まれる血塗れの身体——これを少し無理矢理に起こした。

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