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0-7 美味い飯

 レオトラが鍵を開けた事によりようやく定食屋の中に入ることが出来たランとユリ。


 慣れているユリは平然としているが、ランは見知らぬ場所に入った途端に店全体を見回し、外の空気のものとは違うどこか独特な匂いを嗅ぐ。

 少々こべり付いた汚れがありつつも哀愁の漂う机やいす。シンプルな色をした壁や天井。そこに釣り下がる照明。なんだかランの中に懐かしさを感じさせるものがあった。


 店の雰囲気を感じているランを見たユリは鼻を高くして彼に話しかけた。


「どう? いい感じのお店でしょ?」

「なんでお前が自慢げなんだ? お前の店じゃないだろ」


 ランからの最もは指摘に顔を膨れさせて不機嫌を示してくるユリ。ランがこれに苦い顔をしていると後ろから左肩に手を置かれた。


「まあいいじゃねえか。女の自慢は肯定するのが男ってもんだぜ」


 ランはまたしても突然背後を取られて驚いてしまい、猫のように飛びのいてしまう。少年のリアクションにレオトラは軽く鼻で笑うと、ランはこれに同じく猫の威嚇のように睨みつける。


「背後ばっかとるな! 気持ち悪い!!」

「いちいちキレるなラン坊。すぐ飯にしてやるから待ってろ」

「坊主呼びするなって言ってんだろ!!」


 言い合いに嫌気がさしたのかレオトラはもはや面倒臭そうな顔を浮かべて無視しながらキッチンにまで歩いて行った。


 歩いているレオトラを睨み続けているラン。先にカウンターの椅子に座ったユリはため息をついて彼を呼んだ。


「ラン!」

「あ!?」

「お座り!!」

「ハァ!?」


 隣の椅子を軽く叩きながらまるで犬を相手するかのように指示して来たユリにランはまたしても怒り声を上げるが、喧嘩になりかけた瞬間にランの右頬すぐ横を通り過ぎて壁に突き刺さった。


 ほんの一瞬の恐怖に何が起こったのか後ろに視線を向けて確かめるラン。そこにキッチンで作業中のレオトラから声が聞こえてきた。


「俺に殴り掛かるのはいいが、お嬢に怪我をさせるんなら……出禁だ」


 さっきまでとは違い、一声聞いただけで背筋が凍り付くような感覚に襲われるラン。

 ユリに対しても噛みつきかかる勢いになりかけた彼だったが、いざ襲い掛かる前に感じた恐怖から舌打ちをしながらも指示されたとおりにユリの隣の席に座った。


「よく出来ました」

「フンッ!」


 ユリからの形ばかりの誉め言葉にランは腹は立てたままユリとは反対方向に顔を向けた。


 一瞬顔を覗かせたレオトラはそんな二人に少しだけ口角を上げると、目線を前に戻して料理に集中する。


 そこから何分かの時間が経過し、レオトラは出来上がった料理を子供二人の前に提供する。野菜炒めや炒飯(チァーハン)のようにランの知る料理によく似たものもあれば、見た目からして目新しい料理もあった。


「ほら、お待ちどう」

「いっただっきま~す!!」


 テンションを上げながらも律儀に両掌を合わせて挨拶をするユリ。一方のランは特に何も言うことはなくスプーンを右手で握ると、恐る恐る炒飯を救って口の中に運んだ。

 料理を下に乗せてすぐ、ランは目を丸くして思わず一言言葉をこぼした。


「美味い……」

「でしょ?」


 隣で自慢げにするユリの声を耳には入れず、ランは次々と炒飯を救っては口の中に入れ、頬張って飲み込んだ。その勢いやすさまじく、普段大食いであるユリですら追いつかない間に大皿の炒飯を完食し別の皿の料理に移っていた。


「どうだ? 美味いだろ」


 キッチンか振り返って顔を覗かせるレオトラ。彼の声もランには届いていなかったが、一人の少年が我慢していたものを開放するかのように出された食事を食べていく様子を微笑ましく見ていた。


 二皿目も完食し、三皿目に入るラン。いつの間にか彼の瞳からは涙が溢れ出し、一粒二つ部と大粒をこぼれるのを皮切りに大量の水滴が落ちていった。


「アンタ、凄い食欲ね……ちょっと食べ過ぎじゃ」

「お嬢」


 ランの様子に驚いて動きが止まっていたユリが呼ばれるままにレオトラに顔を向ける。


「食べさせてやってやれ。この坊主、見境なく食い物をパクろうとするくらいだ。腹いっぱい食えるなんてことは相当久々なんだろうさ」

「そんなの、私の家でお菓子食べてたのに!」

「菓子を食う幸せと、飯を食う幸せとじゃ違うんだよ。今こいつが求めていたのは飯の方だったってことだ」


 レオトラの言い分に納得は出来るユリだが、だからといって子供である彼女に目の前に置かれた飯を全て持っていかれる様子に我慢することなど出来ない。

 だがユリだって自分は自立出来る大人だからと声には出さないようにしていたが、顔に出ていてレオトラには彼女の心情はまるわかりだった。


 レオトラはすぐにユリに対してもランが次々平らげていくものとは別に料理を用意して提供した。


「ほら、文句を言いたげなお嬢の分だ」

「ナッ! 私の事は何でも分かるの!?」

「いい大人っていうのは子供(チビ)の考えていることが何となく分かるんだよ」

「私チビじゃない!!」

「へいへい、すまないな」


 軽くあしらうような謝罪をするレオトラに頬を膨らせたユリだったが、今自分様に出された料理の存在にランが気付いて手を伸ばしてくるなんてことがあればいけないと膨れた頬を元に戻して料理を口にした。


「ん~! 美味しい!! 久しぶりのおじ様の料理! やっぱりいいわね!!」

「その言葉が何よりの励みだよ、お嬢」


 レオトラからの言葉に今度は口角を上げて反応したユリ。

 一方二人が会話を楽しんでいる中でもただただ食べ物を胃の中に流し込むラン。用意されていた皿はたった数分で完食した。普段大食いなユリでもこれには目を飛び出させてビックリする。


「はやっ! もう食べ終わったの!?」

「うるせえ! 腹が減ってたんだよ!」

「何よアンタ! ちょっと聞いただけでしょ? いちいち吠えないで。ハウス!」

「俺は犬じゃないって言ってるだろ!!」


 ランとユリの掛け合いをキッチンにて微笑ましく見ているレオトラ。


「そうだお嬢、犬扱いはやめてやれ。犬は吠えている様子も可愛いか勇ましいが、そいつはただやかましいだけの生意気坊主だ」

「坊主呼びもやめろ!!」


 またしても吠えながらカウンターを強く叩き立ち上がるラン。するとその途端に彼の手元から爆発が発生し、食事が対られられた皿を破壊。破片を飛び散らかせた。

 ランの位置もあって破片は真っ先にユリに襲い掛かったが、彼女に当たる直前にレオトラが的確なタイミングで飛んで来た皿によって見事全て防がれた。


 ユリは驚いて思わず椅子から落ちてしまうも怪我はなく、さっきまで微笑ましい様子だったレオトラは表情を変えてキッチンから出てきた。


「ラン坊、今の爆発は?」


 問いかけるレオトラにランは反発的な態度のままながら答える。


「知るか! いつの間にか出来るようになってたんだよ!」


 ランが本心から何も分かっていないことを知ったレオトラは続いて椅子から倒れたユリの方に目を向けた。


「お嬢、まさかお前……って!! なんだこれ!!?」


 レオトラはついさっきまでユリがいたはずの場所に目を向けて目にしたのは、抱き心地のよさそうなサイズをした白いぬいぐるみだ。

 驚いて少々厳しいものになっていたレオトラの顔が歪んでしまうと、ぬいぐるみの代わりにランが答える。


「何って、そのぬいぐるみがユリだ」

「ハァ!? お嬢がぬいぐるみ!!?」


 その当のユリは縮こまるような体制をとってグッと自分の身体に力を入れるように意識した。すると数秒ほどして「ポンッ!!」と音を立てながら小規模な煙を発生させ、元の姿に戻ることが出来た。


「フゥ、戻れた。これ驚いたりしたら急に変身しちゃうから厄介よね~……」

「ほ、本当に、ぬいぐるみがお嬢に……いや、お嬢がぬいぐるみになっていたのか」

「だからそう言ってるだろ」


 腰に手を当ててムスッとしながら話すラン。だが次の瞬間、ランはレオトラによってまたしても頭頂部に拳骨を食らい、たんこぶを作らされてしまった。


「痛っ!! また殴りやがって!!」

「うるせえ! これは食器とカウンターを破壊した分だ!!」


 レオトラは間髪入れずに自身の顔をランに至近距離にまで近づけると、メンチを切りながら問い詰めてきた。


「お前達、ここに至るまで一体何があった。キッチリ全部話してもらうぞ」


 単なるケンカのものとは圧倒的に違う圧。ランは反発しかねなかったがユリの仲裁もあり落ち着かされ、テーブル席に座った二人(主にユリ)からレオトラに自分達の出会いやこれまでの経緯について説明した。


 すべての説明を聞き終えたレオトラは、むず痒そうに髪をかきながら説明を要約する。


「つまり、ラン坊は異世界から唐突にこっちにやって来て、お嬢はそれを助けるために血を上げた。そして助けるときのアクシデントで何かを飲み込んでしまい、ぬいぐるみになっちまったと」

「まあ、大体そんな感じね」


 事情を聴き終えたレオトラが真っ先に取った行動は、大の大人が早々人前では見せないような大きなため息だった。


「ハァ~~……そういう事か、おい、ラン坊」

「坊主呼びやめっ!」

「文句は後で聞く! それよりお前、お嬢に飲み込ませたものについて何か覚えてないか?」

「あ?」


 ランはまた意味もなく反抗しかけたが、レオトラの真剣な目付きに怒声を沈めて考えてみた。するとランの記憶に思い浮かぶ宛が一つあった。


「そういえば、向こうで奪い取った変な石。こっち来てから見てないような」

「石? 何よそれ?」


 今度は隣のユリから飛んで来た質問にランは続けた。


「俺が元々いた場所で悶着になった奴から奪い取った石。キラキラしている小さな宝石だったような気がするが、よく覚えねねえ」

「小さな……キラキラした石……アァ!!」


 ユリは思い出した。ランが初めて目を覚まし、激情に駆られる彼に首を絞められかけたとき、彼の懐から落ちた小さな石がユリの口の中に入り、思わず飲み込んでしまった事を。


「もしかして、あれが!!」

「やっぱりか」

「「やっぱり?」」


 レオトラの台詞が引っかかり気になるランとユリ。レオトラは目を細めて少し睨みつけるようにしながら告げた。


「お前ら、お互いにやらかしたな。どうせ何も知らないで安易にしでかしたんだろ?」

「やらかした? 私達が!?」

「何を?」


 質問に質問で返す二人にレオトラは単刀直入に答えた。


「お前ら二人共、普通の人間を止めちまったぞ」

「「ハイイィィィ!!!?」」

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