0-6 レオトラ キルンテン
チンピラに鉢合わせをしたランは元々ふてくされていた顔がより険悪なものになった。
「誰だお前ら?」
「おいおい忘れたと話言わせねえぞ。ついこの前お前がそこの俺の連れをケガさせたっていうのは聞いてんだぜ」
「知るか。退け」
ランは不機嫌からチンピラ達を相手にする気もなくその場を素通りしていこうとするが、相手側がこれを許してくれるはずがなく、ランの道を塞ぐように前に立った。
「おっと待てよ。こっちは仲間が一方的に殴られてるんだ。多少はそっちも怪我してもらわないとフェアじゃないだろ?」
「どうでもいいっつってんだろ!」
噛みつく勢いの喧嘩腰のランにチンピラの片割れの眉間に血管が浮かんでくる。子供から軽く舐められた台詞をかけられ続けて腹が立ったのだろう。
「舐めた口をきいてくれる。悪ガキにはちょっと教育が必要みたいだ」
「邪魔だ!!」
拳を握り指を鳴らす男に対し、これ以上言ってもどこうとしないならば力ずくで進もうと先に殴り掛かるラン。
ところがここでの攻撃は前回とは違う結果になった。殴った時に発生したはずの爆発が起こらなかったのだ。
「あれ? なんで……」
爆発がなければただの子供によるパワーの劣ったパンチでしかない。箇所によっては体に響くものの、文字通りの爆発的な火力を警戒していた男たちにとってこんなものを受けるのはそこまで苦でもなかった。
「ケッ、なんだこのヘナチョコパンチ。くだらないな!!」
リーダー格の男は少し困惑しているランの腹に蹴りを入れた。大人の男による蹴りの痛みは子供の全身に瞬時に響かせ嗚咽を吐かせた。
そこから男達は腹いせとばかりにランの身体に蹴りを入れ続けた。
「おら! この前俺らの仲間をボコったんだろ!? それがこの程度か!?」
「よっわ! 俺達こんなやつに負けたのか? それとも本調子が出ないのか?」
「どっちでもいい! よくも俺らをコケにしてくれたな! このガキが!!」
何度も蹴られ殴られたために傷だらけ汚れまみれになるラン。顔にいくつもこぶが出来、首根っこを掴まれて体を持ち上げられる。
完全にチンピラ達の方が優勢になっていたが、彼等の表情はしかめたままだった。
「気に食わないなぁ……これだけボコったっていうのに」
男たちの不機嫌の原因はランの顔つきにあった。既に何度も攻撃を受け大怪我といっても過言ではない負傷をしていたはずでありながら、ランの目つきは最初に男達を見た時と全く変わらない。
相手をいつでも喰ってかかり、殺す気で満々と言いたげな睨みつける目つき。何度攻撃をしてもこの目つきだけは変わらず、男達は気味悪さすら覚えた。
「気持ちの悪いガキだ!!」
リーダーの男は怒鳴りつけながら持ち上げていたランの顔面を殴り飛ばした。頭から地面にぶつかるランだったが、これでもなお殺気立った睨みを止めようとはしない。
立ち上がって唾を吐くラン。軽い立ち眩みこそあるが、すぐに体を安定させてより目つきを鋭くさせた。
「クソが!」
一言声を漏らしたランは、またしても真正面に相手に向かっていく。計画性も何もない野蛮な動きに相手はまた掴んで今度こそなぶり殺しにしてやろうと構えていた。
これにランは間合いに入って向かって来た拳を両手で捕まえ、子供なりの必死な力で引っ張り相手の身体をよろけさせる。
隙が生じた相手にランは股の開いた相手の股間に飛び込んで蹴りを入れた。痛みに驚きさらに力が緩む男を地面に倒れさせると、上にのしかかってさっきの仕返しとばかりに殴り始めた。
子供の喧嘩のものとは思えない、文字通り自分の腕を壊す勢いの狂気の攻撃。殴られた男は骨にヒビが入り血反吐を吐く程にくらいに苦しんで気を失った。
「こ、こいつやばいぞ」
「怯むな! ほら!!」
ランが倒した男を放置し振り返りかけたタイミングで合図をした別の男が背中から蹴りを入れて体制を崩させた。
「このガキが!!」
ランの体制が整う前に気絶させようとする男達。だがランはこれに反応して蹴りを入れられる直前にまるで攻撃が来るのが分かっていたかのように身をひねって回避し、逆に勢い余って前方に体制が崩れた男達に対してすかさず足に拳を叩きこんだ。
子供の背丈がゆえに偶然脛に命中した鋭い一撃は手痛く、倒れてしまう男達。ランは倒れた二人に対して顔面を踏みつけにし、お返しとばかりに蹴りを入れて片方の男の気を失わせた。
「クソ……ガキが……」
声が聞こえた事でまだ意識があることを知ったランはおよそ小学生ぐらいの子供とは思えない目つきで男を見ると、最初の男と同様に何度も顔面を殴りつけた。
狭い路地に響く鈍い音。最初の何度かは相手も反応して声を出していたが、すぐに意識を失ったようで反応は消えていった。
ところがランの暴行は止まらない。相手はすでに倒したというのに、命を奪いかねない勢いと形相で拳を返り血の色に染めながら殴り続けていた。
(殺す! 殺す!! 殺す!!! 殺す!!!!)
殴れば殴るほどに強まる殺気。それも今殴りつけている相手に対してのものではない。ランの脳裏に浮かんでいたのは、赤いローブに身を包んだ顔の見えない人物の事だ。
相当以上の怨嗟を込めた拳。本当に後一撃で相手を殺すとなりかけたその時、突如振り上げたランの右腕は後ろから誰かに掴まれた。
「止めろ……坊主」
声が耳に入っても、ランに言葉は届いていない。心の内から湧き上がり続ける怨嗟に流されるままに体は動かされ、振り返りざまに腕を掴んできた相手を殴りかかった。
「殺す!!!」
だがランが殺意のままに振るった拳を相手は空いていたもう一方の片手で軽々と受け止めた。そして男は自分に向けられたランの目つきを見て言葉をこぼした。
「中々いい目つきをした小僧だな。だが」
次に瞬間、腕を掴んでいたはずの男の右腕がランの腹に命中し、彼を一撃を白目を向かせて気絶させた。
「危なっかしい」
しばらくして気を失っていったランが次に目を覚ました時には目の前に地面が見えていた。そして足が地面についておらず、腹回りが何かに接触している感覚がある。
「よお、目が覚めたか?」
至近距離から声が聞こえてきたことで我に返ったランは、今自分が担がれている事に気が付いた。すぐに相手の顔を見ると、先程彼を気絶させた男の顔が見えた。
「ナッ! クソッ! 放せ!!」
ランは途端に抱えられた状態でじたばして抱えていた男の腕を強引に放す。当然支えを失ったランの身体は地面に落下し激突する。
大人の体格の高さから落ちた事もあって普通は痛がってもおかしくないのだが、ランは体を摩りもせず体制を整えながら男の顔を睨みつけた。
「お前! あのとき俺の飯の邪魔をした!!」
ランを抱えていたのは、チンピラと揉める前に市場での万引きを邪魔して来たあの男だった。
「さっきぶりだな坊主。たまたま通りかかったら大人三人伸びてたんだからびっくりしたぞ」
「ケッ……」
ランが話をする気もなくこの場からそそくさと離れようとする。だが男はそっぽを向いたランの服の首元を掴んで来た。首を締まる思いになったランは怒りを浮かばせながら振り返った。
「何すんだ!!」
「腹が減ってんだろ? また何処かで万引きされるくらいなら飯が食える場所に連れてってやろうってんだ。一緒に来い!」
乱暴な物言いをする男にランの機嫌はますます悪くなり反論する。
「ふざけんな!! お前みたいな奴と一緒にいてたまるか!!」
「いいから来いって言ってんだよ! 生意気言うならまた殴るぞ!!」
「やってみろよ! その前に殴ってお前を倒してやる!!」
お互いに噛みつくようにメンチを切って顔を近づける二人。
「可愛くねえガキだな!!」
「お前こそ勝手な奴だ!!」
「いいから来いって言ってんだろ!!」
「やだね!!」
目つきが鋭くなり一歩も引かない両者。こうなれば実力行使しかないとランが先手を打って男を気絶させるために殴り掛かったが、これも男は軽く受け止めて今度はランの頭に拳骨を決めた。
鉄拳を入れられたランは目を回して再び倒れてしまい、いがみ合いはは男の勝利。またしてもランは身体を担がれて連れていかれた。
男はそのまま大股に歩き続けていたが、目的地に到着したのかふと足を止める。丁度このタイミングにまた気が付いたラン。今度は自分の状況を何となく察しつつ顔を上げて前方を見た。
「ん? ここは……」
「よお、毎度起きるのがはやいな坊主」
「坊主じゃねえ!!」
ランが咄嗟に反論するが、男は聞き流したのか聞いていないのか自分の台詞を吐く。
「まあ丁度いい。お前がおねんねしてる間に付いたぞ」
「あ?」
ランは自分の目を疑い一度閉じてから再び開いてよく目の前の建物を確認する。だが目の前に見えるのはやはり自分とユリが元々食事をするためにやって来ていた定食屋だったのだ。
「ここが、アンタの家!?」
「そうだ。こう見えて定食屋をやってんだ。ま、上がってけ」
ランは今となりにいる人物に対してまさかと目を丸く開き、油の切れた機械のような動きで横顔を見る。
「ん? なんだ坊主、変な顔して」
「おじ様!」
ランが男の指摘に対して口を開くよりも先に脇から聞こえてきた声。二人がこれに反応し揃って声のする方に目線を向けると、建物の物陰に隠れていたユリが姿を現した。
「あれ? ランまで。なんで二人が一緒にいるの?」
「お前こそなんでそんなところに隠れてんだ?」
「おお、お嬢じゃね~か。これは驚いた! それにお前達、知り合いだったのか」
「いいから降ろせ!」
「ケッ、生意気な坊主だ」
男が抱えていたランを肩から降ろす。今回は上手く着地で来たランはすぐにユリの元にまで駆け寄った。
「おいユリ、もしかしてこのでかい男がお前の言っていたっていう奴なのか!?」
「ええそうよ。『レオトラ キルンテン』。口は堅いし料理は最高。一人暮らしを始めた私にとって、今一番信頼できる大人の人よ」
「ああ……やっぱりか……」
ランは男の正体についてこの場に戻ってきた時点で大体は察していたものの、いざ知ってしまうと出会いがしらのやり取りの事もあり顔を歪ませてしまう。
一方のその男『レオトラ キルンテン』はランがユリと知り合いであることを知って改めて興味を持ったのか問いかけてきた。
「坊主、お前名前は?」
「……将星ラン」
渋々ながら答えたランに口角を上げて顎を上げる。
「ほう、ランか……んじゃ『ラン坊』だ」
「坊主って言うな!! ジジイ!!」
「ジジイって言うな! ガキ!!」
お互いに癪に障ったのかまた顔の距離を詰めてメンチを着る二人だったが、今回はユリが間に入って止めてきた。
「はいはい揉めるのは後にして。ずっと待っててお腹すいちゃったの、早くご飯!」
「わがままな奴」
呆れてしまうラン。だがレオトラの方はユリのこの態度に高笑いしていた。
「ガガガガガ!!!」
「変な笑い方!」
「まぁまずは飯だな。ラン坊、お嬢、とっとと入れ!!」
『レオトラ キルンテン』。ランにとってユリと同じく今後の人生にかかわる大きな出会いだった。