0-5 転移して数日後
少年は眠りにつくと何度も同じ夢を見る。視点が定まらず、歪んだ世界を。
まるで子供が描いた水彩画のように平たく、同時に不気味な風景。自身の腕すら人のものとは思えなほどに歪んでいき、嗚咽が起こる。
その場に崩れて吐いてしまう少年だが、次に前を向いたときに、この歪んだ景色の中でどういう訳かハッキリとシルエットを捉えられる人影を見た。
少年は唯一見えたその相手に向かって必死に走り出す。しかしどういう訳か、幾ら走れど目に見る相手との距離は縮まらず、逆に皮下裂かれるように遠ざかっていくばかりだ。
遠ざかっていく空間が切り離されるように周りから暗くなっていき、すぐに目の前を覆い尽くして周辺一帯が真っ黒な闇の中に包まれてしまった。
それでも前に進もうとするも、少年の身体は後ろに迫るより暗い闇の中に吸い込まれていき、叫ぶ声も誰にも届きはしなかった。
「待て!! 待てっ!!……待てええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
少年は鬼気迫る勢いの叫び声を上げながらベッドから飛び起き、心配になって彼の顔を覗いていた少女のおでこに頭をぶつけてしまった。
「アガッ!!」
反射で叫び声を上げた少年『将星 ラン』に対し、少女『ユリ』は痛めたおでこを手で抑えて痛がっていた。
「イッタアァァ!!……何なのよいきなり……うなされてたと思って見てみたのに、全然元気じゃない!!」
「心配しろなんて頼んでねえよ」
(何よ生意気ね! 居候のくせに!!)
怒声を叫ぶユリに対し、ランは彼女が何を言っているのか分からないように首を傾げている。
「怒っているのは分かるが、何言ってるのかは分からないな。そんなぬいぐるみの格好じゃ」
ユリはランに指摘されて初めて今自分がまたぬいぐるみの姿に変身してしまっていることに気が付いた。
(エッ!? また私、ぬいぐるみに!!)
すぐに戻れ戻れと心で強く意識すると、「ポンッ!」と音を立てて元の姿に戻った。
「あ、戻った」
戻ってすぐにユリはランに詰め寄り、立ち上がった彼の胸に指を突っついて再び怒った。
「誰のせいでこんな身体になったと思っているのよ!! アンタが首を絞めてきたときに! アンタが持っていた何かが私の口の中に入って飲み込んじゃったからでしょ!! 全部アンタのせいじゃない!!!」
「そうか? どうでもいい」
軽く返されて距離を置かれたことに更に腹が立つユリ。なんでこんな奴の共同生活しなきゃいけないんだと脳裏によぎった。
このとき、空から振ってきた少年こと『将星 ラン』が家出少女『ユリ』の一人暮らしの家屋に居候を始めてから数日が経過していた。
ランが元の世界に方法は見当もつかないままに時間は過ぎていく中、二人はとある問題に直面していた。
「食べ物が……ない!!」
家屋の中に用意されていた食べ物が、僅か数日にしてほとんど食い尽くされてしまっていたことだ。カゴの中も棚の中もすっからかん。精々小分けのクッキーがいくつか残っている程度だった。
「もうこれだけかよ……俺が来たときと比べものにならないな」
「ああ! もう! なくなるのはやすぎよ!! まあ、とうぜんよね。本当なら一人で暮らすはずだったのが、突然飛び込んできた居候のせいで一度に減る量が増えたもんね」
睨み付けるユリに対し、ランは彼女の方に振り返りながら反論した。
「何言ってんだ! 俺が食べているのなんてほんの一部だろ。大体お前、毎度毎度食い過ぎなんだよ!!」
実のところ、ここまで彼等の食料難に陥った原因は、他でもないユリになった。というのも、彼女の普段の食事の量はランの知る普通の人間の量ではなく、みるみる間にお菓子も缶詰めもランの倍は軽く平らげていたのだ。
だというのに、ユリの体型は一切肥満気味ではなく、むしろ細いといっていいほどだった。
「ホント、お前喰った分は何処に行ってんだか」
「フフン! ワタシは太らない体質なの! 将来はナイスバディ確定よ」
「デブ化確定の間違いじゃないのか?」
「何ですって!!?」
ランはここで一呼吸をすると、突っ込み以降脱線していた話を本題に戻した。
「とにかくだ! まずは食べ物をどうにかしないと……かといって買う金なんてないし、盗むか」
「ダメでしょ!!」
息をするように危ないことを言い出すランに突っ込みを入れるユリ。じゃあ他に宛はあるのかとでも言いたげな顔を向けるランに、ユリは胸を張って自慢気な台詞を吐いてきた。
「フフン! そんなことしなくても、食べ物なら手に入る場所があるわ。それもお菓子じゃなくて、暖かい料理がね」
「んあ?」
ユリは団子状に纏めた髪に帽子を深々と被り、カラーコンタクトを両目に付けて家屋を出た。ランは彼女の身を隠す為の周到な変装に感心させられる。
「わざわざそんなに変装して……そんなに家に帰りたくないのか?」
「そんなんじゃないわ! 独り立ちよ!! ……勝手にやった」
「それを家出って言うんだよ」
ランからの的確な指摘に不機嫌な顔になりながらも返事はしないユリ。二人は家屋のある空間から離れて町に出ると、彼女の案内でその食べ物をもらえる場所に向かっていくことになった。
「それで? 俺達は今何処に向かっているんだ?」
何気なく聞いてみるランに、ユリはときおり周囲を見回し、前回の二の舞にならないように気を付けながら歩きつつ話してくれた。
「定食屋さんよ。私が知る中で一番美味しい料理を出してくれる!」
「金はどうすんだ? 俺にはないぞ」
「そこは大丈夫。店の人とは以前からお世話になってるし、その人は秘密も守ってくれる。最高の場所よ」
「それなら家出先そっちの方が良くねえか?」
「それだと一人暮らしじゃないじゃない! 私ははやく自立したいのよ!!」
「あっそ」
あまり興味のないランは肝心なとこさえ聞けば後はどうでもいいばかりに流し、ユリは彼の態度には毎度神経を逆撫でさえれる感覚を感じていた。
ところが出かけてしばらくし、目的の場所に到着したときに想定外の事態が起きた。当の目的としていた定食屋が、昼前にもかかわらず開店していなかったのだ。
「なんで開いてないのよこんなときに!! ああもうおじ様ったら、本当に気まぐれなんだから!!」
「ここがその店か。だが開いてないんじゃ来た意味がないな」
「裏口行くわよ! そこから入ってもいいから」
自分の算段が躓いた事に表情がより曇ってしまうユリ。二人が定食屋の裏口に行くも、残念ながらこちらも戸は閉まっており、連続でノックをしても、何度もインターホンを押しても反応はなかった。
「これは、今この中にはいないな。出かけてるんだろう」
淡々と喋るラン。隣のユリは一度顎を引いて目線を下げつつ体を震わせていた。
「ムカつく……ムカつくわね……せっかく色々下準備をしてせっかく一人暮らしを始めるつもりだったっていうのに!! 本当に! 何でこんなに次々と想定外の事態が起こるのよ!! ダアアァァモウッ!!」
「落ち着け。いないものを頼りにする訳にもいかないし、ここはもう適当に盗むしかないな」
「アッ! ちょっと!!」
ユリの制止を聞きはせず、ランはまたしても勝手に移動していった。ユリはすぐに追いかけるも、どういう訳かまた軽々とした身のこなしをするランに追い付くことが出来ず、見失ってしまった。
「アイツ、またどっかに行っちゃった……もう! どいつもこいつも勝手しすぎ!!」
ランがいればお前が言うなとでも返されそうな台詞を吐くユリ。彼女もここに立ち止まっていてもすることがない為に、またランを探そうかと少し町を歩きかけたが、ふと目に入ってきたものに反応し、急いで近くの物陰に隠れてしまった。
ユリが隠れてすぐに、さっきまで彼女がいた通りには二人の男が現れ、周辺一帯を見回していた。
「ここにもいないか!」
「あの方が来るとなると、ここの可能性もあったのだが、いないのならば仕方がない」
男達は捜し物が見つからないとすぐにこの場を諦めて別の場所へと去って行った。ユリは周りに人影がないことを用心深く確認してから再び外に出る。
「フ~……いなくなった。こんなところにまでやって来るなんて……夢の自由な生活、すぐに終ってなるものかってね」
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一方のラン。近くにあった市場の人混みの中に紛れ、細かく何度も目線を変えて店や人、物の配置を観察している。
幼子とは思えない手慣れた警戒。そして歩き方。ランは元々暮らしていた世界で相当に気を張っていた生活を送っていたのかもしれない。
人陰に隠れ、果物屋の近くにまで忍び寄り、息を潜めてじっと待つ。
そして客人が店員と話い合い、商品に対しての意識が薄れた瞬間にランは店に近づき、すれ違い様にカゴの中に詰まれていた商品の果物を一切の躊躇もなく手に取って服の内側に隠しながら店を離れていこうとした。
(果物一つじゃ腹は満たされんが、ま、ないよりましか)
脇目も振らずに店から距離を後にしようとしたランだったが、ここで突然足が止まった。上から頭を抑え込まれた押し込まれる力によって強引に止められてしまったのだ。
「おい小僧」
動くに動けないランに聞こえてきた野太い声。全力で無視しようとするランだったが、彼を抑えつけた腕の人物、店で買い物をしていた客は次に視線は向けないまま言葉を続けた。
「うまい飯は盗んで手に入りはしないぞ」
「!!?」
上手く食べ物を隠していたはずなのに気付かれて驚くも、それ以上に仰天した店員が怒り出した。
おかげでランは盗みかけた食べ物を返す上に怒った店員からの拳骨を受け、頭頂部にたんこぶが出来るほどの大損になってしまった。
子供のいたずらという事でこれで済ましてもらえたランは店から離れつつ、痛めた頭を手で抑えながら文句を愚痴っていた。
「ったくあの野郎……余計なことしやがって。もう少しで飯にありつけたってのに」
次はどこの店から盗むべきかと思いつつも、念のためさっきの客人に見つからないように路地裏や人目に付かない細い道を歩いていたラン。
それがいけなかった。ついこの前ユリを助けるためにランはチンピラと揉め事を起こしていた。それがここにきて重なってしまった。
「おや? そこにいるのは~」
「この前俺達の仲間をコケにしたってガキじゃね~か」
足を進めていたランは、この前ユリを誘拐しかけたそのチンピラ達の仲間と出くわしてしまった。
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本編、『FURAIBO《風来坊》 ~異世界転生者の俺より先に魔王を倒した奴についていったら別の異世界に来てしまった!!~』も、よろしくお願いします!!
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