0-1 空が割れた出会い
我々が知る青い空とは少し違う、昼間から星々のものに似た煌びやかな輝きを見る事の出来る空の下。
その下には、空のものと同じく美しく光り輝く町並みが広がっている。初見の人が見たならば、ビルや住居は宝石が加工されたような、ガラス細工に似たような美しさにふと見とれてしまうものだろう。
しかしそんな町中では、美しさを見ている間もなく焦った様子で大人数のスーツに似た服装の人達が走り回っていた。全員がそれぞれの場所で周りを見渡し、何かを捜しているようだ。
その内の三人がたまたま曲がり角でかち合い、情報交換のための会話をしている。
「いたか!?」
「いやだめだ、足取り一つ掴めない。何処に行ってしまわれたのだあの方は」
「石の根一つかき分けてでも探し出すぞ! 何かあれば、この世界の一大事だ!!」
三人はお互いに再びばらけてその何かを探す仕事に戻って行った。
こんな騒ぎが賑わす中、距離の離れたある場所には、静かな空間であることを示すそよ風の音が流れ込んでいた。
建造物の多い町から打って変わり、草花が多い茂る自然の空間。周りには後ろには木々が立ち並び、逆に前方には空の色を移す煌びやかな湖が見える。
穏やかなこの場にて、唯一見えた手作り感満載のボロボロの建屋から、一人の子供が姿を現す。差し込む光を受けながら伸びをするその少女は、スッキリしたと息を吐いて独り言を呟いた。
「よ~し! コソコソ積み立てて準備一年! ようやく始められるわ!!」
光に全身が照らされた少女。空の輝きにも負けない美しいエメラルドグリーンの長い髪と瞳をもち、相当整った容姿をしている。背丈から見て年齢は八才といったところだろう。
彼女は気持ちよさそうに両手足を大きく広げながら、大の字に倒れて湖いっぱいに広がるように叫んだ。
「この私の! 自由な一人暮らしがあぁ!!! アーーーッハッハッハッハッハ!!!!!」
果てしなく広がる大空に向かって飛ばすように高らかに笑い声を上げる少女。
心にため込んでいたものを塞いでいた蓋が丸ごと外れたような幸せに満ちた顔をしてこの瞬間を満喫しようとしていた彼女だったが、その時間は一瞬にして終了することになってしまった。
その減少は。少女が見上げる先の大空に、ふと微かな違和感を感じ取ったことから始まった。
「何あの空? 少し……ヒビが入っているような……」
少女が眉にしわを寄せてよく見ようとすると、彼女の目線の先の上空は突然縦方向に大きく亀裂が入るのを皮切りに、瞬く間に周辺にヒビを広げてガラスが割れるかのように粉砕された。
驚きのあまり口を開きながら声が出ない少女。どうにか目の前の事実を受け入れようと唾を飲み込んで割れた先を見るよう意識する。
空が割れた先には、彼女が見たこともないような不気味な赤が渦を巻くように広がる空間が見え、得体の知れない緊張感が走った。
「な、何あれ!? ッン!」
少女は渦の中心から、何かが飛び出してくるところを見た。遠目で見るととても小さいが、徐々に近付いてくることで大きく見えたその物体は、人間のシルエットをしている。
「人間!? なんで空から人間が!?」
驚いたままに目で追い続ける少女。落下する人間はこのまま地面に激突するかに思われたが、幸いなことに前方にある湖の中に落ちていった。だがその人物には意識がないのか、ただ水の中に落ちていくだけで浮き上がろうともしない。
「ちょっと! 溺れちゃうじゃない!!」
少女は訳の分からない状況ながら、考えるより動いた方がはやいと湖の中に飛び込んだ。
水中の中で見つけた人物は、背丈は彼女よりもほんの少しだけ大きく、黒い髪の短髪の少年。目を閉じて意識は失っているが、泡が出ていることから呼吸はしている。
少女は急いで力一杯に少年の身体を湖の外にまで運び出すことに成功し、息を荒げた。
「ゼェー!……ゼェー!……なんなのよもう!」
少女がもう一度空を見上げてみると、あれだけ大きく開いていた謎の空間が、パズルのピースがはめ込まれるように割れた破片が戻って修復されていき、ものの数秒もかからずに裂け目は消え、元の空模様に戻った。
「も、戻った? なんだったのあれ?」
空が元に戻ったのなら次の問題はこの少年だ。少女は首を下に向けて改めて少年の姿を見たが、彼の身体から大量の血液が出ていることに気が付いた。
「酷い怪我! 血がいっぱい出てる!!」
普通ならば即刻手術をしなければ助からない程の重傷を負っている少年。しかしこんなへんぴな場所に病院などあるはずがない。
だが少女に病院に行く判断は初めからなかった。彼女は自身の両手を広げて目を閉じた。すると彼女の両掌が髪の色と同じエメラルドグリーン光り出し、光を受けた少年の身体の怪我が傷跡も残さずに塞がれていく。
摩訶不思議な光景だが、彼女は気にしていない様子だ。この世界の人達にはごく普通に出来る事なのだろう。
しかし残念ながら、少年の重症の身体には彼女の治癒能力の効果が薄く、大量の負傷箇所は収まりきらなかった。止まらない出血に少女は汗を流し、何故か回復の最中に突然立ち上がった。
「ダメ! 全然治らない……こうなったら! もうやけよ!!」
何を思い立ったのか、少女が足早に自分のボロボロの家屋の中に乱雑に置かれていた一本の鋏を取りだして戻ってきた。
「待ってて! すぐ治すから!!」
なんと少女は鋏を自分の左腕に刺し、自身も出血させてしまった。そして彼女は自分の殻だから流れでる血液を、どういう訳か少年の身体全身に接触するように浴びせたのだ。
普通なら考えられないこの行動。しかし彼女にとってこれは大きな意味があった。
少女の血液は少年の傷口に入っていくように吸収されていき、彼の負傷箇所を光を当てていたときよりも遙かにはやく修復させていったのだ。
ほんの少し時間が経っただけで、少年の全身に大量にあった負傷は一つも跡も残さず修復され、少年が上げていた荒い呼吸が少しずつだが落ち着いてきたように見えた。
少女は自信の施術に効果があったことをその目で確認すると、張り詰めていた緊張が解けて大きく息を吐きながら体勢を崩した。
「フゥ……なんとか治ったかしら……」
少女は再び視線の向きを変えると、改まって少年の身体を見て次に考えることがあった。
(この男の子、一体何処から来たのかしら? いっぱい怪我してたけど、何かあったのかな?)
目の前に倒れる初対面の人物に興味が尽きない少女だが、それよりもまずやることを思いだした。
「そうだ! こんなときはベッドで寝かしておいた方がいいって聞いたことがあるわ! そうしないと!!」
思い出した事に動こうと腕を振るった彼女は、もう一つ思い出した。
「アァ……それと私も治しておかないと……」
興奮のあまり自分の負傷に気付くのが遅れた彼女は、ここに来て実物を見て思い出した。
彼女は少年の身体を家屋のベッドの上にまでどうにか運びつつ、自信の負傷した腕にも棚から包帯を取り出して巻き付けることで応急処置を済ませた。
「フゥ……ようやくの思いで始めた一人暮らしなのに。スタートから大きくつまずいちゃったわ。ハァ……」
一瞬の出来事にも感じ取れるような短い時間ながら、次々と起こったハプニングの連続に少女は疲労しきっていた。
ため息をつき、椅子にのし掛かるように腰掛けつつも、眠っている少年のことがどうにも気になって仕方ないようだった。
先程までよりかはましになっているものの、やはり彼の表情は何かにもがいているかのように苦しんだ顔のままで、息は荒く身体を小刻みに震わせている。まるで何かに酷く怯えているようだ。
少女はそんな彼にゆっくり近付こうとすると、足下にあったお菓子の袋を踏んづけて音が鳴ってしまう。
「アァ……お客さんもいることだし、ちょっとは片付けをしておいたほうが良いかな?」
一人で暮らしているだけならばまだしも、重傷の客人がいる中でこれではマズいと、出来るだけ音が立たないように散らかっていたものを片付け始めた。
しかしさっき立ってしまった音が耳に入ってきたようで、少年の意識が少しずつ覚醒していた。
思考がぼんやりしつつも、ゆっくりと目を開ける少年。定まっていく視界に標準を合わせていくと、目の前にあったのは木造の知らない空間だ。
「……ここ……は……」
力のない声で途切れ途切れに口を開いた少年の声を聞いて、片付けをしている最中の少女は彼が目覚めたことに気が付いた。
「あ! 目が覚めたの!?」
少女は片付けの手を一旦止めてベッドに横たわる少年尾本に駆け寄った。看病経験のなかった彼女は今の少年の状態がどうなのかが気になって仕方ないようだ。
目は開けながらも、天井を見続けるだけで身体を動かさない少年に、天井との間に頭を入れて声をかけてみた。
「大丈夫!? 気分悪くない!?」
少しの間沈黙を続けていた少年。少女は彼からの反応がないことにどう反応するべきかと戸惑っていたが、少年はそこでふと少女が見ている服装に目に入った。
少女が着ていた赤い服。これを見た途端に少年の動向が大きく開き血走らせた。
「赤い……服……赤服……赤服!! アカフクウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
訳の分からない叫び声を上げて身体を起こした少年は、声をかけてきていた少女の首を突然両手で掴んでベッドの隣の床に押し倒してきた。
すると暴れた少年の服の裾から小さな石らしきものが落ち、驚きで大きく開いた少女の口の中に落ちてきた。思わず彼女がその何かを飲み込んでしまった直後、少年は自分の身も省みないような凄い力で少女の首を絞めようとしてきた。
「アッ!……ガッ!!?……」
(何!? 何で私、首を絞められているの!? コイツ、一体何で私を!? やばいっ! 意識が……)
しかし彼女が気を失う直前、少年の手の力がこれまた唐突に緩んで手が放れた。
「エッ?」
「赤……服……」
少年は意識を回復させた分の力を一気に使い果たしたためか、またしても気を失うと、少女の身体の上に倒れてまた眠りについた。
「ゲホッ! ゴホッ!!……ちょ、ちょっと……」
(アカフクって、一体? この子、何者なの? というか……)
「重い!! ゲホッ……」
少女はまずのしかかったままの少年をどかすことにした。
これが二人の出会い。ここからのちのいくつもの世界を渡る夫婦になる彼らの物語は始まった。
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