0-12 姫様誘拐
突然窓を割って現れたランに仰天してしまうユリ。対するランはこんな派手な事をしておきながら何食わぬ涼しい顔をして部屋の中に入って来た。
「とにかく走っていたらまさかお前の部屋に着くなんてな。まあ丁度いい。聞きたい事がいっぱいある」
動揺して次にどう動けばいいのか頭が動いていないユリにランが近づいていると、さっき彼がやった行動で大きな音が立ち、部屋の外で騒ぎになっていた。
「なんだ今の音は!?」
「姫様の部屋の方だ!!」
「姫様?」
ランは聞こえてきた台詞の中にある『姫様』という単語に引っ掛かりを感じつつも、このままここにいてはまた捕まってしまうと考え、ユリを引き連れた。
「ちょおぉ!! ラン! 何を!?」
「ちょっと来い!!」
ランは情報を少しでも得るためにユリを引き連れ、自分が壊した窓から飛び出していった。
部屋から飛び出す直前、扉が開いて姿を見せたスフェーが連行されていくユリの姿を見てただでさえ焦っていた顔を大きく歪ませた。
「マリーナ!!」
「マリーナ?」
ランはそのままユリを抱えて落下した。
「ウワアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!!!!」
遊園地の絶叫系アトラクション顔負けの体験にユリは白目を向いて涙を流しながら身動きが取れずにいると、ランはある程度落下したタイミングで見つけた窓に蹴りを入れ、そのままユリごと転がり込んだ。
そのまま移動しようとするランだったが、抱えていたユリが気絶していたことに気付いてため息をしながら彼女を背負った。
「後で起こせばいいか」
ランはそのままユリの部屋に一目散に向かっていく城の人達を見つつ見つからないように足を運び、城の中の端の方、窓がそばにある人気のない所にまで移動すると、背負っていたユリを下ろして軽く頬を叩いた。
「おら、起きろ」
何度か叩かれた後に目を覚ましたユリは、上半身を起き上がらせてすぐに左右をキョロキョロと見回して自分がどうなっているのかを知ろうとする。
「ここは!? 私一体どうして……痛っ!」
起きてすぐに大声を出すユリの頭にチョップを入れ、ランは軽く叱り付けた。
「うるさい。バレるからやめろ」
「ウ~……アンタがここまで連れてきたんでしょ? というか、なんでアンタがここにいるのよ?」
「牢屋に入れられたから必死こいて牢屋だの壁だの色んなものとにかく殴り続けたら抜け出すことが出来た。
んですぐにまたあのジケイタイとかいう奴がやって来ると思ったから、逃げるために色んなとこ走ってたらたまたま着いた。
まさかお城の近くにいただなんて驚きだよな」
「殴ったって……」
ユリがランの言葉に不安を感じて彼の拳周りに視点を移すと、予想通りに出血によって真っ赤に染まっており、いたたまれなくなったユリはランの右手をとった。
「また無茶をして」
「いきなり捕まって牢屋に入れられたら何されるか分かったものじゃないだろ! 嫌なことがある事を分かっているんだったら無茶だってする! それに、こんなの無茶でもない。どうせ少ししたら元に戻っているだろ」
「だからって……」
ユリの善意にランは手を振り払る程冷たい事はしないものの、少々邪険に扱って手を放させた。
「俺の方こそいっぱい聞きたい! なんで俺は捕まったんだ? さっき姫様だのマリーナだの言われていたのは?」
ユリはランの質問に答えるべきなのか悩んでいるように見えた。だが彼にここまで来られた上に本当の名前も聞かれてしまったとあっては、もう隠しきれないと判断した。
何より自分と一緒にいた事によってランが捕まってしまったのだとすれば、ユリにも責任があると彼女は思っていたのだ。
気持ちを落ち着かせるために一呼吸を入れつつ、ユリは白状し始めた。
「マリーナ……それが私の本当の名前」
「お前の?」
目豚を少し閉じて反応するランに小さく頷いて肯定するユリ。ここから彼女は本格的に自分の事について話し始めた。
「『マリーナ ルド ユリアーヌ』。この『鉱石の世界』そのものである国『惑星国家ヒカリ』の第一王女ってことになってる」
「この世界のお姫様ってことか!?……この世界丸ごと全部ってどんな広さだよ……」
国の規模の事も相まって驚くラン。ユリは次にランが捕まったという理由についてあくまで彼女自身の推測ながら話した。
「多分アンタが捕まったのは、たまたま私と一緒に暮らしていたからだと思う。お姫様と異世界から来た人が一緒に生活していただなんて、自分で言うのもなんだけど、国の宝を泥棒に盗まれていたのと同じだと思ったんだと思う」
「それでお前と離れてすぐに牢屋に……ケッ! アイツ等勝手な」
事情を把握してふてくされていくランにユリは眉を下げて申し訳なさそうに謝罪をした。
「ごめんなさい。私と一緒にいたせいで、ランは逮捕されてしまった。私が自分の一人暮らしの事に巻き込んだから」
「お前のいた所に勝手に転がり込んだのは俺の方だ。それに……」
ランはしかめっ面から少々気恥しそうな顔に表情を変化させると、ユリに対してなんだかむず痒そうに話した。
「さっきといい、別れる時といい……俺こそ悪かった。お前の親切を勝手に弾いて」
「え?」
「あんな形で離れ離れになると思ってなかったからな! なんだか牢屋にいるときもずっと引っかかってたんだ! あぁ! スッキリした!!」
ユリは動作がハッキリ見えるほどゆっくりな瞬きを二度行い、ランに問いかけた。
「もしかして私を連れだしたのって、それを伝えるために?」
「ついでだついで!! でもま、こういう話は人が多い所じゃ話もしにくいからな」
「フフッ!……何よそれ」
見ようによってはなんともしょうもない理由を知り、ユリは数秒後に思いを抑えきれず吹き出し笑ってしまった。
「笑うなよ」
「いや、アンタがそんなお礼をちゃんといえるタイプとは思ってなかったから! つい!!」
「お前、俺をなんだと思ってたんだ? 世話になった奴に感謝くらいできるぞ」
「いやいや、ごめんごめん……」
平謝りに近い謝罪の言葉を出したユリだったが、しゃべり続けている最中に再び申し訳ない気持ちが込み上がって来ていた。
「私の方こそ、本当にごめんなさい……私が自分が王女だってことを隠さずに話していれば……私がもっと気を付けていればこんな事にはならなかった」
自分を悲観するユリにランは彼女を責めるような台詞を言いはせず、ただ軽く返事をした。
「いいさ。俺だってお前に言ってないことがあるし、お互い様だろ」
「それは……」
ユリがランの横顔を見ると、何処か悲しそうな顔を浮かべていた。おそらくユリの知らない、ランが元々いた世界の事についてなのだろう。
だが自分の秘密を知られたからってランの秘密を聞くなんてことをするのはいけないとユリは彼の返事に問い詰めることはしなかった。
「そうね……」
「そうだ。だからこれでチャラだ。とりあえず引っかかってたことは分かったしな」
足を進めようとするランにユリは彼を呼び留めて心配そうな顔を見せる。
「ラン!」
「あ?」
「これから、どうするの?」
「どうするって……」
「牢屋から出た事はもう城の人にバレてるのよ。本当は違うけど、私を誘拐したことにもなっている。次警隊はアンタを目の敵にしている。どこに行けばいいのかも分からない」
自分のせいでランがお尋ね者もなってしまった事はもう取り返しがつかない。自分が次警隊上層部に口利きしても子供の言い分と上手い事言いくるめ、あしらわれて終わりだろう。
ユリにはランを助けてやることは出来ない。だがそんな八方塞がりに等しい状況でありながら、まるでこんな事態に慣れているかのようにランの態度は普段と全然変わらなかった。
「いける場所ならある」
「そんなのどこに!?」
「俺とお前の家。あそこは誰にも見つかっていない秘密の場所なんだろ?」
ランに言われてユリはハッとなった。あまりに切迫した状況にユリは知らぬ間に視野が狭くなってしまい、いつもの彼女ならばすぐに思いつきそうな案が思考によぎりすらしなかった。
「そうだった! 私ホントダメね」
「とりあえずはあそこで暮らして、元いた世界に帰る方法を探す。お前にはこれ以上迷惑はかけないさ」
「ラン……」
まるで迷惑をかけたのは自分の方だとでも言うような発言。ランは台詞を吐いた直後に近くの窓を少し開けて周りの様子を確認する。
そして誰もいないことを確認すると、ユリにもう一度だけ顔を向けて彼女に別れの挨拶をしようとした。
「それじゃあなユリ。これに懲りたらもう家出なんてするんじゃねえぞ」
「家出じゃなくて……一人立ちって言ってるのに……」
ユリの瞳に涙が浮かぶ。これまで王女として城の中で気を使われたり、おべっかを使われた接し方ばかりをされた彼女にとって、ランは初めて出会った自分を王女扱いしない。ユリをただの一個人として見て接してくれる初めての人だった。
そんな彼と別れることが正直なところ寂しくて仕方ない。でもランのためを思うのならばこそ、ここで自分が我慢をするのが一番だった。
「さようなら、ラン。元の世界に帰れるといいわね」
「おう。じゃあな……ッン!?」
別れの挨拶を済ませて窓から去ろうとしたランだったが、突然後ろから飛んで来た何かに寸前で気が付き体制を崩すことで回避した。攻撃による負傷こそなかったランだが、代わりに重心がずれて窓枠から落ちてしまった。
「クッソ……今のは何だ?」
謎の飛び道具の正体を知らなければと後ろを振り返るラン。ユリは攻撃の正体が何か分かっているのかその上で目を丸くし、こぼれかけた涙を引っ込ませてランと同じ方向を見た。
「今の攻撃……まさか……」
静かになった二人の耳に聞こえてくる足音。たった一人の音であることは分かりながらも、何処か音が深く感じたランが警戒を向けると、攻撃を仕掛けてきた人物がしゃべり出す。
「こんな所にいたか。上手い事城の警備を出し抜いて気配を消したものだな。だが残念。マリーナのいるところ、私には簡単に探知が出来る」
影になって隠れていた姿が窓からの木漏れ日で映し出され、正体が発覚した。それはユリの兄、『スフェー ルド ユリアーヌ』だった。