SIDEハナエ3
『ねえ、どこか一緒に出かけない? みんなに絶対にバレないように県外とかさ……』
まつげ、長いなあ。テレビに映っている画面の光が彼の顔にあたると、まつ毛の長さが浮き彫りになる。二重まぶたもくっきりしていて、でもその目はハナエとは合わない。
『こっそり行くとなぜかバレたりするよね。それってハナエのためにもならないし。俺も今のバイト好きだし』
いつまでも聞きたいくらい心地いい声なのに、その口からハナエが望んでいる言葉は出てこない。すぐ近くに彼の体温があるのに、ハナエの心はちっともあたたまらなかった。つきあって3か月。ドキドキ感は風船の空気が抜けるように知らず知らずのうちにしぼんでいくものなのかな……ハナエはじっと彼を見つめた。
『トイレ、借りるね』
彼は、映画に夢中でうんと返事になるかならないかの反応をする。
ハナエは玄関の脇にある扉を開ける。一人暮らしの家には普通なのだろうか、小さな風呂とトイレと洗面所が1か所にぎゅっと収まっていて、なんとなく身をかがめる。
手をあらった時、洗面台の鏡が開閉式になっていることに初めて気づいた。少しためらったのちに鏡に手をかける。今思えば、魔が差した、としかいいようがなかった。
鏡をあけるとその戸棚には、洗面台に置かれているのと色違いのコップが置いてあった。
しばらくそのコップと置いてあるコップを交互に見ていたけれど、ハナエは音を立てないようにそっと扉を閉めた。
トイレから戻っても、彼は変わらず映画を見続けていた。
『これ以上遅くなると親に怪しまれるから、帰る』
『ああ、そんな時間? わかった』
ようやく見ていた映画を止めると、立ち上がってハナエの元に寄って来た。
『送ることできなくて、ごめん。気を付けてね』
これも毎回同じセリフ。そして、おでこにキスをする。これも毎回一緒。
一緒だけど、一緒だからつまらなくなっていた。この人、私のこと本当に好きなのかな。『じゃあ』と言うとドアを開ける。振り返った時には、彼は映画の続きを見るためにリモコンに手をかけていた。
――なんで彼と付き合おうと思ったんだったっけ……。
メモを渡されたとき、なんでメールをしてしまったんだろう。たった4か月前のことなのにもう忘れてしまった。
彼とのやり取りを指で上下に移動させながら眺める。受信箱は彼のメールの海だった。ただ単にスリルがあった、というかドキドキしていたな。やり取りを繰り返しているうちに自然とうちに遊びに来ないってかってなって、恋が始まっちゃうのかなって思ったんだった。
内緒、っていうのがますます胸を締め付けた。
そう言えば、付き合う、とは言ったけど、お互いに好きも言ってなくない? ハナエは唾を飲み込んだ。胸の奥がカラカラに乾いていて粘液がねっとりと身体の中をつたっていくようだ。ハナエはメールの返信ボタンを押した。
『あのさ、私のこと、好きで、付き合ってる?』
『ハナエ、今日メールばかり見てない?』
ミキに言われて、慌てて携帯電話を閉じた。
『え、そう? そんなことないけど』
返事がこないことが返事なんだな……ため息が出る。