SIDEハナエ2
部活が一緒だった康史がずっとハナエのことを好きだったのはわかっていた。
『ねえねえ、文化祭の時に康史と一緒に回ってあげなよ!』
キョウコがニヤニヤ笑いながらつついてくる。その横で、ミキが少し心配そうな目でハナエを見るのがわかった。
『康史は、ただの後輩だから。あまり思わせぶりなことをして、期待に応えられないのは悪いし』
その時ハナエには付き合っている人がいた。2人は言えなかったけど。言えないような関係なんておかしいとその当時は思わなかった。
『塾で担当している学生と付き合っているってバレたら辞めないといけないから』
通っている塾のチューターをしていた大学生の彼は、自分からメールアドレスを渡して誘って来たのに、会うたびに秘密でつきあっていることを念押しした。会うのはいつも彼の家。外で一緒に歩いているところがバレたらまずいことになるから。毎度言い聞かせられるから
——まあいいか、家でゆっくり映画を観たりしてすごせるから。私が黙っていればいいだけの話だし。
ハナエはそう思って、言われた通りにしていた。ただ、それもしばらく経つと、やっぱり納得がいかないときもある。でも、そんな思いを抱えても誰にも相談できなくて息苦しくなる時もあった。
『ハナエ先輩、最近なんかおかしくないですか? 挨拶しても返事が上の空だし』
自販機でカフェオレを買おうとしたときに、康史が近寄って来た。ハナエは眉をひそめて康史を上目遣いで見た。努めて平静を装って低い声で答える。
『別にいつも通りだよ。康史がちょっとしつこいだけじゃない』
『いや、違います。なんかおかしい。俺のカンがそう言ってます』
こいつ、ホントにしつこい。そして、なんで、康史が私の様子に気づくんだ。カフェオレの蓋を開けたり閉めたりしながら、ハナエは鼻の奥がツンとするのを、歯を食いしばって我慢する。
『ハナエ先輩がその顔をする時には、泣くのを我慢している時です。その奥歯の食いしばり方と口元の感じ』
『ほっといてよ』
予鈴が鳴った。他の生徒が足早にその場を立ち去るのに、康史はハナエの手首をつかんだ。通りすがりの生徒たちが興味津々なのに時間がなくて、つながった手元を見ながら去っていくのがわかる。ハナエはその視線が恥ずかしくて下を向く。
——どうして、康史にわかって、彼には伝わらないの……。
少女漫画だったら、屋上に逃げることができたり、誰も来ない部屋があったりして2人で逃げ込んだりして話すところだけど、現実はそうもいかない。本鈴が鳴った時に、廊下を通っていた教師に呼び止められて、追い立てられるように教室に戻ることになり、ハナエはホッとしたようななんだか物足りないような自分でも解析できない気持ちになった。気が付くと、握りしめていたカフェオレから冷たさが抜けていた。
『後で俺に全部話してくださいよ、約束ですからね!!』
『男はしつこいと嫌われるぞ。お前は俺と授業! 森脇も早く教室戻れよ』
呼び止めた教師に引きずられるようにして康史は去っていく。その姿をなんとなく見送ってハナエは教室に戻った。
教室の扉を開けるとハナエは『スミマセン』と謝って小走りに席に着いた。キョウコがこちらをじっと見ているのを避ける。視線が刺さるのを感じていると、遅れて来たハナエよりも、視線を送っていたキョウコが怒られた。
『コラ、佐々木キョウコ! キョロキョロするな!』
すねたようにソッポをむくキョウコに、忍び笑いがもれた。そのキョウコを見ながら、彼のことを知ったら康史やキョウコやミキはどう言うだろうか、と思う。
隠れて付き合っていることが自分の気持ちをかなり圧迫していることをハナエは自覚した。