3 やってみたかったことをやる
こんな時には悠介になぐさめてほしくなる。でも、今夜はつきあいで遅くなるから夕飯もいらないよ、と朝言っていた言葉が頭の中でコロコロと転がっていた。
悠介に電話してみようか。彼なら気づけば時間を割いてくれるはず。そう思いながらスマホを取り出すと、画面に不在着信のマークがついていた。
悠介かと思ったけれど、不在着信の主は、由香里だった。慌てて電話をすると、由香里の明るい声が飛び込んできた。
『ミキちゃん、メッセージ見たよ! 結婚式するって。花の手配はもちろん任せて』
「わー、嬉しい!!」
結婚式を開くなら、絶対に叶えたかったことがある。それは、大好きな花農家の直樹の花を彼のパートナーだった由香里のアレンジしてもらって会場を飾ること。
『結婚式をやると決めたなら、まずはミキがやってみたかったことをやるって決めたら?』
結婚式をあげないか? と悠介が言った時に提案してくれたときにそう言われて、なるほどと思った。ミキにとって、結婚式をするならば、こだわりたいのはドレスよりも食事よりも、式を彩る花。店を継いだからできなかったけど、もともとウエディングのフラワーアーティストをやりたかったくらいなのだ。式場の写真を見ては、自分ならこんな花を飾りたい、と四季に応じて何パターンもデザインしていた時期もある。
自分の結婚式っていうと全くピンとこないけど、式場のデザインと考えを切り替えたらどんどんイメージが湧いてきて、勢いで由香里に連絡を入れてしまった。なんなら前日に由香里と一緒に会場づくりに参加したい。受話器の向こうでふふふと笑う声がした。
「え、なに? なんかおかしかったですか?」
笑い声を上げた由香里にミキはたずねる。
『悠介くん、さすがね。ミキちゃんのこと、よくわかってるなあ』
「え? どういうこと?」
こっちの話よ。何度聞いても笑ってはぐらかすので、ミキはあきらめた。
日程や花材などを話し終わると、電話の向こうの由香里が手帳を閉じる音がした。
『じゃあ、また。直樹の畑の様子を見ながらやっていきましょう』
電話が切れたあとも、ミキはじっとスマホのぬくもりを手に移していた。
「由香里さんが作る会場のアレンジどんなんだろ」
自然とつぶやいた自分の声が耳に入ってきた。さっきとは別人のような張りのある声だった。どうやらきちんと気持ちと声の周波数がちゃんと合ったみたい。我ながら、現金だなあ。ミキは一人なのに、顔が赤くなるのがわかった。