1 月曜日の憂鬱
朝からなんだかついていない日というのはある。
思ったような花材が仕入れられなくて頼まれていた花束のデザインを変えなくてはいけなかったし、夕方に花の予約をもらっていたお客様はキャンセルになった。
「あぁ、今日はツイてないなぁ・・・・・・!」
忙しく動き回った合間に思わず叫ぶと、パートのヒロコさんが気の毒そうな視線を送ってきた。
「あ、今日はあの人が来る日じゃないですか?!」
「そう、午後からヤマシタさんが来るんですぅ」
創栄商事のヤマシタカズミさん。毎週月曜日の午後2時に彼女はやってくる。
オフィスエントランスと役員室のアレンジメントの依頼してくれる彼女は、使いたい花材を見に来るのだが、機嫌が良くない時には、長く居座って延々と愚痴をこぼす。
午後2時5分前、「今日はご機嫌ですぐ終わりますように」ミキは小さく手をあわせて祈った。
ドアチャイムの涼やかな音が鳴ると、床を蹴るヒールの音がカツカツと聞こえた。ミキは慌てて走って行った。
「いらっしゃいませ、ヤマシタさん。お待ちしてました」
ヤマシタさんは、いつになく上機嫌な笑顔を浮かべて、「こんにちは」と挨拶してくれた。
それからも機嫌がよく、「今週は、海外から新規のお客様の視察が来るから、いつもよりも華やかなアレンジにしてちょうだい」
といつもよりも沢山の花材を指定した。
指定された花の名を、メモを取りながら頭の中でアレンジメントのイメージを膨らませる。大がかりなアレンジメントになりそうなので、ミキは嬉しくてにんまりした。
「あら嬉しそうね」
ヤマシタさんがミキの表情を見て笑う。そんな柔らかい表情をする彼女も珍しいなと思いながら答える。
「もともと、ウエディングなどの大きなアレンジメントに携わりたかったんですけど、花屋を継いでしまって、なかなか大物のアレンジメントは少なくて……」
「うちもたいしたことなくて悪かったわね」
ミキは縮み上がってヤマシタさんの顔を見る。失言してしまったかもしれない。
「とんでもないです。創英商事さんのエントランスアレンジメントは私にとっては毎週の喜びなので」
これは、本音だ。毎週会社ビルエントランスと役員室前の入り口のアレンジメントをさせてくれるなんて街の花屋にとってはありがたい仕事なのだ。ヤマシタさんと毎週顔を合わせる緊張を差し引いたとしても。
ヤマシタさんの顔はさほど不機嫌ではないようで「冗談よ」と笑う。ミキはホッとしながら、肝心の金額の話を切り出した。仕事とはいえ、金額の話もなかなかしづらくて声が小さくなってしまう。
「いつもはご予算2万円ほどですが、今回は……どうでしょうか?」
「5万までは大丈夫よ、話を通しておくからよろしくね」
「はい!!!」
「ミキさん、よかったじゃない。いいこと、あったわね」
パートのヒロコさんがバックヤードから出てきた。ミキが取り込んでいたから上がる用意をしていたようだ。ミキはにっこり笑った。
「うん、ツイてました~!」
ミキはヒロコさんを見送る。
さあ、お客さんが来ないうちに、アレンジメントの準備を急ごう! 指定された花材とそれに合いそうなものを選んで別のバケツにまとめて入れた。いつもよりバケツ2つ分多い花材を見て、ミキはますます張り切った。
……問題は、1か月程後に起こった。