4 30本の・・・・・・
あと1時間ほどで一也が花束を取りに来る。ミキが花束の準備をしている時に、ハナエが店にやってきて、ことの顛末を聞いてあきれたように首をすくめる。
「すれ違っていたかどうかは、まあ、置いておくとして、浮気に関してはピュアホワイトじゃないの! あの日の私の時間を返してほしい……あのあと肩は痛いし、母には嫌み言われるし散々だったのに」
それでも、表情は優しいハナエだ。
「ハナエ、本当にあの時は、お疲れ様だったよね。今日はお仕事もう終わりなの? 16時なんて早いじゃない」
「たまにはね。最近遅かったからさ、営業先から直帰してきた……それにしても、改めて見てみると、バラって色の種類が沢山あって圧巻だねえ」
「そう、実はね、花の色によって花言葉が違うんだよ。キョウコこじらせてたからさ、もう、一也さんのありとあらゆる愛を受け取れーっていう気持ちで、カラフルなバラの花束にしてみたの」
「いいじゃん、いいじゃん。花より団子なキョウコだけど、さすがにこれだけのバラを渡されたら喜ぶでしょ。まあさ、よくわからないけど、ひと口に10年って歴史もあるよね。子どもができると、夫からパパになっちゃうしね。彼氏じゃなくて同士になるしね」
3人の中で誰よりも早く結婚したし、キョウコはデキ婚だから、ずっと余裕もなかったのかもね。ハナエは椅子に座りながらそう言うと、水筒の蓋をあけた。
「そうだよね、うちは、まだ子どももいないから、そういう気持ちはわからないもんなあ」
「あーあ、羨ましいなあ、ミキも……キョウコも」
顔を上げると、ハナエは少し泣きそうな顔をしていた。
「ハナエ……?」
何かあった? と聞こうとしたときに、ドアチャイムが鳴った。
「こんにちは」
少し気弱そうな男性の声がした。姿が見えたときにはきょろきょろとあたりを見回していて明らかに花屋に入るのになれていないといった雰囲気だった。
「一也さん、いらっしゃいませ。花束、もう少しでできますから」
「うわー、カラフルなんですね・・・・・・これは全部バラですか?」
「そうなんです。電話でお話した時に、カラーバリエーションをつけようって思ったんです。一也さん、薔薇の花言葉って知ってますか?」
「なんとなく」
「赤は情熱、愛情など、ピンクは感謝、白は純潔や尊敬、オレンジが絆や信頼、黄色は嫉妬などの意味もあるので使ってません。本数は全部で30本これにも意味があります」
「30本の意味……?」
「縁を信じています、です。10周年おめでとうございます」
できた花束を持ち上げるとさすがにズッシリと重かった。一也は手渡した花束をこわれものを扱うようにそっと抱える。
「……ありがとうございます。実は最近、キョウコさんが少し冷たくて、少し不安だったんです。言いたいことがあっても、向き合えなかった。だから、ここからやり直したいって、いい関係を築いて行こうって思ってます」
一也の心なしか潤んだ声に、ハナエとミキは目を見合わせて微笑んだ。
店から送り出すとき、ドアを開けるとドアチャイムがいつもよりも軽やかに鳴った気がした。まるで、結婚式のチャペルのように。
夕方の光がまぶしく花束に降り注いでいた。