1 親友の叫び
今日は1日があっという間だったなあ。
ミキは暗くなった店の窓の外を眺めながらひとつ息をついた。ミキの営む『フローリストM』は、駅近くの商店街にある。毎日沢山の人が店をのぞき、花を買ってくれる。
小さい頃から育った街で店をやっているので知り合いも多い。今日は、幼馴染のハナエの母親が店で花束を買い求めてくれた。ハナエにそっくりな孫娘と二人で手をつないでいるのを不思議な気持ちで見送る。
「みーちゃん、ハナエにそっくりだから、自分がタイムマシンに乗って過去に戻ったみたいな気分になっちゃう」
ハナエの母親は笑った。
「私も一緒にタイムマシンに乗りたいわ」
「そんなことないよ。おばちゃん、キレイなままだよ」
「ミキちゃん上手だね」
「ハナエは最近どう? 元気?」
「そうねえ、元気だけど、仕事が忙しいみたいよ。営業っていつもノルマに追われているみたいで、休日でも保育園状態よ」
言葉は困っている風でも、彼女は嬉しさを隠しきれないという笑い方をした。
「ミキちゃんも、早く孫の顔見せてあげないとね。お母さん、張り切って面倒みてくれるわよ」
「私、結婚したばかりだからなあ……」
「もう2年も経つじゃないの。今年35でしょ? 産む方も早い方が楽だし、面倒見る私達だって若い方が動けるんだから。うちも、早く2人目って言ってるんだけどね。男の子がいるといいなあって。でも、仕事があると難しいのかしらね」
ミキはハナエの母親に曖昧に笑いかけると、「みーちゃん、またね。バイバイ」とごまかした。
閉店間際、少しずつ片付けを始めた商店街の向こうからよろよろと歩いてくる2人組が近づいてきた。その2人組は肩を組んでいる。あっちにフラフラ、こっちにフラフラしながらも確実に店に近づいてくる。
ミキは、慌てて店の中に入ろうとした。そのとき、
「重い!!」
支えている方が唸りながら叫んだ。
明らかに酔っぱらいだったから見ないふりをするつもりだったのに、聞き覚えのある声だった。
「あれ、ハナエ?! ……とキョウコ?!」
「ミーキー! ちょっとぉー話を聞いてほしくて、店が終わるまでハナエと待ってたよお」
キョウコは陽気に声をあげるが、千鳥足で、支えるハナエは顔をしかめた。
「ミキ久しぶり。ごめん、どこかにキョウコを置けない?」
ミキはハナエが支えてないキョウコのもう一方の腕を抱え、バックヤードのベンチに寝かせた。
「助かったー、キョウコってば、たいして強くもないクセに、今日、お酒飲むのをやめないんだもん。事情を聞いても、ミキと3人で会ってからって、肝心な話はしてくれないし……美羽を母に預けているから、ボチボチ帰らないと……」
3人は幼馴染の腐れ縁。でも、ここ数年、ハナエは美羽がまだ小さいから遅くまでは出られないし、ミキは20時まで店があるしで、なかなか3人で一緒に集まることができなかった。
「そういえば、おばちゃんとみーちゃん、今日店に来てくれたのよ」
「余計なこと言わなかった? 早く子ども産めとか」
「言われたぁ」
「ホント、ごめんね、おせっかいで。別に子どもがいるのがエライわけじゃないじゃん。なのに、小さい頃からやれ高校はどこにいったか、大学はどこか、どこに勤めているか、いつ結婚したか、そんなことばっかり。そんなモノサシで人の優劣なんてはかれないのに」
ハナエの表情が一瞬沈んだように見えて、ミキは首をかしげた。どうしたのか聞こうと口を開いた時、ベンチから寝ていたはずのキョウコが叫んだ。
「一也、浮気してたーーー!」
「ええ?!」
ミキとハナエが戸惑う横で、キョウコの泣く姿は小学生のようにむきだしだった。