3 寂しい月下美人
悠樹は、小学2年生。悠介と結婚する前に2、3回、結婚してからも数か月に1度は会っていた。ただ、彼からすれば、お父さんを取った人と思われても仕方がないなと、ミキは心の中で距離を置いていた。
でも、それもミキ自身の問題で、本人からは何も聞いていない。悠樹は素直で、よく笑うし、悠介と同じような表情で話しかけてくれる。でも時折、表情なく遠くをぼんやりと眺める目を見ると、ミキ心はどうにもざわつくのだ。どこかで見たことがあるような気がして。とはいえ、それをどうにかしようとも思わなかった。そもそも、大して子どもが好きなわけでもないから、愛想よくもできない。
毎回、戸惑った対応しかできないことを、悠介は気づいていたのだろう、ミキを置いて悠樹と出かけることもあった。そんな時、ミキは正直ホッとしていた。
もしも、悠樹としばらく一緒に暮らすのだとしたら……。
今までのように逃げ腰で接することもできないだろう。かといって、今の2人の生活に悠樹が入り込んでくることで、自分の弱い面を悠介に見せてしまったら……。ミキは自分達の関係が変わってしまいそうな気がして怖かった。
何か返事をしなければいけないのに、じっとだまったままのミキを、悠介はただただじっと見つめていた。しばらくして少しずつ緊張を緩めるかのように微笑んだ。
「悠樹の話は断るよ。リカかうちの親に預かってもらう……ごめんな、ミキ。俺に子どもがいなければ、今回みたいに余計なことで悩むこともなかったのに」
「そんなこと……言わないでよ。悠ちゃんにそんなことを言わせたかったわけじゃない!」
悠介はハッとした顔をして押し黙った。朝まで考えさせて。そう言うとミキはベッドに横になった。しばらくは悠介の視線が背中にあったけれど、ため息とともに、彼も寝転がる気配がした。背中合わせで寝ることはめったにない。いつもならすぐに寝る悠介なのに、寝付けないのか寝具をごそごそとさせている。でも、向き合って声をかけることもできず、ミキは無理矢理目をつぶった。
それからどのくらい時間が経っただろうか。ミキはどうしても寝付けずにベッドから起き上がった。悠介がかすかに動く気配を感じたけれど、気づかないふりをして部屋を出る。リビングには、月明かりが差し込んでいた。
小さなベランダに大きな花が咲いていた。青白い月明かりに浮かび上がる美しいたたずまいにミキは吸い込まれるように近づいた。
「月下美人……」
久々に咲いたのに、なんでこんなに寂しく見えるんだろう……。この花は、私達の思い出の花なのに……。空を見上げると、黄色の満月が遠くからミキを見下ろしていた。