3 離婚の理由
「なんとなくギクシャクし始めたのは、子ども……悠樹が生まれて1年弱で、彼女が職場復帰をしたくらいかな。出産は立ち会ったからね、赤ちゃんが生まれてくるのを見たらあまりにも大変そうだったから、正直しばらくは夜にするとかしないとかそんな気分にはならなかったよ」
悠介はゆっくりすぎるくらいのスピードで話し始めた。少しでも眉を寄せたら話をやめそうなくらい、ミキの表情をじっと見つめている。
「職場復帰する頃にはもう8か月くらい経っていたし、身体も大丈夫なんじゃないかなって、本人には聞かなかったけど、元気そうだったし、もうそろそろいいかなって思った。まずは2人の時間を作るところから始めようってそれとなく声をかけた頃には、俺とはもうそういう気分にはなれないって言われたんだ」
「え、なんで?」
「だろ? その当時は、ワケわかんなかった。悠樹の面倒だってちゃんと見ていたつもりだったし、何が間違ってたのか、俺が下手なのかとかスゲー考えた」
ミキは吹き出す。
「え?! 俺の悩んでいたことを一生懸命語ってるのに、笑うところあった?」
悠介は少し心外そうに、繋いだ小指に力をいれる。
「下手なのか……とか考えるんだね」
ミキが聞くと、そりゃあそうだろうと悠介はすぐに答える。
「いや、考えるよ。男って繊細なんだぞ。女を満足させたかどうかって大事だろ。満足したか確かめられなくて、シた後は、けっこうドキドキしながら様子見るんだから」
いつも余裕ぶってミキをからかう悠介が珍しく早口でまくしたてるので、ミキはにんまりと笑いながら先を促した。
「まあ、一度、そんな気分にはなれないって言われたら、悶々と悩んで、こちらからは誘おう勇気が地に落ちる。その当時は拒否されたことで完全に拗ねてたんだよ、俺は。そうしたら、お互いに本音で話せなくなっちゃったんだよな」
彼女は、毎日仕事と子育てで精一杯だったんだろうなって、今なら思うけど、そこまで見えてなかったのかも……悠介は最後の方は独り言のように言って、少し恥ずかしそうにミキの手を握り直した。
「こんな風に2人でゆっくり話し合ったり、手を握ったり、背中さすったり、お疲れ様、ありがとう、ごめんねとか……全然言えなかったんだよ」
「へえ、すごく意外。悠ちゃん、じゃあ、反省を活かしてるんだね」
俺は、やればできる子なんだ、悠介は胸を張った、少し照れくさそうに。ミキはそっと彼の頭を撫でた。悠介はくすぐったそうな表情をしながら、ミキの肩に頭をのせた。
「でも、よかった」
悠介は頭をあげて怪訝そうにミキを見る。
「悠ちゃんが、そうやってすれ違ってなければ、今のこの時間はないもん。すれ違ってくれなかったら、今みたいにちゃんと話そうって思っていなかっただろうし、あと……」
「あと……?」
「すれ違ったのが、私とじゃなくて、よかった」
悠介はミキを抱きしめると、耳元で
「失敗が失敗で終わらなかったのは、ミキのおかげだね」
と囁いた。声が少しかすれていた。
ミキは身体の力を緩めた。壁につるしたミモザのスワッグの黄色が目に映えた。
「けど、夫婦でちょっとしたことから言えなくなったり、我慢したり、したくなくなったりっていうことはあるんだよね。むしろ、本人が気づいていないうちにそうなってた、っていうこともあるのかもしれない」
「外で済ませてくるっていうのが解決策には……ならなそうな気がするね。性欲とコミュニケーションが深く関わっているのかはこの場合わからないし、手段と目的がこじれているように感じるけど」
キョウコ、どうするのかな……。ミキはキョウコの後姿を思い出しながら明かりを消した。