2 このくらいの距離感が最高ねって何度も自分に言い聞かせたの
母と子だから、へその緒が切れてもずっとつながっているって信じてたの。
そうつぶやいて再び箸を動かし始めたヤマシタさんは、ミキが畏縮してしまうような強気さのある彼女ではなかった。
「でも、一人になったら、気が楽だった。薄情なものよね。仕事にも打ち込めるし、時々は息子も遊びに来てくれるしね。もしかすると、あの子は私の思考が読めたのかもしれない。でも、このくらいの距離感が最高ねって何度も自分に言い聞かせたの」
でもね……。
ヤマシタさんは再び箸をおき、ミキを見た。
「いくら大変だって、疲れたって、自分の子が近くにいてくれるっていうのはあたり前のことなの。時々一人になりたい、逃げたいって思うこともあったけど、子どもがそばにいないという選択肢がなかったのよ」
家を出てしばらくは、ふとした時に呼びかけちゃうことがあったのよ、誰もいないのに。その時の私の気持ち、ミキさんには想像できないわね。
ヤマシタさんは空になった弁当箱に蓋をした。そして、お茶のペットボトルの蓋を閉めると立ち上がった。
「ごめんなさい、もう仕事に戻らなきゃ。誘っておいて申し訳ないんだけど、食べ終わったらお弁当箱は受付の横に置いてくれたら業者が回収に来るから。そうそう。美里さんがね、ミキさんなかなか家に顔出してくれないって言っていたの」
私に何かしてほしいって言っていたわけじゃないのよ、そういう人じゃないのはわかっているでしょう? ただ、私が美里さんの気持ちがわかってしまうだけ。
会議室の重い扉が開いて閉じるまで、ミキはヤマシタさんの背中を目で追いかけた。
ピンと伸びた背筋がいつもよりも小さく感じられた。
弁当箱を片付け、廊下に出ると、入れ替えた花の中にタンチョウアリウムがあった。赤く色づいた小さなネギ坊主のような花をヤマシタさんはよく選んでいるなとミキは気づいた。
「深い悲しみ……か」スマホを操って花言葉を見つけ、ミキはため息をついた。ヤマシタさんはタンチョウアリウムに自分を重ねているのだろうか。