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こじらせヨメに花束をーWEB小説Ver.ー  作者: 赤羽かなえ
21章
110/131

7 親子だからすぐにわかり合える、って思っていたけど

お店、頑張ってるね。頼りにしてるよってただそれだけの言葉がほしくて、でも自分から聞くことはできなくて。いつしか何も言われないことが恐怖になっていて。信頼して何もいわなかったというのを勘違いしていたんだ。


あまりにも気持ちが軽くなりすぎてよろめきそうなのを立て直す。


「捨てられたわけじゃなくてよかった。でも、今さらすぐに素直に10年前の私には戻れない。ここでドラマみたいにお母さんと抱き合ってすべてが解決、みたいな気持ちにはなれない。ごめん」


最後は涙声も誤魔化せなかった。盛大にしゃくりあげながらとぎれとぎれに言葉を出していく。


母も目を潤ませながら最後まで話を聞いてくれた。そしてゆっくりと口を開いた。


「ちゃんと話せば親子だからすぐにわかり合える、って思っていたけど、大人って難しいね。カッコよさとか立場みたいに目に見えないものがいつも邪魔してさ。すぐに仲直りできるのは、小学生の前半くらいまでなのかな。10年こじれた糸をほどくには10年以上かかってしまうかもしれないね」


でも、決めた、私はあきらめないから。母はそう言いながら手を持ち上げてミキに差し出した。目の前に出された手が少し揺れる。


母の手は、こんなに細くて頼りなかっただろうか。思わず支えるように下から彼女の手を取ると手のひらにひんやりとした感触が落ちて来た。キレイな手とは言えない皮膚のかたさ、花を扱う仕事をする人の手。その感触は自分の手が記憶していた。でもあたたかかった昔とは違い、今は雪の玉を手のひらにのせたようだった。その冷たさが腕の方まで上がってくる。生きている実感がつかみづらい手を握ってもなお、すぐに母を抱きしめられない自分がもどかしかった。


ケンカしたつもりもないのに、少しずつ絡まった糸にがんじがらめにされて、苦しい。時間が解決してくれる、なんていう人がいるけれど、時間が経てば経つほど、何が問題だったのか、なんでこんなにうまくいかないのかがわからないことだってある。ミキは、まだ自分がどんな顔をして母の手を握ったらいいのか、どうやって答えるのが自分が一番しっくりくるのかわからなかった。きっとここで仲直りするのが模範解答なんだけれど、昔は簡単にできたことが、今、どうしてもできなかった。


21-9


ミキは、母のことをまっすぐ見ることができなくて少し目をそらした。


「今までは、ミキが頑張ってきたんだから、私が今度は頑張る」


母はそんなミキを見つめて話していることを感じていた。


「もしも、いつも通り、私のわがままなお願いを言えるなら、ミキと10年かけて新しい関係を作っていきたい。血がつながっているからって縛るつもりもないし、そもそも、私、母親らしいことなんてなにもできないけど」


「ミキさんと美里さんの間を上手く取り持てなかった立場で今さらこんなことを言うのも何なんですけど、この10年はこじれたままでもそれを持ったままでこれからの10年は新しく始められないでしょうか。僕もどうにかしたい、そう思っているんです」


今まで黙っていた博之がゆっくりと口を開いた。


ミキはうつむいて、黙ったまま母の手を自分の両手で包み込んだ。それからそのままどのくらい時間が経っただろうか。冷たい手がほんの少しだけあたたかく緩んだ。ミキはそっと目線を母にあわせてゆっくりとうなずいた。


ミキの背中越しに、悠介がそっと息を吐いた。その息がかかって首筋が少しくすぐったい。


カーテンが再び風に舞って、あたたかい日差しが室内に流れ込んだ。


「来てよかったね」


病院の外に出て、悠介が建物を見上げた。


「お母さんが泣いてたの、ほとんど見たことがないから驚いちゃった」


仕事がどんなに大変でも、離婚したり、仕事が忙しかったりしたときも、ミキは母の泣いているところを見たことがないな、とあらためて気づいた。


「もちろん、美里さんはミキがいるから大変だったことも自由じゃなかったこともあったと思うよ。でも、ミキがいるからこそ、頑張れることも沢山あったんじゃないかな」


いつもだったら、そんなことない、と思っていたかもしれないけど、今日はそう信じてもいいような気がした。


『ミキと10年かけて新しい関係を作っていきたい』


そう言ってくれた母の言葉が、心の中に固まっている何かを今少しずつ溶かしてくれているような気がした。いつの間にか悠介がじっとミキのことを見つめている。


ミキが首をかしげると、悠介はニヤっと笑って口を開いた。


「なんだか、妬ける」


「え、何が?」


「俺が力になれないことで、ミキがそんな風にいい笑顔になるのがなんか悔しい」


「そんなことないよ。悠ちゃんがいなかったらここまで来れてないし」


悠介が吹き出す。ミキは眉を寄せた。


「真に受けるのがミキらしいよね。冗談だよ。でもさ、よかった、美里さんが10年って言ってくれて。まだまだ元気でいるために頑張れろうと思えるのは、やっぱりミキがいるから、なんじゃないかな」


ミキは、歩きながら悠介の言葉を噛みしめた。通りがかった雑貨屋の店先には、沢山のポインセチアが並んでいた。赤、白、ピンク。街中がクリスマスの魔法にかかる時期。ミキは足を止めて悠介を見上げた。


「ポインセチアの赤とか白とかピンクの部分って、花じゃないの知ってた?」


「え、そうなの?」


「花なのは、中央の小さな黄色い部分だけなの。お母さんと私、肝心なところがお互い見えてなかったのかもしれない」


結婚式、楽しみだな。そうつぶやいたミキの手を悠介がしっかりと握り、満面の笑みを浮かべた。


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