3 ケンカを売るところだったじゃない
翌週の月曜日、ヤマシタさんはいつも通り午後2時にやってきた。
申し訳なさそうな様子も、言い訳もなく、いつも通り変わらずに花材を選び、部下が計算を間違えてばかりで使えないとか、今週は担当役員が会議担当だから資料を揃えないといけないとか、ひとしきりしゃべり倒してから、「今の話は内緒だからね」と言い残していつも通り去っていく。
逆にいつも通りすぎて拍子抜けしたし、思えばここ数週間だって全く悪びれた様子でもないわけだから、本人は何も気づいていないということなのかな。
ミキはなんとなくすっきりしなくてモヤモヤとしていた。
花を入れ替えた翌日、ヤマシタさんから電話があった。
『いつもよりも、葉物が多くて見劣りしない?!』
ヤマシタさんは鋭かった。そしてやはり知らなかったのだ。
事情を話した方がいいんだろうか。そう言ってもミキからはなんとなく話しづらい。結局、選んでもらった花材に合うものがなく、葉物が増えてしまいました、と、しどろもどろに言い訳をして謝る。
でも、こんな言い訳、毎週できるわけもないしどうしたらいいのだろう? そもそも自分に落ち度が1mmもないのに。ほとほと困り果てたところに、再び、創英商事経理部の田中さんから電話が来た。
『先日の話なんですが、役員の方から決裁がおりまして、5万円のお花代を出してもらえることになりました』
社内で二転三転して申し訳ありません……先日とは打って変わって、電話の向こうの声は申し訳なさそうだった。
彼女の話によると、ヤマシタさんは、きちんと新規のお客様へ会社の見た目をきちんとした方がいいと、いつもよりも見栄えがするようにお花を飾ろうと提案していたけれど、ヤマシタさんの直属の役員が決裁に回し忘れたらしい。
「そういうことってさ、社内で解決してからこっちに連絡してほしいよね」
ホッとした夜。遊びに来ていたキョウコとハナエに思わず愚痴った。ビールの進みもいつもより早い。
あやうく、あの小うるさいヤマシタさんにケンカを売るところだったじゃない。つぶやいたミキにキョウコが笑う。
「ミキとは長いつきあいだけど、あんたが人とケンカしてるところなんて見たことがないけど。せいぜい、小さな声で反論する程度で、怒っている時ほど声が小さく申し訳ない感じで話すよね」
「キョウコと違って平和主義者なんですー。そんなことよりも、キョウコ、その後一也さんとはどう?」
ミキが聞くと、
「先日とは別人のようだよねえ、なんだかずっと嬉しそうだし」ハナエも水を飲みながらニヤニヤとキョウコを見た。
「……その節は大変お世話になりました」
キョウコは少し口をとがらせてぶっきらぼうに謝る。でもそれがフリだけで口角が上がるのを抑えきれない様子を見てミキはホッとするのだった。
午後8時30分、ミキとキョウコとハナエがまったりと話している時に、表のシャッターガタガタと音を立てた。