前編
「アンリエッタ。あなた、勉強はどうしたの?」
「……しないわ。アンネマリーお母様」
「いい加減にしなさい、アンリエッタ!」
「……どうでもいいの、私」
アンリエッタお姉様が、今日もお母様に怒られている。
お姉様は、いつも怠惰だ。
いつも寝ているか、ふらふらと散歩に出掛けるしかしない。
怠惰なアンリエッタお姉様。
「アンリエッタ! 貴方はメアリーアンのお姉さんなのよ? あの子の為にも、もう少し頑張ろうとは思わないの!?」
「……どうでもいいわ。アンネマリーお母様」
「どうでもいいですって!?」
そしてアンネマリーお母様は、アンリエッタお姉様の頬を引っ叩いた。
パシン! と痛そうな音が響く。
お母様に叩かれた事なんて生まれてから一度もない私でも、とても嫌な気分になったわ。
「……気が済んだかしら、アンネマリーお母様」
「な……」
だけどアンリエッタお姉様は、まったく意に介した様子を見せない。
どころか、その瞳は冷え切っていたの。
母親を母親とさえ思っていない。そんな瞳だったのよ。
「……本当にどうでもいいわね」
一言。そう言い捨てて、アンリエッタお姉様は去っていく。
アンネマリーお母様は、お姉様の態度に絶句して、次の行動が出来なかったわ。
そうしてお姉様が居なくなった後で、お母様はその場にうずくまって泣き始めるの。
「どうしてアンリエッタは、あんな子に育ったの……!
昔は、もっと私の言う事を素直に聞く、良い子だったのに!」
……昔、とお母様は言ったけど。
それは、たった数年前の話だったの。
そう、ちょうどアンリエッタお姉様が12歳になった頃だったわ。
◇◆◇
「アンリエッタお姉様は、どうしてそんなに怠惰なの?」
「……どうしてかしらね。メアリーアン」
私は、メアリーアン・メヌエット。
メヌエット伯爵家の次女で、アンリエッタお姉様の実の妹よ。
伯爵家には私とお姉様の二人の子供が居るの。
でも、男子が居ないから、どちかが婿を取って伯爵家を継がないといけないわ。
女性の爵位継承は、私達の王国で、ほとんどの場合は認められていないからよ。
伯爵家を継ぐかどうかなんて、私はどちらでもいいかなって思ってるの。
でも、たぶん、お姉様が継ぐ事になるんだわ。
……なんて、私はずっとそう思っていたのよ?
だけど、今の怠惰なアンリエッタお姉様じゃあ、どうなるか。
アンリエッタお姉様は、昔はとても真面目だったの。
そう、12歳の誕生日をお姉様が迎えるまでは。
メルディスお父様や、アンネマリーお母様にだって、反抗なんてしなかったわ。
アンリエッタお姉様は、お父様とお母様の言う事を、いつも従順に聞いていたの。
私が覚えている限りでもそうだったのよ?
それに今みたいに仕事どころか勉強さえもしない程に怠惰、なんて事はなかった。
毎日、毎日、アンリエッタお姉様は勉強に明け暮れていた筈なのよ。
私が、お父様とお母様と一緒にお菓子を食べてティーパーティーをしている時でも、お姉様だけは、ずっと勉強していたわ。
それぐらいにお姉様は、いつも真面目だったの。
……それにアンリエッタお姉様はね。昔は、もっと綺麗で輝いていたわ。
アンリエッタお姉様は、いつもキラキラ輝いていたの。
私と同じ、青い髪と青い瞳をしたアンリエッタお姉様。
背が高くて、綺麗で、美人な、アンリエッタお姉様。
私は、お姉様の事が好きだった。
アンリエッタお姉様も、私の事を愛していた筈よ。
私は、アンリエッタお姉様が持っている物は、なんでも欲しくなるぐらいにお姉様の事が大好きだった。
「お姉様が着ているドレス、とっても素敵だわ! 欲しい、私、それが欲しい!」
「え……」
お姉様が着ていたドレスは、とても綺麗で、素敵に見えた。
だから私は、それが欲しくなったの。
そうするとお父様がこう言ってくれたわ。
「アンリエッタ。お前はお姉ちゃんなんだから譲りなさい」
「……はい。メルディスお父様」
私は、アンリエッタお姉様のドレスを貰う。
お父様も、お母様も、そんな風に私の願いを叶えてくれた。
両親はアンリエッタお姉様の着ていたドレスを、私の為に仕立て直してプレゼントしてくれたわ。
とても嬉しかった私は、そのドレスを着て、アンリエッタお姉様に見せに行ったの。
「どうかしら! 私に似合うわよね、このドレス!」
「……そう、ね。メアリーアン。……よく、似合って……、いるわね」
そう、アンリエッタお姉様は私を褒めてくれたわ。
昔のお姉様は、いつも、いつも、私を褒めてくれたのよ?
他にも沢山の素敵な思い出があるの。
「お姉様が持っている宝石が欲しいわ!」
「お姉様の髪飾りが欲しいわ! だって素敵だもの!」
「お姉様の……」
「お姉様の!」
そんな風にお姉様が持っている物は、何でも輝いて見えるぐらい、アンリエッタお姉様は素敵な人だった。
……それなのに、今のアンリエッタお姉様は。
「アンリエッタお姉様は、いつも何をしているの?」
「……寝ているのよ、メアリーアン」
「アンリエッタお姉様は、もう、お勉強はしないの?」
「……ええ、しないわ、メアリーアン」
「アンリエッタお姉様は、寝る以外にする事はないの?」
「……お散歩ぐらいはするわ、メアリーアン」
アンリエッタお姉様は、とてもとても怠惰になった。
いつも寝ていて。他にする事と言えばお散歩ぐらいになったの。
たまに屋敷の外に出て行って、何をしてくるでもなく。
買ってくるでもなく、ただお散歩に行って帰ってくるだけ。
使用人を少しだけ連れて行って、本当にブラブラと歩くだけ。
同行した使用人達に後から聞いても、本当に何もしていないって言うのよ?
それにアンリエッタお姉様は、ドレスを着なくなったわ。
昔は、あんなに輝いて見えたのに。
アンリエッタお姉様は、宝石で飾らなくなったの。
昔は、あんなにキラキラして見えたのに。
アンリエッタお姉様は、物を持たなくなったの。
昔は、あんなに素敵に見えたのに。
あんなに綺麗で、優しくて、勤勉で、素敵なお姉様だったのに。
もう今や見る影もない。
色褪せてしまったお人形のようだ。
それでも元から美人で、食事を多く食べるワケでもないから、痩せたままのアンリエッタお姉様。
ますますお人形さんのようで。
沢山のお姉様を飾る物がなくなって。
ただ、アンリエッタお姉様が元々持っている容姿の美しさだけが辛うじて残っている。
そんな状態だった。
アンリエッタお姉様が、新しく仕立てるドレスはなくなった。
アンリエッタお姉様が、新しく身に着ける宝石はなくなった。
アンリエッタお姉様が、新しく持つ物はなくなった。
……あんなに輝いていたお姉様の魅力は、もうどこにもなくなってしまったのよ。
◇◆◇
「アンリエッタ。お前は、もうこの家を出て行け」
だから、そんな言葉がメルディスお父様の口から出た時。
私はなんだか『やっぱり』って思ってしまったの。
「…………」
その日は、珍しくアンリエッタお姉様が食事の為に部屋から出てきた夜の事だったわ。
アンリエッタお姉様は、メルディスお父様に家を出て行くように告げられたのよ。
(久しぶりにアンリエッタお姉様が一緒の食卓に座ったのに)
まだお姉様が真面目だった12歳より前でも、お姉様が食事の場に降りてくるのは滅多にない事だったわ。
だって、家族の食事に参加するのは、いつもお父様とお母様と私だけだったから。
アンリエッタお姉様は、いつも勉強ばかりしていて、私達との食事にあまり参加しなかったの。
それは、お姉様が怠惰になってからも一緒だったわ。
お姉様は、いつも自分の部屋で食事を済ませていたのよ。
そんなお姉様が今夜、食事の席に降りてきたのはメルディスお父様の指示があったからだそう。
思い返しても、お姉様と一緒に食事の席に着く機会なんて滅多になかった。
だから、そんな事でもない限り、アンリエッタお姉様は部屋から出てこなかったのでしょうね。
「……どうして、そのような結論になったかだけ、お聞きしましょうか。別に答えなくてもどうでもいいですが」
アンリエッタお姉様は、アンネマリーお母様に向ける目と同じように冷え切った目でメルディスお父様を見たわ。
でも、お父様はお母様と違って、その目で黙り込んだりしない。
「ライアン伯爵家からロバートくんとお前の婚約解消を願われた」
「……へぇ」
アンリエッタお姉様は、その一言だった。
ロバート様っていうのは、ライアン伯爵家の次男よ。
彼は、私達のメヌエット伯爵家へ婿入りする予定だったわ。
つまりロバート・ライアン伯爵令息は、アンリエッタお姉様の婚約者だったの。
二人の婚約が決まったのは、およそ一年前。
アンリエッタお姉様が15歳の時だったわ。
私達の国では男女共に18歳で結婚できる年齢と扱われるのだけど。
婚約期間を3年間もつ為に15歳のアンリエッタお姉様の婚約が決まったの。
……12歳の頃から怠惰に変わり、勉強もしない、親の言う事も聞かなくなったアンリエッタお姉様。
メヌエット伯爵家の中でも、その評価がとても落ちていた、アンリエッタお姉様。
お父様達だって、そんな怠惰なアンリエッタお姉様とロバート様との婚約を結ぶのは、とても悩んだだろう。
年齢を考えた上で一年待ってから、お姉様ではなく、私とロバート様との婚約も考えていたようだ。
だけど、メルディスお父様はこの婚約を機会にして、またアンリエッタお姉様が勤勉で、私に優しく、そしてお父様やお母様に従順で、真面目な『元のアンリエッタお姉様』に戻る事を期待していたの。
そんな期待は、この一年でアンリエッタお姉様に見事に裏切られたのだけれど。
「婚約破棄ではなく、解消とは。……ふふふ」
「……何がおかしいと言うのだ!」
ビックリした。
お父様が怒鳴る事に対してじゃないわ。
アンリエッタお姉様が笑った事に、よ。
だってアンリエッタお姉様が笑った事なんて、ここ数年は見た事がなかった。
怠惰になった12歳より前ですら、滅多に笑わなかったアンリエッタお姉様なのに。
「……別に。それで? ロバート様はどうなさるの? メアリーアンの婚約者になるのかしら?」
「えっ!?」
アンリエッタお姉様が当然のようにそう言った。
私は驚く。だって、ロバート様は……、その。
あんまり私には魅力的に感じない人だからだ。
それは、たしかに最初は……、そう。
アンリエッタお姉様の婚約者になって、初めて我が家に訪れたロバート様を見た時は、ときめきはした。
アンリエッタお姉様に向かって微笑みかけるロバート様。
アンリエッタお姉様に向かってプレゼントを贈るロバート様。
当時は、私もロバート様に贈られたそのプレゼントが欲しくて『ずるいな。私も欲しいな』と騒いだ程だ。
アンリエッタお姉様ばかりずるいと、そう何度も訴えた事がある。
だけど、それは。
「私は要らないから。メアリーアンが欲しいなら、勝手にどうぞ」
……そう、アンリエッタお姉様は、ロバート様からのプレゼントをこともなげに放り捨てたのだ。
そんな風な扱いをされて私が喜ぶワケがないのに。
「あ、アンリエッタお姉様は。ロバート様の事が好きじゃないの? あんなに格好いいのに!」
「……好き? ロバート様を? 私が? ……まったくないわ。
アレは私にとって、とてもどうでもいい男よ、メアリーアン」
「そ、そんな」
そんな事があったせいで、私はロバート様を見ても素敵だとは感じられなくなったの。
「そうだ。ロバートくんは、メアリーアンと婚約させる事にした。お前が不出来だからだ、アンリエッタ」
「そ、そんな!」
アンリエッタお姉様よりも私の方が先に声を上げたわ。
だって、そんなの、イヤよ、私!
「メルディスお父様! お、お待ちください! わ、私は! 私はロバート様の事を好いてはいません!」
「……メアリーアン。しかし、ロバートくんは、メアリーアンならば好ましいと言ってくれているのだぞ?」
「でも! そんな事を言われたって!」
私が必死に訴えようとする。それを。
「……ふふ」
まるで嘲笑うように、アンリエッタお姉様は笑った。
「何を笑っているの!?」
「……だって、とてもおかしいわ。メアリーアン」
「な、何がよ!?」
「ロバート様の事を好いていない? 本当? そうかしら。
きっと、貴方は好きになるわよ。メアリーアン。だって、そういう運命じゃない。
貴方達は。そう、真実の愛なんでしょう?」
「は? な、何を言っていらっしゃるの、アンリエッタお姉様は?」
「……この家を出て行く前に、魔法の言葉を掛けておいてあげましょうか。メアリーアン。それが貴方の為だもの」
「魔法の、言葉?」
アンリエッタお姉様は、この数年、なかった程の饒舌さで語った。
これには流石のメルディスお父様さえ驚いた様子だ。
そして、アンリエッタお姉様は、私に向かって、こう言った。
「──『私、ロバート様が好きだったなぁ』」
「…………は?」
それは、ひとつも感情が乗らない言葉。
ちっとも、心のこもってない言葉。
「な、何を言っていらっしゃるの? アンリエッタお姉様」
「そ、そうよ! アンリエッタ。貴方、ロバートくんの婚約者がメアリーアンになった途端に!」
「……いいえ。これは魔法の言葉でしょう? ねぇ、メアリーアン」
一体、何を?
「……まさか分からないのですか? お二人は」
「な、何を言っている……」
「そ、そうよ。何を言っているの、アンリエッタ」
意味が分からず、首を傾げる私達をアンリエッタお姉様は、とても冷たい目で呆れたように見ていたわ。
「メアリーアンが、ロバート様との婚約や婚姻を嫌がるようなら、何度でも言い聞かせればいいわ。
『ロバートくんは、アンリエッタが好きだと言っていた男だよ』と。
……そうすれば、きっとメアリーアンは欲しがるわ。ねぇ、そうでしょう。メアリーアン」
私の物なら、なんだって。
私の好きな物なら、なんだって。
私の大事な物なら、なんだって。
私の大切な物なら、なんだって。
メアリーアンは欲しがるわ。
……そう、歌うようにアンリエッタお姉様は、私を嘲笑ったのだ。
「アンリエッタ!」
「……誕生日の宝石。お父様からの初めてのプレゼント。初めてのドレス。お気に入りのドレス。パーティーで着ようとしていたドレス。お母様がくれたブローチ。私の好きだった装飾品。私が大事にしていた、ぬいぐるみ」
スラスラとアンリエッタお姉様は続けた。
それらは、すべて。
「今言った物、ぜーんぶメアリーアンの部屋の中。私の手元を離れたら、欲しくなくなっちゃうのかしら? そうして、私の男まで欲しがるの? ねぇ、メアリーアン」
「そ、そんな事! なんでそんな酷い事を言うの!? アンリエッタお姉様は!」
「そうよ! アンリエッタ! いい加減にしなさい! メアリーアンに謝りなさい!」
「……メヌエット伯爵」
「なっ」
アンリエッタお姉様は、お父様の事をそう呼んだ。
「家を出て行けという話でしたね。……修道院に送る予定ですか?
それとも、ただこの家を出て、どこぞへ行け、という話でしたでしょうか?」
「アンリエッタ!」
「……はい。メヌエット伯爵。どうされましたか?」
お父様がどんなに怒鳴っても、アンリエッタお姉様の表情は、また凍り付いたままでした。
そして呼び方も、もうお父様やお母様ですらない。
『メヌエット伯爵』と『伯爵夫人』としか、実の両親を呼ぼうとしなくなったの。
「アンリエッタ! お前は、本当に! ……お前はロクデナシだ!」
「……はぁ」
「家に居ても何もしない! 勉強もしない! 長女として、私の仕事を手伝わせようとしたのに、その役にすら立たない!」
「……はぁ」
「そんな怠惰なお前は、もうこのメヌエット伯爵家の子供ではないッ!」
メルディスお父様は、そう断言されたわ。
きっと、こう言われてはアンリエッタお姉様だって、反省を。
「…………ふふ」
……家の子供ではない、とまで言われたのに。
アンリエッタお姉様は、笑った。
「アンリエッタ! 何がおかしいと言うんだ!?」
「……私は、とっくのとうに、この家の子供でなかったと思っていましたが。
そこが違ったのか、などと思いまして。ふふ」
「なっ、なにを!?」
「……では。メヌエット伯爵の仰せのままに。家を出て行く事にしますね」
アンリエッタお姉様は、まだ食事も済んでいない席を立ちあがった。
「……ああ、それとも。泣いて私を引き止めますか?
『私達が悪かった』『メアリーアンが最低だった』『だから赦しておくれ』
……そう、皆さんがおっしゃって、反省! するのなら。
ふふふ。この家に残って差し上げても良くってよ?
この私が。貴方達なんかの為に。わざわざ、ね?」
「なっ!?」
絶句した。私もそうだし、メルディスお父様も、アンネマリーお母様もだ。
何をおっしゃるの。アンリエッタお姉様は?
だって。
だって。
それを言うなら、私達の側の筈だ。
反省をするなら赦してやると、そう言うのなら私達の筈だった。
私だってアンリエッタお姉様に、お父様やお母様に謝るように説得するつもりだったのだ。
今すぐ謝って、両親に頭を下げて。私に優しい、勤勉な、元のアンリエッタお姉様に戻って、と。
だと言うのに、この言い草では。
お父様も、お母様も、それに私だって。
赦せるものも赦せなくなってしまうわ……。
「……どうかしら? 謝りませんの? 貴方達が、わたくしに」
謝る? 何を。そんな事が出来るワケない!
どうして? どうして、アンリエッタお姉様……。
「ふざけるなッ! アンリエッタ! もう今すぐに出て行け! 家から何も持ち出す事は赦さん! そのまま出て行くんだ!」
「……ふふ。何をおっしゃるやら。私が持ち出したい物など、この家にありはしませんよ」
「この! もう黙れ! 出て行け! アンリエッタ! この家から出て行けーッ!!」
「……ええ、もちろん。その言葉に感謝を。メヌエット伯爵」
アンリエッタお姉様は、負け惜しみのようにそう言いながら、メヌエット家を追い出されたのだった。
……なんて愚かなアンリエッタお姉様。
怠惰な上に、愚かなアンリエッタお姉様。
だって、そうでしょう?
勉強もしてこなかった。
何も家の為には働かなかった。
何も物を持たず、ドレスも着なくなった。
する事と言えば、寝る事と、お散歩をするぐらいの、怠惰なアンリエッタお姉様。
そんな人が、この伯爵家を追い出されて生きていけるワケがないのに。
「……ああ、どうして、アンリエッタは、あんな子になってしまったの」
アンネマリーお母様が泣いていた。
私は、それを慰めたりはしないけれど。
本当にそう。
怠惰なアンリエッタお姉様。
きっと、すぐに帰ってきて、私達に泣きついてくるのよ。
……きっと、身の程を知る事になるのでしょう。
ロバート様にだって泣きつくかもしれないわ。
それを思えば、そう。私はたしかに。
『ざまぁみろ』なんて気持ちになったの。
これから先の、愚かで怠惰なアンリエッタお姉様の未来を思って。
……なのに、家を出た後のアンリエッタお姉様は。