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たらこのホラー小説作品集

私メリーさん。あなたの後ろにいるけど、すぐにでも逃げ出したいの。

 私、メリーさん。

 今あなたの後ろにいるの。


 スマホで見知らぬ誰かに語り掛ける彼女はかの有名なメリーさん(自称)。

 かつて都市伝説として一世を風靡した彼女だったが、時代の移り変わりに取り残され、次第に存在感が薄れていくのを感じていた。


 誰もがスマホを持ち、SNSにアクセスするようになって、メリーさんの影は薄くなる。

 何故なら新しく生まれる『怪異』が驚くべきスピードで拡散されるからだ。


 地道に歴史を積み重ねて来た彼女にとって、昨今の都市伝説界隈の状況は肩身が狭い。

 もう昭和生まれ平成育ちの怪談がもてはやされる時代は終わったのだ。



 ◆



「トイレにこもってるだけの幽霊なんてダサいよね……」


 旧知の仲であるトイレの花子さんは自虐的に言う。

 メリーさんはそんな彼女の姿を見ていると胸が苦しくなった。


 二人は歩道に設置された柵に腰かけ雑談している。

 通行人は誰も気にも留めない。

 幽霊であるため一般人からは姿も見えないし、話し声も聞かれない。


 かつては共に世間を騒がして人々を恐怖に陥れた二人だったが、今では流行に乗り遅れて愚痴を言い合うだけの関係になってしまった。


「人体模型とモナリザはネットに切り替えたらしいよ。

 配布されたタブレットにウィルスを忍ばせておいて、

 自分の姿を写して生徒に話しかけるんだって」

「へぇ……」


 花子さんの話によると、都市伝説の仲間たちの多くはネットに活動の場を移したという。

 夜な夜な歩き回る人体模型やにっこりとほほ笑むモナリザなど、今時誰が信じると言うのか。


 その点、ネットは強い。

 少し怖がらせるだけで瞬く間に噂が広がる。

 みんな忘れられないよう必死で、先進技術の勉強にいそしんでいる。


「あんたは良いよね。

 元ネタのままでも十分に通じるから」


 花子さんはじっとりとした目でメリーさんを見つめながら言う。


 彼女の言う通り、電話をかけてくる怪異は現代でも通用する。

 メリーさんにとっての強みだ。


「花子さんだってそうでしょ?

 トイレが必要なくなるなんてことないし」

「昔と今とじゃ、状況が違うのよ。

 学校のトイレを使わない子供も増えたでしょ。

 それに……ジェンダーレスの価値観が一般化してから、

 色々とセンシティブになってね」


 都市伝説とは結局のところ、人々のコミュニケーションによって生まれる。

 時事ネタや世相の変化に大きく影響されてしまうのだ。


 『女子』トイレの花子さんと言う通り名は、そろそろ通用しないのかもしれない。


「後はほら……例の多目的トイレの事件……」

「うん……そんなのもあったね」

「トイレは用を足す場所だっての。

 他の用途で使うんじゃねーよ、クソが」


 数年前のスキャンダルをいまだに気にしている花子さん。

 世間が忘れかけている事件も、彼女にとっては未だに悩ましい問題として残り続けている。


 たとえ強力な承認力を得た怪異であっても、情事のもつれなど世間の興味を惹きやすい話題には勝てない。


「そう気を落とさないで。

 私、そろそろ行くから」

「今日も営業?」

「うん……忘れられたくないからね」


 メリーさんはポシェットからandroidを取り出して早速電話をかける。


「あっ、私。メリーさん。今……」


 通話をしながらボンヤリと思う。

 iPhoneが欲しいと。


 この業界も色々と大変なのだ。



 ◆



 メリーさんが電話をかけるターゲットは専用のアプリの一覧から選別する。


 できれば子供を狙いたいところだが、今の時代だとSNSにアクセスが許された18歳以上が望ましいい。

 未成年だとネットが制限されている関係もあり、噂が拡散しにくいのだ。


 大抵の場合、見知らぬ人から電話がかかって来ても出ない。

 出たとしても悪戯だとしてすぐに切られてしまう。

 そのため、なんども電話をかけてターゲットを探さなければならない。


 今回、運がいいことに一発でターゲットに繋がった。

 選ばれたのは50代の独身男性。古いアパートに暮らしている。


 アプリを起動すると営業モードになり、ターゲットからメリーさんの姿が見えるようなる。

 他の人から見られることはなく、話し声を聞かれることもない。ステルス性に優れた状態で行動できるようになるのだ。


 昔と比べてとても便利になった。

 技術の進歩も悪いことばかりではない。


「私、メリーさん。今あなたの住む町の市役所前にいるの」

「ふぅん……」


 現在地がやけに具体的なのはターゲットを混乱させないため。

 どこにいるのかが分からないと質問ばかりになり、先へ進めない場合がある。


「さて……次はどこに設定しようかな」


 通話を切ったメリーさんは、次の予告地点を探す。


 実際に移動するわけではない。

 アプリでターゲットに伝わりやすい地点を探し、電話で伝えるだけでいい。


 ただし、やはり具体的かつ分かりやすい場所が望ましい。

 ターゲットの家に近づいて行けばいくほど、目標地点の選定が難しくなっていく。


「私、メリーさん。今○○町の××交差点にある△△ストア前にいるの」


「私、メリーさん。今◆◆停留所前のスナックゆりの前にいるの」


「私、メリーさん。今TARITARI(たりたり)を通り過ぎたところ。あっ、TARITARI(たりたり)って言うのは美容室の名前ね」


「私、メリーさん。今――あなたの住むアパートの前にいるの」


 ようやく目的地までたどり着けた。

 と言うか最初からそこにいる。


 ターゲットは電話に出るものの、その度に「ふぅん」とか「へぇ」とか生返事を繰り返す。

 それだけでなく「まだこないの?」「早くしてよ」「おそい」とまで文句を言い出す始末。


 ――なんだか嫌な予感がする。


 勇気を出してターゲットの住む部屋の前へ。

 二階建ての安普請なボロアパート。アルミ製の扉も所々で塗装が剥がれており、誰かが蹴飛ばしたのか凹んでいる。


「今時、こんなところに住んでる人いるんだぁ」


 思わず独り言をつぶやいてしまうメリーさん。

 意を決して扉をすり抜けて中へと侵入した。



 ……うわぁ。



 あまりに酷い匂いに顔をしかめる。

 掃除をしていないとか、そう言うレベルじゃない。

 想像をはるかに超えた異常な空間が目の前に広がっていた。


 玄関前に積まれたゴミ袋。

 散乱する衣類、雑誌、傘などの日用品。


 かろうじてごみの隙間に見えるフローリングの床。

 黒いカビのようなものが生えている。


 特に目を引いたのは下駄箱の上に置かれていた正体不明の物体。

 黒くてねばねばした液体を垂れ流している。


 一体これは何だろうかと注意深く眺めていると、うっすらとメロンらしき網目が表面に確認できた。


 ……え?

 これ、メロン?


 一見してそれがメロンだとはとても判別できない。

 完全に黒く変色しており、半分以上が溶けて消えかかっているのだ。

 不思議なことにウジや蠅は湧いていない。


「メロンって溶けるんだ……しかも真っ黒」


 得体のしれない存在に目をぱちくりしながら、慎重に奥へと進んでいく。


 幽霊なので何があっても邪魔にはならないが、家主がどのように部屋の中の行き来をしているのかが気になる。

 導線が全く分からないのだ。


 奥へ進んでリビングへ。

 空になった弁当と煙草の空きケースがテーブルの上に散乱している。

 足元にも弁当の空き容器と割りばし、ペットボトル。

 そしてストロン〇ゼロの空き缶。


 キッチンの蛍光灯がパチパチと明滅している。

 シンクにも大量のごみが破棄されていた。


 よくこんな衛生状況で生きていられるな。

 驚きはするが感心はしない。


 奥の部屋からはかすかに声が聞こえる。

 人の声ではなくテレビの音声だろう。


 少しだけ開いた扉の隙間から中を伺う。


 一人の男性が下着姿で床に横たわり、テレビに映るいかがわしい映像を眺めている姿があった。

 髪は野放図に生え散らかし、皮膚は異様なまでに黒ずんでいる。

 やはりそこの部屋にも食品のパッケージなどが散乱しており、灰皿には吸い殻が山ほど詰まれていた。



 くちゃ……くちゃ……。



 何かを咀嚼する音。

 何を食べているのか想像したくもない。


 さすがにその部屋に入っていく勇気はなく、そこで電話をかけることにした。



 ぶーん。ぶーん。



 メリーさんが電話をかけるとスマホが振動する。

 男は面倒臭そうに手に取って電話にでた。


「ついたの?」


 第一声がそれだった。

 問いかけに答えねばなるまい。


「わっ……私……メリーさん。いっ、いま……」


 声が震える。

 怖い。


 しかし、ここで怖気づいてなるものか。

 都市伝説が聞いてあきれる。


「あなたの――


 彼女がそう言いかけた、その時だ。

 押し入れのふすまが少しだけ開いており、その中に何かがいることに気づいた。


 あれは……人間の死体?

 白骨化が進んで肉が腐り落ち、がらんどうになった眼窩がこちらを向いている。

 なんでこんなところに死体が放置されているのか。


 どうして? なんで?


 グルグルと混沌とした感情が渦巻いている。

 頭の整理ができない。


 誰かを殺したのか?

 どうして死体と一緒にいる?

 生きた人間が?

 なんで?


「――後ろにいる……の」


 混乱しながらも、言うべきことは言った。

 これで怪異としての務めは果たせたのだ。


 ここにいる必要はない。

 早く帰って――



 ぎょろ。



 男は横になったまま首だけを動かして振りかえる。

 髪の毛の隙間から覗く大きな瞳と目が合った。


 髭も伸び放題。

 まるで遭難者のような見た目。

 表情が全く読み取れない。


「なんで……なんで勝手に入って来た!」


 男がそう叫んだ、その刹那。

 勢いよく身体を起こしてこちらへと向かって来た。


「いやあああああああああああああああああ!」


 メリーさんは途端に怖くなって逃げだした。

 足の踏み場もなかったゴミ溜めを、男は想像できない俊敏さで駆け抜け、後を追ってくる。


 捕まったら何をされるか分からない。

 自分が幽霊であることも忘れ、メリーさんは必死に逃げ続けた。

 玄関の扉をすり抜けて外へ飛び出し、そのまま元来た道を引き返していく。


「まてえええええ! まてえええええええ!」


 男が全力疾走で追いかけてくる。

 いったい何が目的なのか。


 メリーさんはスマホを取り出してアプリを停止。

 こうすることで元の普通の幽霊に戻ることができ、ターゲットから姿が見えなくなる。


「どこいったああああああああ!」


 道の脇に避難したメリーさんを通り過ぎ、男は通りを全力疾走していく。

 通行人たちは奇妙な不審人物を怖がって逃げ惑う。


 メリーさんはぼんやりと遠巻きにその姿を眺めていた。

 ただただ、恐怖に震えながら……。



 ◆



「って……ことがあってさぁ」

「それは大変だったねぇ」


 ことの顛末を花子さんに報告する。

 彼女は心底同情した様子で話を聞いてくれた。


「生きた人間の方が私らよりよっぽど怖いよね」

「いやいや、それを言っちゃぁ、おしまいでしょ」


 そう言い合って笑い合う二人だが、メリーさんは内心で戦々恐々としている。

 あの男が彼女にもたらした恐怖はかなりのものだ。


 いまだに立ち直れないでいる。


「それでね、この前さぁ。

 勉強のためと思ってグロ動画とか漁ってたんだけど。

 あんまりにもひどすぎて笑えなかったわぁ」


 メリーさんが落ち込んでいるのを察してか、花子さんは話題を変えた。


「あんまりそーゆーの見ない方がいいと思うよ」

「でもさぁ、流行には追い付かないと。

 私だって忘れられたくないし」


 そう言ってスマホをいじり始める花子さん。

 彼女はSNSで情報を集めているようだ。


 時代はすっかり変わってしまったなと思う。


 かつて怪異は人伝えに少しずつ拡散するものだった。

 今やネットによって瞬く間に広がって行く。

 そのため性質の変化も著しく、昨日聞いた怪異の噂が今日はまた別の内容になっているなんてことは、ざらにあるわけで。

 怪異として忘れられないようにするためにも、日々刻々と変化するネット社会に適応しなければならない。


 正直言って、疲れる。

 昔はこんなに忙しくなかった。


「あー。もしかしてだけどさぁ。

 この前、あんたが行った家ってここ?」


 花子さんが何かを見つけたようだ。

 彼女はスマホの画面をこちらへと向けてくる。


 そこにはこんなニュースの記事が映っていた。


『無職男性、同居の母親の死体を放置して逮捕』


 ニュースの記事にはあのアパートの写真が添付されている。

 間違いなくこの前行った男の家だ。


「あんたが見たのって、母親の死体だったんだねぇ」

「自分の親の死体がある部屋で暮らすって……どんな神経してんだろ?」

「さぁ、想像したくもないね」


 ぞっとしないと言うかのように、花子さんは肩をすくめた。


「んじゃ、私は行くから」

「え? どこへ?」

「ネットカフェ。個室でメソメソ泣いてるだけで噂になるの。

 学校のトイレとかもう古いよね」


 そう言って花子さんはけらけらと笑う。


 去っていく彼女の背中を見送りながら、スクランブル交差点を行き交う人々に目を向けた。

 あの中の何人かは人に見せられないような狂気を孕んでいる。


 あたかも正気を保っているかのように装い、人々に紛れて息をひそめ、凶行に及んでいるかもしれない。

 無数の人間の中から狂人を見つけ出すのは難しい。


 遠巻きに雑踏を眺めながらつくづく思う。

 幽霊でよかったと。 

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― 新着の感想 ―
[一言] メリーさんも訪問先精査せんと。
[一言] 子供の頃、お化けを怖がる私に「お化けより生きた人間の方がずっと怖いのよ」 と言った母の言葉の意味が、理解できる歳になりました。 でもこの時間にホラー読むとやっぱり怖くて家中の電灯つけてトイ…
[良い点] 着眼点と発想が天才的ですね。 ホラーでありながらユーモアに満ちている。
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