その6
三國は再び会場に戻って、長野たちがいる席へと行った。席に戻ると長野が起きていて、三國に気が付いた。富田はまだ寝ていた。
長野「・・・トイレか?」
三國「・・・ああ。」
ステージでは顔も名前も知らない、主賓の何者かが挨拶をしていた。
長野「・・・あ~あ、どうしてこんなにかったるいモノなのかな?いくつになっても、
こういうのはちっとも変わらんな。」
と欠伸して背筋を伸ばしながら長野は言葉にした。三國はおもむろに伝えた。
三國「・・・さっき、大和田さんに会ったよ。偶然な。」
長野「・・・大和田?・・・誰だっけ?・・・先輩でいたよな?」
三國が真顔でいるのに対して、長野は記憶を思い出そうとしていた。
三國「・・・いたよ。二個上の先輩で。・・・キーパーだったよ。」
そう言われて長野はようやく思い出した。
長野「あ!いたいた!そうそう、あの大きな、百八十以上はあったな。・・・が、どうした?」
三國「その人の妹で、美緒って女なんだけど、この後あのステージでダンスするそうだ。」
それを聞いて、でも長野は特に無感情であった。
長野「あ、そうなんだ。・・・てっきり、その先輩が来てるのかと思ったよ。」
三國「来る訳ないだろ。二個上だぞ。」
そう言い返した三國を見て、長野は茶化した。
長野「・・・もしかして、好きだったとか?・・・どうだった?美人になってたか?」
その言い方に三國は内心不機嫌になったが、敢えて冷静に答えた。
三國「・・・ああ、奇麗になってたよ。・・・幼稚園からの幼なじみだからな。」
長野「よし!わかった!じゃあその女に告白しろ!全力でフォローしてやる。」
そんな長野のテンションを、三國は軽くあしらった。
三國「いらんし、するかよ。・・・あんな美人だったら、もうとっくに男はいる。」
長野「いやいやわからんぞ。そうじゃない事だってあるんだ。先に決めつけて諦めるなよ。」
三國「・・・とにかく大きなお世話だ。・・・この話はなかった事にしてくれ。」
低く重たいトーンと陰な雰囲気で三國は言った。長野は多少のもどかしさはあるものの、三國がそう言ったのでそれに従った。そして長野が静かにすうっと立ち上がった。
長野「・・・俺もトイレに行ってくる。」
その様子を見ながら三國は告げた。
三國「・・・お前も誰かに会えるといいな。」
長野「・・・ここで奇跡の出会いなんかねぇよ。」
三國「・・・やっぱり、ドライだな。昔のままだ。」
長野「・・・そうだ。ここには同い年の人間たちと、その思い出があるだけ。」
三國「おおっ、なかなかのポエマーだな。」
すると長野は鼻で笑って、座席から去って行った。三國は今一度冷静になった。
三國『・・・その思い出だけ、か。・・・妙な期待なんかするなって事、か。』
ちなみに富田は今もなお、眠り続けていた。
三國「・・・その思い出。・・・思い出だけか・・・。」
ふとそう三國は呟いた。そして三國はあの頃、中学生の頃の事を思い出していた。
大和田「お~い、智也!」
三國「あ、健ちゃん!」
三國の記憶の中で、ここは志田原中学校の正面玄関。この年入学した三國は、ここでサッカー部の勧誘を受けていた。三國は友人と二人で、大和田もサッカー部の仲間と二人で。そして三國の返事を聞いて、大和田の傍にいた仲間が大笑いした。大和田は三國を強く睨んだ。
大和田「・・・あのさ、いくら幼なじみでもよ。もう子供じゃないんだぞ。
小学生の時の呼び方はするな。それに年上なんだからな、俺は。」
大和田健一はそう言って三國を諭した。この時の大和田の表情が、昔遊んでいた仲の優しい感じではなく、序列的で厳しい感じだったので、三國はとても印象に残っていた。
三國「・・・あ、はい、ごめんなさい。」
大和田「それもダメ。ここでは『すいませんでした』だ。」
そう言われて三國はすごく恐縮していた。その様子を見て大和田は、ふと微笑みながら伝えた。
大和田「まぁ、初めてだから仕方がないか。でも、こういう事から始まるんだ。
もう小学生じゃなく中学生なんだから。いつまでも子供のつもりでいるなよ。」
このセリフを聞いた、サッカー部の仲間が大和田にこう言った。
仲間「何か先生のような感じだな、偉そうに。そんな感じだったら、部員が来ないぜ。」
そして三國たちには優しく伝えた。
仲間「悪いな、印象悪くさせちゃって。サッカー部なんだよ。どうだ、入部しないかな?」
それを聞いてまず三國の友人が、すぐさま断った。
友人「・・・すいません。ちょっと・・・。」
すると大和田たちは三國の方を見た。三國もどうしようか、一旦断る気持ちでいた。するとそこに大和田の妹である、美緒が何人かの友人を連れて現れた。
美緒「あ、お兄ちゃん!・・・あれ?智くんも?」
大和田は多少驚きながらもこう言った。
大和田「・・・おう、今サッカー部に誘ってんだ。」
そして三國はもの凄く戸惑っていた。それを見て美緒はこう言った。
美緒「そうなんだ。やりなよ、入って。智くんサッカー上手かったじゃん。
お兄ちゃんも褒めてたでしょ?絶対大丈夫だって!」
その言葉と勢いにやられて、三國はサッカー部に入部したのであった。