その28
三國がようやく会場の中に入って、長野や富田がいる場所へと戻って来た。すると長野も富田も座ったまま眠りに就いていた。長野はともかく、富田はどれだけ寝るのかよ、と思いながら三國は、自身が以前に座っていた座席に着いた。奥から富田・長野・三國の並びで座っている。
三國は二人を起こす事もなく、淡々と式典の様子を見ていた。その途中でふと昔の事を思い出していた。それは中学生最後の大会、その当日の事であった。
岸「・・・とうとうこの日がやって来たな!俺からはもう、何も言う事はない。作戦だとか
対策とか、今回は二の次だ。全てはお前たち、自分自身が今までやって来た事、
あらゆる事を思いそして考えて、悔いなくやり切る事が、何より一番だ!!」
岸は穏やかな口調でこう言った。変な不安も緊張も与えないようにして、慎重に言葉を選びながら、三年生たちを鼓舞した。三年生たちはまだ黙って聞いていた。
岸「だから間違えても失敗しても全然構わんし、全く気にするな!それを恐れずに全部を
出し尽くして来い!もう関係ない、本当に本当に悔いなく頑張って、この試合に臨んでくれ!」
ここ控室には岸と三年生たちしかいなかった。二年一年たちは感染防止対策で、一人も会場には来ていない。ただ観客として来ているのは、試合に出場する選手たちの保護者、しかも一人だけという制約であった。ちなみに母親の数が圧倒的に多かった。
岸「・・・以上だ!!キャプテン!!」
岸の投げかけで三國が一つ呼吸をして、そして大声で張り上げた。
三國「・・・じゃあ行くぞ!!」
三年生全員「おう!!!」
この後志田原中学校サッカー部は控室を出て、グランドに出て行った。そこにはもうすでに、対戦相手である喜多ケ丘中学校、キタ中サッカー部が準備運動をしていた。
吉田「・・・お、おいっ!何だよ!?何でキタ中なんだ!?」
和山「あちゃ~!・・・いきなりかよ!」
池田「マジで終わりってヤツじゃん!!」
大会が行われる日の二週間前のこの日、試合の組み合わせ抽選会が、学校終わりの午後五時から某所で行われた。そこには岸と三國の二人だけが参加していた。そして抽選会が終わった午後六時に、三國はラインで部員たちに報告したのであった。
富田「ん?どうした?何を嘆いているんだ?」
富田だけではなく、新規に入って来た三年生たちも、既存の部員たちのがっかり感を見て、不思議な表情をした。そんな富田に畑が近寄って、低いトーンでこう告げた。
畑「・・・あのな、キタ中、喜多ケ丘中は強豪なんだよ。去年なんか全国行ってるんだ。」
港「・・・と言う事は、県大会を優勝したって事?」
傍にいた港の質問に、畑は無言で頷いた。それを知って新規部員たちもようやく共感した。
富田「はぁ~、・・・それじゃあそうなるわな。でも誰がこれを?」
と問い掛けたその時ちょうど、和山が畑の所に駆け寄って来た。
和山「ミクから連絡来てるぞ。この後戻るからって。」
和山はそう言って自身のスマホを畑に見せた。
富田「・・・何で和山に?」
畑「俺は持ってないから。だからワヤンなんだろ。」
富田「・・・ふ~ん。そうか。」
すると畑は和山にこう伝えた。
畑「ミクに伝えてくれ、予想通りみんな失望してる、と。特に富田は憤慨してるってな。」
それを聞いて富田は当然否定した。
富田「お、おい!そんな事言ってねぇぞ!そんなの送るな!」
和山「・・・ごめん。もう送ってしまった。」
富田「はぁ~!?」
すぐ様三國から返信が来た。
三國『富田、お前はやっぱりベンチだ!!』
そのメッセージを見た途端、富田は正式に憤慨した。