その19
三年生たちもグランドにやって来た。練習着に着替えずにそのままの格好で。後輩たちはすでに練習をやっていた。長野はふと三國に近づいて声をかけた。
長野「・・・なぁ、どうした?」
三國「・・・いや、別に・・・。」
三國は素っ気なく返した。それを見て傍にいた畑も気になっていた。
吉田「あ、来たぞ。」
このタイミングで岸が姿を現した。まだグランドには入っていない。それを見て新しくキャプテンになった、二年生の牧野が声を張り上げた。
牧野「全員集合!!」
その声に反応して、部員全員が行動をやめた。そして岸がグランドに入る手前で整列し、岸を迎え入れようとしていた。この行動は練習前の必ずと言っていい、お決まりのパターンだ。
篠崎「おっ、良いねぇ。しっかりできてるぜ。」
池田「こうして傍から見るのは初めてだぜ。」
と後輩たちの様子を呑気に見ていた二人に対して、畑が穏やかに注意した。
畑「おい、俺たちもだぞ。取り合えず整列だ。」
篠崎「え?俺たちも?」
池田「引退したのに?」
それを聞いて三國が答えた。
三國「大会の事があるんだから、まだ引退じゃないだろ。」
篠崎・池田「・・・あ、そうか。」
三年生たちも同じく、岸を迎える為整列した。岸はグランドに入る手前で止まり、静かに一礼した。この後岸はその場で立ち止まったまま、部員の顔や姿を見渡した。これもいつもの行為である。
岸「・・・これで全員か?」
牧野「はいっ!全員です!」
次に岸は三國を見て言った。
岸「三年は?」
三國はちょっと意表を突かれた感じになったが、冷静になって答えた。
三國「・・・大谷だけいません。」
それを聞いて岸も反応した。
岸「ああ、知ってる。大谷自身から直接聞いた。まぁ、それはあいつの人生だから、あいつが決めた
事ならそれを尊重しないといけない。だからみんなも非難はやめてくれ、良いな?」
三年生たち「はい!」
岸「よし!じゃあ二年一年は練習の再開だ!始めろ!」
二年一年全員「はい!!」
そして後輩たちは再び練習に取り組み始めた。三年生たちはその様子を何となく見つめていた。すると岸が口を開いた。
岸「みんなも知ってると思うが、・・・。」
これを聞いて三年生たちは再び、岸の方に顔や身体を向けた。
岸「十月の下旬、まだ詳しくはアレだが、とにかく大会が開かれる事になった。しかし刀根市内
だけの大会としてだから、全国大会という規模じゃあない。」
それを聞いて長野はもちろん、三年生たちが驚いた。これは初耳だったからだ。いや三國はそういうのを知ってたから、それであんな表情や行動をしていたのか、と長野は思った。
岸「当然優勝したって、市内だけで留まる形になる訳だが、・・・それでも、参加するか?」
三年生全員「はい!!やります!!」
当然こうしてここに集まって来たのだから、三年生全員がその気持ちでいた。
岸「よしわかった。じゃあ明日から練習を始めるから。みんな再び準備するように、以上!」
三年生全員「はい!!」
そして付け加えて、岸はその大会の詳細を、この時点でわかっている事だけを伝えた。
岸「ちなみに何だが、大会は無観客で行うようだ。だから一般の人とか応援は一切ない。ただし、
保護者については、幾分配慮があるかも知れない。取り合えず今のところはここまでだ。」
この話に三年生たちは少し動揺した。大会があるのは良いけれど、それを見てくれる親や家族、友達や生徒たちもいない、そんな環境での試合とは・・・。
こうして三年生たちは、この日はこのまま帰宅した。明日から久々にサッカーの練習が始まる。ただ長野はどうしても、あの三國の浮かない表情がとても気になっていた。