その15
岸「・・・じゃあ以上だ!キャプテン、最後の礼を!」
と岸が三國に振った。練習終わりでは恒例の締めとなっている。ここで三國が一言言って、その後部員全員が揃って声を出して、そしてこの日の練習が終了するのである。しかしこの時三國はいつも通りにやらずに、あえて岸に質問した。
三國「・・・先程の事ですけど、・・・小椋はどうしたんですか?」
始め三國が岸に、小椋がいない事を伝えたら、その時岸の表情が一瞬曇った。その事を三國は覚えていた。なので岸は何かを知っている、と三國は思ったのである。
岸「・・・そ、そうだな、・・・いないな・・・。」
岸の視線が定まらず、口調も見事に重かった。その様子を見て他の三年生たちも、何かおかしな事ヤバい事になっている、とそれぞれ動揺を隠せないでいた。
岸「・・・ああ、・・・わかった、じゃあ、わかってる事だけを伝える。」
三國を始め他の三年生たちが見つめている中、岸は徐にゆっくりと話し出した。
岸「・・・実は小椋はもう転校して、ここにはいないんだ。刀根市を出て・・・。」
深刻な表情で岸がそう言うと、当然みんなは一斉にどよめき、驚き、唖然となった。
岸「・・・実は小椋の父親がコロナに感染して、入院したんだ。で、家族が濃厚接触者として、
小椋自身もそうなった。」
みんな本当に固唾を飲んで、岸の話に聞き入っていた。
岸「・・・でもまぁ、陰性で大丈夫だったんだが、・・・それでも残念だが転校したんだよ。」
それを聞いて突然篠崎が声を上げた。
篠崎「・・・じゃあ、あの時!だからあんな事言ったのか!?」
するとすかさず岸が篠崎に尋ねた。
岸「あの時?何だ?何かあったのか!?」
急に岸に詰められて、篠崎はもちろん動揺した。
篠崎「あ、いや、その、・・・なぁ?」
と篠崎は首を動かして、周りに同意を求めた。それに三國が反応した。
三國「・・・はい、その、ちょっと、六月に、夏の大会が中止になった時に、小椋が少し変な、
素っ気ない態度をしたので、その時雰囲気がギクシャクしたんです。」
この説明に三年生全員が揃って頷いた。それを見て間違いないなと思った岸は、再び渋い表情をみんなに見せた。
岸「・・・そうか、じゃあその頃だったんだな。小椋自身もきっと、辛い気持ちになってたって。
一応父親も無事に退院できたんだけど、・・・仕事の方で難しかったようだから、やっぱり、
周囲の目が気になっての事だったんだろうな・・・。」
それを聞いて何人かは自然と、涙が零れていた。特に池田が酷かった。また同じクラスの大谷も、涙でマスクがびしょびしょになっていた。
岸「・・・最後の最後に、こうしてみんなと写真を撮りたかったろうけど、
・・・まさか最後まで一緒にいられないってのは、・・・それが一番堪えるだろうな。」
これを聞いて長野は、今までで一番歯痒い思いを味わっていた。
長野「・・・クソっ!何だよ!!・・・ああっ!!あーっ!!」
そうイラつきながらも涙を流す長野を見て、全員が悲しく切なく、険しい表情になった。
畑「・・・何も言わないなんて、本当に何だよってなるよな・・・。」
畑はふと、視線が合った和山に言った。
和山「・・・一言でも言って欲しかったよ。今までの俺たちって、そんなもんなのか?」
こんなやり切れない、未練が残ったまま三國たちは、引退して夏休みを迎えた。