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最悪 4

「いやあ、君もタイミングがええねえ。さっきクリニックに入って行ったの見たよ。まさかそれが噂の新人とは思わんかったなあ」

 やや訛りのある独特の口調だった。ステアリングを握るサラリーマン風の男は、やはり人の良さそうな意味を浮かべている。その横では大柄で威圧的な男が憮然とした態度で腕を組んでいた。

「刑事なんだったら手を貸すくらいしろ。何で無視した」

 彼は振り返って俺を睨みつける。目つきの鋭い、口の大きな男だった。

「二人のバランスがあまりに見事だったので。何も分からない僕が間に入るとむしろややこしくなるかと思ったんです」

 素直に答えると、助手席の男ははあ、と苦々しく溜息を吐いて向き直った。そして運転席の男を指差して、

「こっちが美吉野(みよしの)。俺は宍戸井(ししどい)。五係。よろしく」

 無愛想に名乗った。美吉野と呼ばれた男はステアリングを右に切りながら、よろしくう、とどこか気の抜けた声で挨拶をした。

「あっ……宜しくお願いします。美吉野さんと、宍戸井さん。一係の二ッ森です」

「知ってるよ。元相棒を半殺しにしたって?」

 どくん、と心臓が鳴った。全身の毛が逆立って、辺りの光景が一瞬白んだ。木霊するサイレンが酷く遠い世界の音に聞こえる。目の前の男が何かを言ったようだったが、口が動いている、という事しか分からなかった。

「宍戸井さん、ダイレクトすぎ。ごめんなあ二ッ森さん、この人こういう人間なんよ」

 のほほんとした口調で謝られて、俺は呆然と「はい、すみません」と口にしていた。宍戸井さんはそれが気に入らなかったのか、ふんと鼻で笑った。

 元相棒を半殺しにした――語弊はあったが、概ね事実だ。

 俺が特課に左遷される原因となった騒動、元相棒に対する暴行事件。

 ここ数年、機械体(モデル)を取り巻く状況は悪化の一途を辿る。五年前、機械体(モデル)が電波異常により一斉にエラーを起こし、暴走した。暴走事態はすぐに収まったものの、それに伴う事故や事件が多発し、多くの人命が失われた。俺は運の良いことに寮の自室に一人でいて、突如として暴れ出した体が誰かを傷付けることはなかったが、突如家族が暴れ出して怪我をした、運転中に義手が突如動き出して追突事故を起こしたなど、世間はあまりに悲惨な状況だった。

 機械体(モデル)が普及して以来、このような大事件が起きたことはなかったし、起こるなんて予想もされていなかった。それまで人間に対する機械体の使用は概ね賛成されていたが、これを機に一気に反対意見が多数を占めることとなる。

 元相棒も反対派だった。理論的に反対していたのではなくて、感情的に毛嫌いしていた、というのが正しい。俺は彼のバックグラウンドをよく知らなかったが、どうやら五年前の一連の混乱で友人を一人失っているらしかった。

 俺自体は機械の体だが、そうであることに好きも嫌いも賛成も反対もあるわけない。だが、そうでない人間ほどそういうことに拘るのだ。特に彼のように、間接的に被害を受けた第三者なら尚のこと。だから彼が友人が死んだという理由で機械体(モデル)に嫌悪感を抱くのは仕方ないことだと思ったし、俺に八つ当たりとも呼べる態度を取るのも仕方ないと受け入れていた。

 勿論お互いのためにならないから相手を変えてくれ、と上司には訴えていた。しかし半身機械体(モデル)の俺と組みたがるものは署内にはいない。仕方ない、仕方ないと自分に言い聞かせて溜め込んで、ついに決壊した結果があれだ。

 今でもあいつの顔を思い出すと怒りが湧いてくる。機械体(モデル)を恨む気持ちがあるのは納得できるが、それを俺一人に集約するというのがそもそもおかしな話だったのだ。せめて最初から受け入れずに怒り返していれば、ここまでの騒動にはならなかったのにな、とほんの少しだけ後悔している。

「事実だろ。俺はこれでも褒めてんの」

 だから宍戸井さんの発言に、思わず面食らってしまった。

「ははっ、半殺しを褒めるん? ポジティブだなあ宍戸井さんは」

 どちらかというと美吉野さんの方が、俺の前評判を聞いて警戒しているようだ。そりゃあ良識のある人間ならそうだろう。俺は思わず宍戸井さんに詰め寄った。

「何でですか」

 宍戸井さんは反射的に身を竦めて、それと分からないくらいに苦笑を浮かべる。

「俺もね、右足の膝から下機械化(モデリング)してんの」

 彼は言いながら右足を軽く振っているようだった。座席の向こうの右足はスラックスに包まれていてよく見えなかったが、一見ではやはり機械義足か生身の足であるのか判別がつかないのだろう。

「別に俺達だって好きでこんな体になったわけじゃなくない? あなただって事故とかでしょ」

「ええ、まあ……」

「俺も事故。なのに機械体(モデル)だからどうのこうのって、正直知らんとしか言えん。でも俺は色々考えてしまって反撃できるような人間じゃないから、二ツ森の話を聞いて不謹慎だけどちょっとすっきりした。ありがとう」

「え……あ、はい……」

 まさかこの件でお礼を言われることになろうとは。しかも相手が相手だ。俺は宍戸井さんのことをまったく、これっぽっちも、噂ですら知らないし、さっきのデモ隊への態度を見て高圧的で嫌な野郎かもしれない、なんてこっそり思っていたけど。実は分かり合える箇所の多い人間なのかもしれない。

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