嫌われ者の公爵令嬢だって結婚したいし、愛されたい。
イデランヌ・キルディアス公爵令嬢はそれはもう、皆に嫌われている嫌われ者の令嬢だった。
「まぁ、下賤な。こんな事も出来ないなんて最低ですわね。」
高慢で人を馬鹿にしたような口調で、自分より劣った人間を貶める事なんて日常茶飯事で。
顔は美人ではあれども、せっかくの美しい顔も父であるアレン・キルディアス宰相と瓜二つと言えば、誰も恐れて近寄って来ない。
アレン・キルディアス宰相と言えば、王宮でもっとも権力を振るっているやり手の宰相である。
皆、その宰相を恐れていたものだから、その宰相と瓜二つの辛口の娘となれば、誰が傍に近寄りたいと思うだろうか。
普通、貴族ならば、キルディアス公爵家とお近づきになりたいと、イデランヌと婚姻を結びたいと思うだろうが、さすがに恐ろしすぎてどこの公爵家も縁を結びたいとは思っていないようだった。
それは王家も例外ではなく、イデランヌ自身は、この国のファルト王太子の婚約者になれるだろうと思っていたのだが、ファルト王太子15歳、イデランヌ14歳の春。
そろそろファルト王太子の婚約者をという話が出たので、王宮へ父キルディアス宰相と共にイデランヌもファルト王太子に会いに行ったのだが、ファルト王太子はイデランヌを見るなり、吐き捨てるように。
「イデランヌと婚約する位だったら、廃嫡して貰った方がマシだ。」
と、言ったのだ。
イデランヌの富士山より、いや、この国の一番高い天まで届くと言われている山よりも高いプライドが傷ついたのは言うまでもない。
「王太子殿下は見る目がないのですわ。わたくしのような優れた令嬢を未来の王妃に選ばないとは。」
と、その場で言い放った。
ファルト王太子はイデランヌを睨みつけて、
「どうして、お前のような性格の悪い女と結婚せねばなるまい。それに顔が宰相とそっくりではないか。何で褥で宰相とそっくりな女を抱かねばならない。まったくもって御免こうむる。」
キルディアス宰相はファルト王太子に向かって、
「王太子殿下のお気持ちは解りますが…あまりの言い方…」
ファルト王太子は首を振って、
「気持ちがまったくもって休まらない。この女が傍に居てはな。針の筵だ。
この国の全ての高位な令息は皆、そう思っているぞ。外国の令息でも騙して、結婚すりゃよいだろう。」
あまりにも酷い言い方をされて、イデランヌは密かに傷ついたのである。
学園に入学しても、無理やり言う事を聞かせて、取り巻きと言われる令嬢達を自分の周りに配置する事は出来たが、友と呼べるわけでも無く、男子生徒からは一切遠巻きにされて、それはもう、寂しい学園生活を送ったイデランヌ。
ただ、勉学も女性ながらに剣技の成績も学年トップを維持し、非常に優秀な公爵令嬢として有名になった。
しかし、ファルト王太子の態度は相変わらずで、
「お前みたいな女が結婚出来るとは思えんな。」
「心配して下さらなくても結構ですわ。わたくしの美しさと優秀さを必要として下さる殿方が必ず現れると、わたくし信じておりますの。」
「相変わらず天より高いプライド。私はそういう所が大嫌いだ。」
そういうファルト王太子は隣国の王女と婚約が決まって、余裕の態度である。
イデランヌは悔しかった。
結婚したい。自分にふさわしい高位の貴族令息と結婚したい。
しかし、イデランヌと結婚したならば、キルディアス公爵家に婿に入って貰うのだ。
キルディアス宰相とも同居になる。
誰がそんな恐ろしい家に婿として入りたいものか…
高位の貴族令息(特に次男以下)は、イデランヌに目につけられないように、他家と婚約を急いだり、海外へ留学したり、ともかく、皆、イデランヌと結婚したくないと、手を打ったのであった。
イデランヌは結局、学園を卒業し24歳になっても、結婚が決まらず、
天より高いプライドも、折れそうになっていた。
このまま、わたくしは一生独身で過ごすのかしら。
わたくしのような優秀で美しい女性が、社交界でも、結婚出来ない女として馬鹿にされて…
ああ、耐えられないわ。
夜会に行っても、皆、イデランヌを避けるのでまったくもって、つまらない。
結婚したい…結婚したい…結婚したいのよ。
そんな中、とある噂が耳に入って来た。
25歳にして、騎士団長に抜擢されたジオルド・テリース伯爵令息が、結婚相手を探しているというのだ。
それも今度開かれる夜会で出席する令嬢の中から見つけたいと言う話である。
伯爵令息は身分も下だが、この王国の騎士団長に就任したのである。
優秀な男なのであろう。
騎士団長夫人…悪くはないわね。
イデランヌはジオルドの事を調べさせた。
王立学園にいた時には学年が相手が上で、目立たない男だったらしく、まるで知らない男だったが。
騎士団で頭角を現し、前騎士団長の強い推薦で騎士団長に抜擢されたとの事。
なんとしても結婚したい。権力を使って手に入れる事にした。
逃がさないわよ。ジオルド。
伯爵家なら脅せば、こちらの言う事を聞かせることが出来る。
夜会に黄金のドレスを着て、イデランヌは出席すると、ジオルド目当てに来ていた令嬢達に向かって宣言する。
「ジオルドはわたくしと結婚する事になりましたわ。ですから、貴方達は手出ししないように。手出ししたらどうなるか…」
周りの令嬢達は真っ青になる。
「解りましたわ。」
「キルディアス公爵家に逆らうなんてとんでもない。」
そして、ジオルドが現れた時に、イデランヌは舌なめずりをして、彼を見た。
黒髪碧眼の髭を蓄えたなかなかイイ男である。
「貴方…わたくしと結婚しなさい。」
ジオルドに近づいて、開口一番にそう言ってやった。
ジオルドは凄く慌てているようだ。
「私などでは、とてもとてもイデランヌ様のお相手など務まりません。」
「わたくしが貴方を気に入ったと言うのです。他の令嬢達にも言いましたわ。ジオルドとわたくしは結婚するのですから、近づくなと。」
「ええええっ??」
父のキルディアス宰相に頼んで、ジオルドの両親であるテリース伯爵夫妻と、兄夫妻を脅して貰った。
テリース伯爵夫妻は息子とイデランヌのこの結婚に否という選択権はない。
こうして、イデランヌはジオルドを強引に手に入れたのであった。
結婚式も5日後に強引に教会で行い、いきなりの招待でも、貴族達は都合をつけて、大勢の出席者が集まった。
皆、キルディアス公爵家が怖いのだ。
豪華なウエディングドレスを着て、イデランヌはジオルドと腕を組み、周りの貴族達を見て、優越感に浸った。ジオルドは突然の結婚式にも終始にこやかに対応している。
イデランヌは誇らしかった。
わたくしは、騎士団長と結婚したのよ。どう、このわたくしの美しい姿。
素晴らしいでしょう。
豪勢な宝石とフリルたっぷりのウエディングドレスを着て、周りに見せびらかした。
結婚式が終われば、屋敷に帰って初夜である。
しかし、その前にやる事がある。キルディアス公爵家に戻ると、ジオルドに結婚の契約書類を見せた。
ジオルドは書類を見て、
「跡取りを作る為に一週間に一度は、夫婦の営みをという事ですね。イデランヌ様。」
「そうよ。ああ、イデランヌと呼んでくださって結構よ。ため口でかまわないわ。夫になったのだから。
貴方は結婚と同時にキルディアス公爵の爵位を継ぐことになったのよ。父は爵位から退くけれども、宰相の仕事は続けると言うわ。心配しないで。騎士団長で貴方はいてもらうわ。わたくしが公爵家の事は守ります。領地経営もいままでわたくしがやってきましたし、これからもわたくしがやりますわ。」
「解った。」
「浮気をもし、しようものなら…わたくしから逃げようとするならば、解っているでしょうね。テリース伯爵家が潰れる事になるわ。それから貴方の騎士団長の地位もどうなるか…」
ジオルドは青い顔をして頷いて。
「勿論。浮気等しない。逃げないから。」
「それならばよろしくてよ。さっそく、今宵、子作り致しましょう。」
「えええっ?今宵から?」
「そうよ。結婚式も終わったし、わたくしとしては出来るだけ早く子が欲しいわ。」
「解った。」
ジオルドは青い顔をしているようだけれども、この人大丈夫かしら。
まぁいいわ。愛など望んではいない。わたくしが望むのは、わたくしにふさわしい男が傍にいればよいだけ。どうせわたくしなど愛されはしないのだから。
イデランヌは寂しさを覚える。
何でこんな事になったのだろう。
違うわ。本当は愛されたいのよ…
求められたい。
青い顔をした男に夫婦の営みを強制したい訳じゃない。
何でわたくしは男の人に嫌われてしまったのだろう。
イデランヌは一抹の不安を抱えた。
ジオルドが褥で、自分を抱くことが出来ないと拒否したら。
いや、拒否は出来ないはずだ。先程、脅しておいた。
でも…いやいやながら、褥を共にしてくる男。何だかむなしさを覚える。
それでもイデランヌはメイドに命じて、風呂の用意をさせ、ジオルドとの初夜を迎える用意をするのであった。
夜になってイデランヌの寝室にガウン姿のジオルドが訪れる。
イデランヌは長いネグリジェを着て、ジオルドがベッドに座るとその隣に座った。
胸がドキドキする。この人はちゃんと自分を抱いてくれるのだろうか?
するといきなりジオルドが両手でイデランヌの手を握って来た。
そして、真正面からイデランヌを見つめて来て、
「イデランヌ。確かにキルディアス公爵家はもの凄く怖い所だ。義父上も怖ければ妻も怖い。」
「まぁ失礼な。貴方、先程わたくしは言ったわよね?わたくしや父がその気になれば…」
「事実なのだから仕方ないだろう。それでも、俺は君や義父上と良い関係を築いていけたらと思っている。愛しい妻と可愛い子と暮らす温かい家庭が俺の理想だからな。」
「そうなの…」
「だから、俺は君の事を愛したい。君の事を良く知らないで結婚してしまった。
教えて欲しい。君は何を考えているのか?どんな女性なのか…」
「わたくしは嫌われ者の、噂通りの女よ。わたくしは、才能がありあまっている優秀な女性だから皆、嫉妬しているのよ。まったく、世の中は無能で溢れている。わたくしはそんな無能な連中を無能と言っているから、嫌われているのだわ。」
「君が素晴らしい才能溢れる女性だという事は認めよう。だが、無能を無能と言っては駄目だ。君より劣る人間の方が多数なのだから、そういう人間を導いてやらないと。慈愛の心。それが必要だと思うぞ。」
「慈愛の心?わたくしはわたくしが輝いていればよいの。慈愛なんて必要ないわ。嫌われ者で、誰もわたくしなんて必要としないのだから。」
「俺はイデランヌを必要としているぞ。妻になったんだ。イデランヌは。だから俺は必要としている。本当は寂しかったのではないのか?夜会でも壁の花で居る事が多かったと聞いた。俺が夫となったからには、沢山、共にダンスを踊ろう。ダンスは一生懸命練習をした。今まで女性と踊るなんて縁が無かったからな。夜会で沢山踊ろう。社交界の花になりたければ、協力をしたい。」
「ジオルド…」
「俺がイデランヌの事を沢山愛するから、イデランヌも出来れば政略ではなくて、俺の事を愛して欲しい。愛されるよう努力するから。そして他の人にも慈愛の心を持って、優しく接してやってくれ。俺の部下達はそれはもう一生懸命だぞ。王国を守る騎士としてだな。」
優しい人…こんな優しい人だったなんて、結婚して正解だったわ。
「ジオルド…わたくしを抱きなさい。」
「ああ…イデランヌ。共に愛を深めよう。愛しているよ。」
ジオルドが口づけをしてきた。
イデランヌは生まれて初めて、心が満たされた。
ジオルドのなすがままに瞼を閉じた。
ジオルドはイデランヌに優しかった。
共に劇に出かけたり、夜会に出かけたり、花を贈ってくれたりして、イデランヌに気を使ってくれた。イデランヌはジオルドと共に居る事に幸せを感じた。
しかし、とある夜会でイデランヌは聞いてしまった。
自分を拒否しまくっていたファルト王太子殿下と廊下で立ち話をジオルドはしていた。
「ジオルド。キルディアス公爵家に婿に入ってどうだ?大変だろう?」
「そりゃ、義父も怖いし、妻も怖い。気が休まる暇がありませんな。」
「ハハハ。やはりな。」
「でもイデランヌは気が強いが、可愛い所もありましてな。私は幸せものですよ。」
「へ??そうか?」
「囚われてしまったからには、その状況を楽しまないと人生は損だと思いますぞ。ハハハ。」
イデランヌに気が付いて、ファルト王太子はチラリとイデランヌを見たが、行ってしまった。
イデランヌはこちらへ戻って来たジオルドに、
「わたくしは怖いのですね。相変わらず。」
「怖くないって言う方が嘘になるだろう。怖い妻だが、愛している。俺は幸せ者だと思う。
イデランヌと結婚してだな。」
「そういえば、貴方。ご報告があります。わたくし、お腹に赤ちゃんが…」
「ええええええっ???本当か。やったっーーー。」
ジオルドは抱き締めてくれた。
イデランヌは不安になる。
「男の子だったら貴方、わたくしを捨てて出ていくのかしら。」
「え?そういう契約ではなかったと思うが。」
「我が家が窮屈だったら出て行っていいのよ。」
「愛しい妻と可愛い子を置いて出て行けるか。イデランヌ。男の子でも女の子でも俺にとっては愛しい君との子だ。ああ…なんて嬉しい日だ。」
心から嬉しそうな様子のジオルドに、
今一、この男の事は掴めないが、子供が出来た事を心から喜んでくれて安堵するイデランヌであった。
後日、ファルト王太子殿下から、イデランヌに子が出来たと聞いて、祝いの品が真っ先に贈られてきた。
昔の謝罪の意味を込めてだろう。
しかし昔の事はどうでもいい。今は…ジオルドに愛されているこの幸せを、先に生まれてくる二人の子の誕生をジオルドと共に楽しみにしていたいと思うイデランヌであった。