勇者の条件
ショートショートですが、最後に残酷なシーンがあります。
ここは地上から遠く離れた天上の地。
ひとりの女神が険しい顔で水晶をにらんでいた。
「また魔王にしてやられた。最近の勇者は弱すぎる。いったいどうなっているのだ」
自分の仕事が上手くいかないことに納得がいかないのか、女神は目の前の水晶を指で弾いた。
「勇者の選び方が悪いのか?」
そう自問自答しながら女神は過去に自分が選んだ勇者たちを思い浮かべた。
少し自信がない男。あまり冴えない男。何をしても上手くいかない男。
地球という世界では、けして優秀ではなかった男たち。しかし、そんな男たちに限って異世界ではとんでもない力を発揮すると聞いていた。ある者は剣聖まで昇りつめ、ある者は魔力を極め、またある者は国土を豊潤の地に変えたと聞く。
しかし、彼女が選んだ勇者たちは、世界を救うことができなかった。送っても送っても、ことごとく失敗した。
「考え方を変えなければならん」
女神の仕事とは、魂の循環をすること。そして、自分が管理する世界に平和をもたらすことだ。
命を失った生物は魂となり女神の前に運ばれてくる。それは人間でも動物でも昆虫でも同様だ。女神は魂が今世でおこなった行為を判定し、その善悪のバランスを見て魂の来世を決定する権利を持っていた。
「考えてみれば、なぜわざわざ仕事のできない愚か者を勇者に選ぶ必要がある? 勇者に求められている能力を考えれば、確固たる信念を持ち、魔王に負けない頭脳を持ち、皆を統率できる者を選ぶべきではないのか」
考えれば考えるほど、それは当然のことだと女神は思った。
女神は何度も頷くと、目の前の無数の魂の中から、その考えに相応しい魂を選び出す作業に取りかかった。
「わたしは再び人間としての命を与えられるのか?」
女神が呼び出した魂はそう言った。
「そういうことになる。おまえは新しい世界で魔王と戦い、世界に安寧の時代をもたらすのだ」
「安寧か。わたしにそんな資格はあるのか?」
「女神であるわたしが選んだのだ。十分に資格はある。おまえは今世はネズミだった。わたしにはおまえがネズミになっていた理由は分からない。もしかするとわたしがおまえをネズミにしたのかもしれないが、無数にある魂の行き先など覚えていない。しかし、おまえはただのネズミだったにも関わらず、仲間を統率し、天敵を葬りさり、ネズミの強国を作り上げた。おまえなら、世界を救えるはずだ」
女神の言葉に魂は黙り込んだ。何を思案しているか。ネズミから人間に生まれ変わるというのに何を躊躇することがあるというのか。
しばらくの沈黙のあと魂は言った。
「そうか。あなたがそう言うのなら、わたしには資格があるのだろう」
「ようやく理解できたようだな。ではおまえは生まれ変わる。魔王を倒す勇者としてな。ただし普通の人間では魔王には歯が立つまい。勇者として生まれ変わるのだから強力な力を授けてやろう」
女神はそう言うと、魂に加護とスキルを与え、ある男の肉体に魂を送り込んだ。
生まれ変わった男は女神が考えたとおりの素晴らしい才能を発揮した。
スキルを有用に使い、記憶している知識を使って大地を改良していく様は男が覇王に相応しいことを示していた。
そして、努力を惜しまない男は剣聖としての力も手に入れる。
それどころか、貪欲に知識を吸収して、魔力すらも常人には到底たどり着けない域にまで達しようとしていた。
中でも女神が目を見張ったのが、仲間を統率する力だった。
魅力系のスキルがない男だったが、天性の才能と言うべきだろう。言葉たくみに仲間を増やし、数年も経つとまわりから熱狂的に崇拝される存在となっていた。
数千人もの民衆の前で演説をすれば、すべての人間が男に感化され、男を権力の頂点へと押し上げた。
「まさかここまでとはな」
女神は今や覇王となった男を見て、自分の考えが間違っていなかったことを確信した。
それも当然だろう。水晶に映る男は今や大陸の半分を支配し、周到に準備を整えて魔王を討伐しようとしているのだから。
「こいつに任せておけば安心だ。これでこの世界にも安寧の時代が訪れる」
水晶に映る男の横顔を見て女神は笑った。そして、女神は水晶から手を離し、男の姿を見ることをやめた。
救わなければならない世界は山ほどあるのだ。
いつまでもこの世界だけを見ているわけにもいかない。
女神はその世界のことを忘れ、次の世界を救うために魂を選ぶ作業に取りかかった。
女神の想像どおり、男は魔王を葬りさって、魔王城に自分の旗を掲げた。
そしてさらに数年が経ち、今や世界のほとんどは男の手中にあった。
女神が望んだ安寧の時代はもうやって来ていた。
しかし、男は満足してはいなかった。
男は男自身が理想とする安寧の世界を実現するため、さらに世界を掌握しようと進んでいた。
信頼できる者で親衛隊を作り、ほんの少しでも反逆の意志を示す者がいれば容赦なく排除した。
最初こそ魔王からの支配を取り除いてくれた勇者を称賛していた民衆だったが、それが大きな間違いであったことに気づいたときには、すべてがもう遅かった。
「総統、いよいよ完成しました」
「そうか」
「これで、総統の理想とする帝国の完成に近づきますな」
「ああ、もうすぐ、我が帝国は完成する。もう誰にも邪魔はさせん。あの忌まわしい冬将軍もこの世界にはいないのだからな」
「冬将軍とは前々世で総統の邪魔をした愚かな者たちのことですか?」
「そうだ、あの冬将軍さえなければ、我が帝国は敗れなどしなかった。前世ではネズミの姿で帝国の真似事などをやってはみたが心は晴れなかった。今度こそ。今度こそ、我が帝国の完成だ」
総統と呼ばれた男の眼下には、巨大で無機質な建築物があった。
灰色の建築物の前には長い長い人間の列ができている。
並んでいる人間は、今から自分の身に何が起こるか知らされてはいない。
しかし、自分に待っているのは悲劇的な結末だと直感し、ただひたすらに、今はもういない女神に向かって祈りを捧げていた。
そんな哀れな者たちを眺めながら、総統と呼ばれた男は「この世に神などいない」と呟いて、ガス室の稼働を部下に命じた。
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