ヒーローの取巻き巻き
「次に殺されるのは上川君。あなたです」
桜崎小春に告げられて上川俊也は目を白黒させたあと取り巻きである御堂達也と結城俊の二人と顔を見合わせた。もし、私――一条院楓が生きていれば「それは大変だわ。殺される前に自害されてはどうかしら?」と優しく提案していたに違いない。だが、ひどく残念なことに私は昨夜のうちに殺されている。
小春のこの発言にはさきほどまで「安達が殺されたのは俺のせいだ。俺がこんな旅行に誘わなければ」と物語の主人公の様に振舞っていた上川もすぐには言葉が出なかったようだ。いち早く混乱から立ち直ったのは結城だった。彼は得意げに次の被害者を予想する小春に困り顔で尋ねた。
「桜崎さん、上川君が次に殺されるなんてどういうことだい? ちょっと事態が分からないんだけど」
「……あっ、そうでした!? そうなのです。まず最初にお伝えしないといけないことがありました。楓さんが殺されていました。しかも密室で。あと『あいうえお』順なんです」
大事な情報をきゅと凝縮して攪拌したような分かるような分からない説明だった。それでも上川たちが驚いたのは上川が次に被害者になるということでも、あいうえお順という小春の推理でもなかった。ただ、彼らが犯人だと思いたかった私が死んだという一事によるところが大きかったに違いない。
「一条院が死んだ……?」
現実を理解できない様子で上川は私の名前を呼んだがそこには驚きがあるだけで、悲しみも怒りはない。元とは言え婚約者が殺されたのである。滂沱しろとは言わないが涙の数滴でも流すのが礼儀というものである。もし、反対の立場であったなら私は偽りでもさめざめと涙を零しただろう。
「まさか? 一条院が殺されるなんて」
「一条院は部屋にたてこもっていたんだろ?」
結城は疑いの目で小春の言葉に応じ、御堂は私がどのようにして殺されたのか知りたそうだった。自身の安全を考えれば御堂の反応のほうが正しい。私が部屋に閉じこもっていたにもかかわらず殺されたとなれば犯人は他の客室にも入り込めるかもしれないからだ。そうなればすべての人間に安寧な夜は来ない。
「あ、はい。楓さんの部屋は鍵がかかっていたんですけど。いくら呼び掛けても起きてくれなくて、大沢先生と光岡さんに頼んでマスターキーで開けてもらったのです。そうしたら楓さんが中で死んでいて……」
「一条院の死体を見たのは俺だよ。ナイフが腹部と気道に突き刺されていた」
大沢が神妙な様子で言うと上川たち三人は話の流れを信じることができなかったのか光岡にも問いかけたが、「はい、間違いありません。それはひどく血まみれで」と答えてようやく信じたようだった。
「安達に続いてあの女が死んだのは分かった。だけど、次は俺が殺されるというのはどういうことだ? 小春は俺のことを心配していってくれるのかもしれないが、根拠がないのなら過保護というものだよ」
「それは桜崎様が見事な推理を持っておられます」
光岡は過剰と言える確信をもって小春を推した。
「最初に殺されたのは安達君。その次が楓さん。二人の名字は安達、一条院で頭文字が『あ』『い』と続くの。だとしたら二人が殺されたのは法則性があると思うのです。それは『あいうえお』順。そして、『あ』『い』とくれば次は『う』になります。つまり上川君。あなたです」
小春が説明を終えると上川は「なるほど」と小さく声を漏らし、取り巻きの二人は、自分は狙われていないと安心したのか少しだけ強気な顔をした。
「犯人は誰かは分からないが、僕は上川君を守るよ。救出がくるまであと一日だ。僕たちが身の回りで張り付いていればいくら犯人と言えど犯行は不可能だ」
「結城の言うとおりだ。俺と結城は上川君のがっちりとガードする。そうすれば犯人がどんな動きをしても大丈夫なはずだ。一条院は一人になることでわざわざ殺されたが、それは俺たちに大切なことを教えてくれた。バラバラにならず監視しあえば隙など生まれない」
腹立たしいことに御堂は私のことまで引き合いに出して上川を守ると宣誓した。別に私だって死にたくて死んだわけではないのにああいう風に教訓の一部にされるとむかつくものだ。彼をとり殺せないものかと恨みの念を発してみたが特に効果はなかった。
怨霊になるというのは難しいようだ。
「結城、御堂……。二人ともありがとう! 君たちという素晴らしい友を得られたことが学園生活で二番目の幸運だ。そして、一番は小春、君のような聡明で美しい人間に出会えたことだ。君が犯行の法則を暴くことができた以上、犯人はもう捕まえたも同然だ。俺の命を狙いに来たところを捕まえよう!」
上川が暑苦しい言葉を発すると御堂と結城はお互いの肩を叩きあって団結を一つにした。そして、上川は小春の手を両手で包み込むように握りしめると「さすがは俺の唯一の愛だ」と微笑んだ。小春はそれに笑顔で応じた。
少年漫画にありそうな暑苦しいシーンを苦々しい表情で見つめるものがいた。それは日々の運動不足で小春にも光岡にも追いつけなかった大沢であった。彼は屋敷を半周するだけ息を乱し切ってぜぇぜぇと肩を揺らした。
「あっ、先生。見てください。私の推理でみんながやる気になってくれました」
「桜崎。やる気になっても困るんだよ」
大沢はめんどくさいことになったというように小春と上川たちを見た。
「先生! これ以上は犯人の好きにはさせません。俺たちが安達の仇を討ってやります!」
上川が強そうな言葉を吐くと御堂と結城がそれに乗って「仇討ちだ」と叫ぶ。とんだ少年探偵団がいたものだが、彼らは自分たちが本当に勝てると思っているらしく自信に満ちていた。それに対して大沢の反応は鈍く、ロクでもないことになったというように舌打ちをした。
「桜崎。いらないことを言うな」
「えっ? でも次に狙われるかもしれないのが分かっているのに言わないのはヘンじゃないですか?」
小春が首をかしげる。
「お前の推理どおりならそれでいいだろう。だが、違っていればどうなる? 上川を守ろうとしている間に他の人間が襲われるかもしれない。なぜなら皆の注目は上川だけに向けられて他には向かなくなるんだ。それは危険なことだ」
大沢がきつい調子で言うと小春をかばうように上川たちが前に出た。
「先生。小春を責めないでください。彼女は僕のことを思っていってくれているのです。それに彼女の推理以上に妥当な考えはどこにもないでしょう? ならいまは彼女の考えに従うべきだ。それとも先生はなにか代案がありますか?」
「それは……」
大沢が言いよどむと上川たちは「よし! そうと決まれば作戦会議だ」と広間のほうへと取り巻きたちと向かっていった。それを追うように光岡が続く。大沢は髪を乱雑にかくと隣にいた小春が彼の顔を覗き込んだ。
「先生は仲良しさんだった楓さんの仇を討ちたくないんですか?」
「だから仲良しさんじゃない。一条院の仇を討っても仕方ないだろ? 生き返るわけじゃないし」
「そうですか? 自分の邪魔をする人とか嫌ってくる人を倒せるとすっきりしませんか?」
「残された側としてはそうかもしれないが、それでまた誰かが殺されちゃたまらない。それにお前からすれば一条院が死んでも良かったくらいだろ。恋敵が消えたんだし」
大沢が言うと小春は頬を膨らませた。
「そんなことありませんよ! 楓さんはイジワルさんでしたけど、別に嫌いってことはありませんでした。そう。すごく悪役令嬢っぽくて本物みたいでした。だからいつもすごいなぁーって」
「本物みたいって。一条院は本物のお嬢さんだから。それを言えばお前のほうはいま探偵っぽいことをしてるじゃないか?」
「探偵ぽいってそれは先生が先に言ったことじゃないですか」
小春から言われて大沢は昨夜に更衣室の前で言ったことを思いだしたようだった。それから困惑したような顔で小春に尋ねた。
「あのとき俺が一条院は被害者だろって言ったからお前が殺したわけじゃないだろうな?」
「そんなことしませんよ。だって私の役どころは女子高生探偵だって先生が言ったんですよ。犯人と探偵役が一緒だなんてアンフェアじゃないですか?」
「人を殺すような奴がフェアとかアンフェアなんて考えないだろ。少なくとも俺だったら自分が犯人だとバレないように嘘もつくし誰かをはめることもするさ」
「それだとなんだか、先生のほうが犯人ぽくないです? もしかして私はこのまま殺されちゃうパターンですか? お前は知りすぎた、とか言われて」
小春は両手をクロスして自らの身を守るような仕草をする。だが、がら空きになった頭に大沢にチョップが刺さる。
「あのね。お前は知りすぎたとかいって殺すのはミステリーじゃなくてサスペンスとかアクションなんだよ。それにどうして教師が生徒を殺すんだ」
「うーん、痴情のもつれとか?」
「お前らだけでもすでにもつれてるのに俺を混ぜるな」
「混ぜるな危険ってやつですね」
「全く違うよ。ほら、変なことを言っていないで俺たちも広間に行こう。バラバラにいたら犯人にされかねない」
大沢はお手上げだとばかりに肩をすくめたが、小春は「それは殺されかねないじゃないんですね」と目だけ笑わない微笑みを大沢に向けた。