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美食家にむいてるタイプの探偵だよ

「それを知るために私がいなかったときに起きた殺人について考えましょう。そう、川部さんが殺された事件です」


 町田紅葉まちだ・もみじが問いかける。最初に口を開いたのは桜崎小春さくらざき・こはるだった。彼女は周囲を見まわたしたあとでゆっくりと言葉を発した。


「川部さんが殺される少し前、御堂君と川部さんが喧嘩をしました。上川君や御堂君、結城君が犯人探しをするたびに疑われたり、作業が中断するので川部さんはそれに不満を持っていました。それが再度の屋敷内の探索の際に爆発して、川部さんは厨房から飛び出してどこかへ消えました。喧嘩の御堂君は悪態をつきながら、私と上川君のいた食堂に戻ってきました」


 正直、私――一条院楓いちじょういん・かえでは驚いた。小春がこんなにまともな報告ができるとは思っていなかったからだ。正直、それだけで褒めていいとさえ思える。が、紅葉はとくに小春へのコメントはなく、視線を御堂に向けた。彼はそれに対して首と手を激しく左右に振った。


「俺は殺してない。川部と口論になったあと何もかも嫌になって食堂にもどったら、上川君たちがいて頭を冷やせと言われて自室にこもっていた。そのあとは上川君が呼びに来るまでずっと一人だった。そりゃ、アリバイなんて証明できないが部屋からは出ていない」

「……御堂はアリバイなし。他の方はどうですか?」


 結城と執事の光岡が顔を見合わせて「僕たちは……」と続いた。


「屋敷内をもう一度、調べているときに御堂と川部さんが喧嘩になった。川部さんが厨房を飛び出したあと斎藤さんから御堂が『品がない』と叱られて不貞腐れて出て行ってしまったので僕と光岡さんは手分けして消えた一条院さんの死体や凶器を探したけど見つからなかった。それはそうだよね。虚構の一条院さんが消えて町田さんになって屋敷から出ていったんだから見つかるはずがない。

 そのまま、成果がなく光岡さんと食堂に戻ると上川君と桜崎さんがいた。そのときに御堂君の様子を見に行くことになって同行した」


 結城が口を閉じると光岡が続く。


「私は御堂様と口論になった川部さんを呼び止めましたが、顔を洗いたいと女湯に入られてしまい、深追いいたしませんでした。その後は結城様と別れて屋敷内を見回りましたが何も発見できず。結城様と合流して食堂に戻ると若様たちと行動を共にしました」

「ということは、結城も光岡さんも厨房以降は食堂で合流するまでアリバイなし」


 紅葉は結城と光岡を指さすとアリバイなしのレッテルを押し付けた。


「そういう意味では俺もアリバイなしです」


 片手をあげてアリバイなしの宣言をしたのはシェフの斎藤だった。


「ということは?」

「川部さんが飛び出して行って私は厨房で夕食の支度をしていました。そして、いつまでも川部さんが戻らないので探しに食堂に寄ったところ皆さんと合流しました」

「では、斎藤さんもアリバイなし。他は?」


 小春と上川のあたりで紅葉の指先がふわふわと揺れる。


「大丈夫です。桜崎小春! ちゃんと上川君とずっと一緒にいました。アリバイアリです」

「良かったわ。ちゃんと保護対象を監視してくれていたのね。というところで先生は?」


 紅葉の視線がさきほどからじっとだんまりモードに入っていた大沢に向かう。大沢はやや困った表情で紅葉の視線から目をそらして「……監禁されてました」とちいさな声で言った。


「はぁ? どうして?」

「一番犯人っぽいってことで……」

「それで監禁されたと?」

「はい」


 しおらしく頭をさげる大沢の背後から小春が「なんかほとんど本人の希望で監禁されてましたよ」と緊迫感のない声をあげると紅葉の眉間に小さく皺ができた。


「もしかして、自分の安全を優先したんですか? どうせ、次は自分が殺されるかもしれない、とか犯人の可能がある俺を隔離すべきだとか、都合の良いことを言って監禁されたんじゃないですか?」

「……見てきたように言うよね。委員長ちゃん」

「それは、先生にはずいぶんお世話になっていますから」


 目と口で全く別の感情を浮かべた紅葉は大沢の頭を殴りつけると「先生もアリバイなしですね」と全員に宣言した。


 ここまでで紅葉が、アリバイなしと断じたのは御堂、結城、光岡、斎藤、大沢である。小春と上川はずっと一緒にいたことを考えるとアリバイがある。とはいえ、このままでは不公平だともいえる。なぜか、紅葉がアリバイを確定させなかった人物が一人だけいるからだ。なので私が言っておこうと思う。


 私と入れ替わりキャストに座にあがった彼女自身のアリバイは証明されていない。

 彼女が言うとおりに街まで戻って上川の家とさまざまな取り決めをしたのかもしれないし、していないのかもしれない。


「で、そのあとはどうなったの?」

「俺たちが御堂と合流したところで斎藤が川部を探しに来た。そのときに小春が女湯のほうに走り出して皆で追いかけたら、更衣室と浴室の戸が閉められていてガラス戸の向こうが真っ赤になっているのが見えたんだ」

「小春はどうして女湯だと思ったの?」

「光岡さんが川部さんが女湯に向かったと言っていたし、斎藤さんも戻ってないって言っていたからそのまま女湯かなって」


 小春が人差し指をたてたまま頬に当てると四十五度の角度で首を傾げた。可愛らしいがこの場面で可愛らしさがいるだろうか。いや、いらないだろう。


「ガラス戸には鍵がかかっていたの?」

「はい、私が戸を引きましたけど動きませんでした。それはあとから来た斎藤さんも同じで最後は蹴破って浴室に入りました。そうしたら川部さんが血まみれになっていました」

「それは僕も確認しました。鍵が内側からかかっていたのか引戸が動かなかったので戸を破壊しました。浴室に入ったときには川部さんが血まみれで倒れていました」


 何を話すにしても可愛さを求める小春と話すたびに後悔が滲む斎藤を見比べる。紅葉が「ほかには?」と訊ねると二人は言った。


「川部さんはバラバラにされかけているようでした」

「犯人は川部さんを解体して隠そうとしていたのかもしれない」

「死体を隠そうとしたのか……それとも。分かりました。二人ともありがとうございました。では、川部さんがどうして殺されたのか考えてみましょう」


 どうして川部が殺されたのか。その理由は一番難しいかもしれない。この別荘の中で起きたとされる殺人事件は安達の場合も私の場合も上川と直接的にかかわる人間であることは間違いない。だが、川部は違う。彼女は臨時雇いのメイドであり、上川の家にも上川本人にもかかわりがない。


 それなのに彼女は殺された。


「そりゃ、お前は知りすぎたってやつじゃないのかい?」


 大沢が軽い様子で尋ねる。確かにミステリ小説などでは犯人に気づいた登場人物が殺されることがある。


「もし、川部さんが犯人に気づいていたなら黙っているようなことがあるでしょうか? 今回の事件では彼女はずっと巻き込まれたと思っていたはずです。それなら誰が犯人でも忖度することはないですよね。こいつが犯人ですって指させばいいんですから」


 紅葉が人差し指を伸ばして大沢を指さす。


「やめようね。そういう冗談は」

「もういっそのこと先生が犯人で円満解決とかいいと思うんですけど?」

「それは嫌かなぁ」


 大沢が露骨にイヤな顔をしたのを見届けて紅葉は「こほん」と一息をついた。


「では、川部さんは秘密を知ったわけでもない。という仮定で考えてみましょう」

「でもそれって動機がなくない? 川部さんは何も知らない。かと言って何かに関わっているわけでもない。それって殺される理由自体がないじゃないか?」

「私はそこに理由があるんだと思うんです。犯人にとって川部さんは特に存在意義がなかった。私たち的に言えば川部さんには何の役割も与えられていなかった。だから、殺してもいい。より正確に言えば何か理由があれば殺しても問題がない」

「それは矛盾しているよ。委員長ちゃんが川部さんに殺される理由がないって言ったんだよ」

「先生。それは川部さんに理由がないだけで、犯人には理由があったんですよ。もし、川部さん以外に同じ条件の人がいたらそちらが殺されていたかもしれません。ちなみに川部さんの死体が発見されたあとはどう過ごしていたんですか?」


 急な質問の展開にしばらく皆が黙った。


 沈黙のあと上川が大沢を指さした。


「大沢先生を監禁場所から出して、部屋に抜け穴とか隠し通路がないことを確かめていたら、君がやって来たんだ」

「ああ、なるほど。先生は部屋から出られる方法がなく。かと言って川部さんが殺された理由も分からない。そして。あなたたちは最後の晩餐を始めていた。そういうことですね?」


 確かにこの夜は最後の晩餐だろう。旅行の帰宅時間を越えている以上、上川の家の人間がやってくるのは間違いがない。それは紅葉が来ようと来まいが関係のない事実だ。この殺人犯との生活は今夜で終わるのだ。


 食卓には最新の調理方法でつくられた料理や日本では手に入れられないという素材を使った者が並んでいる。それに異物のように並ぶ炒飯と餃子は紅葉が持ち込んだものだ。彼女の乱入によって最後の食卓は停止し、冷え切っている。


「……そうなる」

「そうですか。分かりました。それはそうと今夜の食卓は変わった食材がありますね。できれば料理名を教えてもらえますか?」


 紅葉はメインディッシュとして置かれた肉料理を指さした。


「ええ、それはマアッラの羊のローストです。おそらく口にされた方はいないと思います」

「ありがとうございます。シェフ。犯人は斎藤シェフ。あなたです。そして、私はあなたのプロ根性を称賛します。でも、二度とあなたの料理を口にしたいとは思いません。その理由をあなたは知っていますね」


 斎藤は紅葉の言葉を聞くと薄く口元を緩め「やはり、あなたは美食家に相応しい」と笑った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] マアッラ、流しておりました 実のところ、初見ではどこからカニバリズムの話になったのか恥ずかしながら、理解できていませんでした 感想欄含め読み返していて初めて気づきました 作者さんおよび緑信…
[良い点] マアッラ…‥十字軍遠征……異教徒……つまりそういうことですね [一言] 知識をこういった形で小説に落とし込めるところに脱帽します
[一言] 確かに食べたことのある人はいないはずだが、美食ねぇ?
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