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突然現れた怪しい人物が名探偵だなんて認められますか?

 食堂には居心地の悪い空気が漂っていたが、それをとがめるような者は誰一人いない。上座に座る上川俊也うえかわ・しゅんやの右隣には桜崎小春さくらざき・こはるが困り顔で席に着き、左には御堂達也みどう・たつやが険しい顔で対面に座る男性を睨みつける。睨みつけられているのは上川らの通う学園の教師である大沢一おおさわ・はじめであるが、その表情はだらしなくニヤついている。こんなときくらい真面目な顔をすればよいと私――一条院楓いちじょういん・かえでは思うが、わが身はすでに殺されている。つまり幽霊のようなものだと思えば注意はおろか怒鳴りつけることさえできない。できることはと言えば彼らの背後から成り行きを見守るだけである。


 結城俊ゆうき・すぐるは小春の隣の席で御堂ほどあからさまではないにしても大沢を気にしているようだった。彼らがこのような表情をしている理由は単純である。この屋敷で起きた三つの殺人のせいである。


 第一の被害者は上川たちの同級生であった安達健次あだち・けんじである。彼は夕食後に広間で毒殺された。このとき上川らは同じポットから入れられた紅茶を共に飲み、同じように席に置かれたお菓子を食べた。だが、死んだのは安達ただ一人であった。


 次に殺されたのは私――一条院楓であった。犯人から逃げるように自室に引き籠った私は就寝中にめった刺しにされて死んだ。朝になって大沢が私の死を確認したが、その後に私の死体は消えてしまい、いまも所在が分からない。


 最後に殺されたのは、臨時の侍女をやっていた川部唯子かわべ・ゆいこだった。彼女は探偵団のような振舞いをする上川達に良い感情を持っておらず、私の死体が消えたあと行われた家探しの際に御堂と争いになり、厨房からどこかへと消えた。その後、その姿は女湯の浴場で発見された。彼女の身体は私と同じように何か所も刺し傷があった。また、死体をバラバラにしようとしたのか一部は損壊されて失われていた。


 三つの殺人事件のうち上川たちが犯人だと疑ったのは大沢であった。だが、その証明は難しかった。結果として彼らはおそらくこの屋敷での最後の晩餐を始めようとしていた。


「まぁ、疑いは分かるけど。良くも悪くも今夜が終われば助けが来るだろう。そのとき警察がきちんと犯人を見つけてくれるさ」

「その前に大沢先生が逃げるということはないんですか?」


 小春が優しい声で辛辣な言葉を吐いた。


「ないね。だれも好き好んで夜の山に逃げないよ。それよりもいまは晩餐さ。逃げるにも英気は必要だろう? まぁ、明日の朝には上川の家の人間が慌てて迎えに来てくれるだろう。そういう意味では今夜が最後の晩餐だ」


 最後の晩餐は、新約聖書の中で語られるイエス・キリストが十二人の弟子のなかから裏切者が出ると予言をする場面である。この国ではレオナルド・ダ・ヴィンチの作品として有名だろう。はたして今夜の晩餐がそうだとすれば大沢はどの役割なのだろうか?


 これから刑場に引き立てられるイエス・キリストか。裏切の代償に銀貨を手にするユダか。それとも別のものか。ただ、私が感心できるところがあるとすれば、こんな場合でも食欲を失わない大沢の図太さだろう。おそらく、この食堂に集まっているもので食事がしたいと心底から思っているものは大沢をのぞいて誰もいないに違いない。


「晩餐と言えば上川君は斎藤さんになにか注文をつけてましたよね?」 


 結城が険悪な空気を退けるように話を逸らす。


「ああ、昨日の献立があまりにも普通だったので、今夜は誰も食べたことがないような変わったものにするように言ったんだ。だが、こんなことになってしまうと普通どころか。軽いものを頼むべきだったな」


 昨夜の献立はいわゆる西洋料理の基本を押さえた素晴らしい内容だった。それが普通と思えるのはいまの食生活のなかに西洋料理が浸透したかをあらわすものだ。とはいえ、どんなに意図を盛り込んだとしても受信側にその力がなければ、理解などされるはずもない。


 そういう意味では昨夜の晩餐は残念だったと言える。


「確かにあれを見たあとだと……」


 結城は浴室で殺されていた川部ことを思い出したのか、さっと顔色を青くした。


「俺は楽しみだがな。良くも悪くも今夜が最後だっていうんだ。飯くらいたらふく食おうじゃないか。それにこうやって食堂に集まっていれば監視は楽だからな」


 視線を大沢にぶつけながら御堂が大きな声で笑う。


「ああ、そうだ。俺たちは探偵にはなれなかったがお互いを抑止しあうくらいはできるだろう」


 上川は自分が探偵になれなかったことをやや気にしているのか少し元気のない声だった。むろん、こんな場面で開き直って「いやー、探偵にはなれなかったね。場もかき回しちゃって、ごめんね」なんて言われれば私や安達は別にしても川部がきっと化けて出るに違いない。そういう意味では空気を読んだ発言だと言える。


「あーあ、楓さんが生きていれば、こういう場面でもばばっと解決してくれたんですかね?」


 小春が私を思い起こすように天井を仰ぎ見るが、そこに私はいない。むしろ、あなたの後ろ。あなたの後ろにいる。


「そうだねー。一条院がいれば俺の無実をパッと晴らしてくれたのかもな」

「桜崎さんも大沢先生も何を言ってるんですか?! 死んだ一条院さんに頼るみたいなこと言って」


 結城が不謹慎だとばかりに二人を責めるが、大沢は小春と顔を見合わせると首を左右に振った。


「生き返ってくれないかなぁ」


 死んだ人間は蘇らない。それはこの理不尽な世界で唯一平等な理である。例外があるとすれば、イエス・キリストだろうか。彼は処刑のあとに見事復活したらしいが、私はそんな都合の良いことなど起きるはずがないと思っている。そうでなければこの世の中は復活した人々だけで埋め尽くされてしまう。


「先生!」

「冗談だよ。これだけ雰囲気が悪いとブラックユーモアの一つでも言いたくなる」

「笑えませんよ――」


 結城がまだまだ言い足りない様子であったが、彼の口は半端なところで閉じられた。


「皆様、お待たせいたしました」


 手押し台に料理を乗せて光岡が食堂の扉から入ってくる。背後には斎藤がいる。川部の血液で汚れたコックコートなどは着替えたのだろう。斎藤のコックコートは真っ白に戻っていた。血染めのコックが料理など持って来た日には食欲も何もないだろうから斎藤の対応は適切である。


 光岡と斎藤は手慣れた様子で卓上に料理を並べる。その様子は事件による動揺など一つも見られないほどスムーズで彼らがある一つの分野においては間違いなくプロであることを示していた。逆に言えば、この場にいるゲストの多くはまだ何においてもプロではない。学生という可能性であったともいえるだろう。


 前菜と思われる皿の上には真っ白なプリンのような柔らかな塊があり、その上にキャビアと金粉がかけられている。艶のあるキャビアの黒と金粉の色合いが白によく映えている。それらを取り囲むように赤色のソースが二本引かれている。


「まずは前菜として、ホワイトアスパラガスのババロアになります。アクセントとして燻製したトマトベースのソースをかけてあります」


 液体をどうやって燻製するのか分からないが、斎藤はさもそれが普通だとばかりに語る。


 上川たちは目の前に置かれた料理に感心したように見とれていたが、大沢だけはそうそうにババロアにナイフで切込みを入れると最初はババロアだけを次にソースを絡めて口に放り込んだ。


「さっぱりした料理かと思ったけど燻製されたソースの味がしっかりしていて美味しいね」


 きっと大沢はどんな料理を出しても美味しいというに違いないが、わざわざ解説いれてまで美味しいと伝えたのは彼なりの礼儀なのかもしれない。


「ありがとうございます」


 斎藤は軽く頭をさげた。

 他の人間も大沢が料理を口にしたことで料理に手をつけ始める。

 全員が前菜を食べ終わると光岡がさっと料理を次のものへと変えていく。スープ皿にズワイガニのむき身が二本乗せられ、その下にはクリームスープがきめも細かい泡となって敷き詰められていた。さらに透明なジュレが脇に並んでいる。


「スープはズワイガニのフランをエスプーマにさせていただきました。また、カニ本来の味や香りを楽しんでいただくためカニ身や殻から旨味を取り出したものをジュレとしてかけました」


 ふわふわのエスプーマをすくいあげるとカニの香ばしさが立ち上がるのか。スープを口にすると上川たちは驚いたように目を丸くした。大沢は味わっているのか味わってないのか、ズッズッとスープを飲み干した。


「これも美味しいねぇ」


 大沢が言う。彼は美味しいしか言えないロボットのようなものなのだろう。細かい感想と言う物はさっぱり出てこない。美味しいという点では他の人間も共通なのか。誰も匙を止めるようなことはしなかった。


「さて、次は肉料理なのですが、若様が誰も食べたことのない料理を出すようにとのことでしたので、マアッラの羊を用意いたしました」


 そういうと斎藤と光岡は一度厨房に消えるとしばらくしてほどよくミディアムに焼かれたローストを持ってきた。付け合わせの野菜は小ぶりのジャガイモと茄子、小指サイズに切られた人参だった。ソースはベリーを使っているのか甘い香りがする。


 すべての座席に料理がいきわたったときだった。


 屋敷の玄関を思い切りよく開ける音がした。新たな訪問者は軽やかな足取りで屋敷の中の人間がどこにいるか分かっているとばかりに食堂の前に到達した。食堂の中には上川を含め結城、御堂、桜崎、大沢、斎藤、光岡という生き残っている人間はすべてそろっていた。


 扉が開くまで誰も身動きが取れなかった。

 それほどまでにこの侵入者が誰だか分からなかったからだ。


 息を整えるような空白ののち食堂の扉が蹴破られるような勢いで開かれる。


 そこにいたのは真っ赤なフレアスカートに白いシャツ。肩口で切りそろえられた黒髪をなびかせた美少女。いや美女だった。この美女というのは私がいうのだから間違いない美女である。唯一彼女に違和感があるとすれば右手に持った岡持ちだろう。町田飯店と書かれた岡持ちをテーブルの上に置くと彼女は大沢の席に炒飯と餃子をドンドンと乱暴に置いた。


「悪いんですけど、うちの出前って二キロ圏内なんです。ウーバーなんちゃらじゃないんですよ。先生」

「いやー悪いねぇ、委員長ちゃん。どうしても中華が食べたくなって」

「目の前にはずいぶんと豪勢なお皿がならんでますけど? うちの中華なんていつでも食べられるでしょうに」

「美膳も二日続くと飽きるもんだよ。ほら、家庭料理もいいけど無性にジャンクフード貪り食べたくなるときがあるだろ? ああいうイメージだよ」


 委員長ちゃんと呼ばれた美女は心底から不満という顔をしたあと、大沢に向かって手を伸ばした。大沢はその手が何を求めているのか分からないのか。握手するように彼女の手を取った。彼女は握られた右手に左手を添えるとぎゅっと力を込めて「代金六千八百円になります」と微笑んた。


「痛い痛い! 委員長ちゃん痛い! それに高い」


 暴れる大沢の手を捨てるように彼女は手を離した。


「送料と私の人件費乗ってるんで当たり前でしょ?」


 ひどく渋い顔をして嫌がる大沢だったが、それを無視して上川が声を荒げる。


「先生! そいつは誰なんです! っていうかお前は一条院じゃないか!? その顔、その声、どこをから見てもお前は一条院楓じゃないか」


 私扱いされた美女は、顔を赤くする上川のほうを向くと首をかしげて「一条院楓? 誰それ? 私は町田飯店の町田紅葉まちだ・もみじよ。紅葉も楓も一緒の植物だけど、名前としてはまったく別」と馬鹿にするように肩をすくめた。なるほど、彼女が美女だと私が感じたのは、彼女の顔や体が私に似ていたからだ。この世には自分とよく似た人が三人いるというから、きっとそういうことなのに違いない。


「そんわけあるか! どこからどう見ようが一条院じゃないか」

「細かい人ですね。違うって言ってるんだから違うんです。以上、悪魔の証明終了」

「何も証明してないじゃないか!」


 上川が叫ぶが大沢と紅葉は気にする様子はない。


「大沢先生。もしかしてその人が、先生の言っていたすべてを解決してくれるかもしれない『委員長ちゃん』ですか?」


 小春が上川の困惑を無視して尋ねる。


「よく覚えてたな。桜崎。そうだ、彼女が俺に楽をさせてくれる万能『委員長ちゃん』だ」

「あの、先生。どういう説明してるのかは知りませんけど、私もう卒業生。委員長じゃないんで。先生の尻拭いとかお断りです」


 そういうと紅葉は岡持ちの扉を閉めて大沢の尻ポケットから財布を抜き出した。そして、一万円札を一枚抜き出して「毎度ありがとうございます」と言ってくるりと回転してもと来た扉のほうへ歩き出した。


「そういわずにちょっとだけ頼むよ。ほんのちょっとだけでいいからねっ」


 大沢が親指と人差し指の間にわずかな隙間を作ってそこから紅葉を覗き込む。


「えー、どうしようかな」

「おつり。全部上げるから」

「では、仕方ありませんね。三千二百円分はお手伝いをしましょう。と言ってもどうせ簡単なことしかないと思いますけど。どこから始めましょうか?」


 知らぬことなどないように紅葉は微笑むと斎藤と光岡に座るように促した。二人はかつて安達と私が座っていた席に着いた。その様子を上川は黙ってみていたがやはりこらえきれなかったようで「どこからも何もお前と大沢先生が手を組んで安達と川部を殺したんじゃないか」とぶちまけた。


「私が大沢先生と?」


 紅葉は彼女の顔と大沢の顔を交互に指さすと弾けるように笑った。


「ありえません。町田紅葉にはその間のアリバイがきちんと用意されているんです。」

「なにが町田だ。お前は一条院だろうが!」


 上川の追及に紅葉はもうめんどくさいというように白目をむくと「先生、面倒なんでいいですか?」と訊ねた。大沢は「仕方ない」とため息をついた。


「では許可も出ましたので、最初はリクエストも多い一条院楓殺人事件から解いていきましょう」

「殺人も何も一条院はお前で生きているじゃないか」

「いえいえ、分かりませんよ。一条院楓は一卵性双生児で生き別れの姉妹がいたのかもしれないし、お金持ちらしく整形でそっくりの替え玉を用意していたのかもしれません。あなたは彼女のすべてを知らないでしょ?」


 ありえない。そんなものはいるはずがない。だが、人は往々にして自分のことさえ完璧には理解していないものだ。そういうものが存在しないとは言い切れない。


「……まさか。そんな訳はない」

「まぁ、そうでしょうね。とはいえ、この屋敷で一条院楓は死んだことになっています。そして、その犯人は桜崎小春。あなたです」


 紅葉は小春を指さすと名探偵のようにふんぞり返った。


「えっ? 私がどうやってですか?」


 小春は微塵もうろたえるような様子も見せずに微笑んだ。その春の柔らかな日差しのような表情はどこまでも透き通っていて可愛らしかった。だけど細くなった瞳の奥だけが爛々と燃え上がるような輝きを宿していた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 幽霊から二子か、確かに本格にはありえない出場人物の揃いね [一言] 解決編楽しみです
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