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幽霊がいるならガールズトークしたい

 第三の殺人事件が起きた。


 殺されたのは臨時雇いの侍女だった川部唯子かわべ・ゆいこだった。これで死んだ者は私――一条院楓いちじょういん・かえで安達健次あだち・けんじに続いて川部の名前が刻まれたことになる。一つ残念なことがあるとすれば、今回も私と同じ幽霊に会えなかったことだ。


 殺された仲間同士。川部と犯人に対する恨みをガールズトークするのも悪くないと思ったのだが、なかなか幽霊というのは難しい。


「どうして、どうして川部君が……」


 血染めのコックコートの斎藤が誰もが知りたい疑問を口にした。だが、その答えを答えられるものはいなかった。いるとすればそれは犯人ということになるだろう。推理小説であれば名探偵が答えてくれるかもしれないが、生憎なことにこの場に名探偵はいない。きっと出張中なのかもしれない。


「……おかしいよ。これじゃ密室殺人じゃないか」


 結城は浴室内を見渡す。浴室の中には大人が五人ほどゆったりと浸かれる浴槽と洗い場の蛇口が三つ。窓は浴室の上のほうにあるが人がとおれるようなサイズではない。もし、関節という間接を外して脱出しようとしても窓に手をかけるには踏み台か何かが必要だ。何が言いたいか簡潔にいう。


 浴室内には外へ出る経路がなかった。

 そして入ってきた入り口は鍵が閉められていた。浴室しかも女子用となれば鍵は浴室の内側にしかない。

 扉が破られるまでこの浴室は間違いなく密室であった。


 その中で殺人が行われたのだとすれば、残るものがある。犯人と凶器である。


 しかし、この場には血だらけの凶器を握りしめた犯人の姿はない。長い沈黙と同時に室内にいたすべての人間が四方を食い入るように見つめる。浴槽のなか、水桶の小さな影、シャンプーとリンスのボトル。犯人が小人であったとしても隠れられる場所はなかった。


「犯人に襲われた川部さんが自分で鍵をかけたのではないのか?」


 上川が自身でも信じてなさそうな表情で密室殺人に再考をかける。だが、彼らは知っている。浴室に到るまでの廊下にも更衣室にも血痕は落ちていなかった。衣服からでも見える無数の外傷に腹部や脚部の服にこびりついた血液から川部が血を落とさずに浴室までたどり着けたとは考えられない。


「ここに来るまでのどこかに血が落ちていればそう思えたかもしれないけど……」

「だが、それじゃ犯人はどこへ消えたっていうんだ?」


 結城は押し黙る。密室殺人だということは彼にも分かる。だが、それがどうやって? と問いかけられれば彼には答えられない。


「そもそも、扉に鍵がかかっていたっていうのが気のせいだったんじゃないか?」


 御堂が結城に凄むように言う。確かに鍵がかかっていなかったのであれば出入りは自由だ。


「最初に扉に手をかけたのは私です。でも私の力ではビクともしませんでした」


 やや怖がった様子で小春がいう。それに続いて遺体にすがっていた斎藤が声を出す。


「僕も扉を開けられなかった。鍵がかかっていると思ったから蹴破ったんだ」


 斎藤はフレームがひしゃげてガラスが割れたまま地面に転がっている扉に目を向けたあと御堂を睨みつけた。その眼は御堂が余計なことをしなければ、川部が怒ってキッチンから出ていかず。死なずに済んだのではないかという糾弾が込められているようだった。


「……そんなの。お前と桜崎が口裏を合わせているんじゃないか? 誰が誰とどんな利害があるなんて分からないんだ」

「御堂! やめろ。小春は川部さんを見つけるまでずっと俺と一緒だった。川部さんを殺すことはできないし、利害関係を言い出せばこの場では誰も信用できなくなる。それに……川部さんと最後に争っていたのはお前なんだぞ」


 冷や水を浴びせられたように御堂が青い顔をする。


 顔を赤くして怒気を発したり、青くして怯えるような人間が殺人犯だなんて私にはとても思えないが、案外こういう小心者のほうが思い切った犯行をするのかもしれない。


「違う。俺はやってない。本当だ」

「御堂。分かってる。分かってるから下手に誰かを疑うのはやめてくれ」

「……分かりました」


 御堂が萎びた青菜野菜みたいになったところで小春がじっと川部の遺体を眺めていた。


 その見入り方は異様でガラス玉みたいな瞳に死体が入りそうなほど近づいていた。その様子に斎藤も光岡も驚いたようあった。


「どうかなさいましたか、桜崎様」


 光岡が小春を引きはがすように声をかける。


「川部さんの死体。小さくなってませんか?」


 小春は立ち上がると自分の太ももとお腹を指さした。


「私と川部さんって体型が近いと思ってたんですけど、いま倒れているのを見てたら腰回りとか太ももとか細く見えるんですよね」


 男性陣が小春と川部を見比べる。スカート越しの小春に比べて血でべったりと服が肌に張り付いた川部の身体は確かにどこか不自然に窪んでいるように見えた。斎藤が少し嫌な顔をしながら川部の服をまくり上げる。めった刺しにされたと思われた腹部は十字に切り開かれていた。スカートを太ももまで引き上げると腿の一部が切り取られていた。


 その一方で、首や腕などには乱雑に切られた跡があった。


「これは一体どういうことだ?」


 上川が首をひねる。被害者が犯人の手がかりを飲み込んでしまって腹から採りだしたというのはありうる話だが、太ももというのは想像外である。


「……もしかして犯人は川部さんの死体をバラバラにしようとしていたのでは?」


 光岡が手刀を腕に軽く当ててみせた。


「川部さんをバラバラにしても……。そうか」

「はい、一条院様の死体と一緒ではないでしょうか。死体をバラバラにしてどこかに隠そうとしたのです。現に一条院様の死体は忽然と消えたままです。なにより浴室というのは死体を処理するにはもってこいの場所です。血の汚れもここでは簡単に流せます」


 そうか。私の死体はもうバラバラなのか。ひどく嫌なことを言ってくれるものである。そうでなければいいなぁ、と人が思っていることをズバズバいうのは人権侵害ではないか。いや幽霊侵害ではないか。


「ということは犯人はここで死体を解体しているときに俺たちが向かっていることに気づいて逃げ出したのか?」

「それっておかしくないですか? 私たちがこの浴室に来るまでにはここにいる人間は全員そろってました。ここに向かっていることに気づいて逃げたならここにいない人になりますけど」


 小春は上川の考えに否定を伝えるが、上川は黙ったまま首を左右に振った。


「いや、いるじゃないか。この場にいない人間が」


 ピンとこない表情で小春が上川の次の言葉を待つ。


「大沢先生だよ」

「あっ!」


 大沢のことなど頭からさっぱり消えていたのだろう小春は今気づいたとばかりに大きな声をあげた。


「自分から拘束されたのはこのためだったんだ。きっと大沢先生は部屋から何らかの形で抜け出す方法をあらかじめ用意していたんだ。そして、自らが最大の容疑者だと名乗り出て監禁された。そして、頃合いを見計らって部屋を抜け出して川部さんを殺した。だが、ここで大沢先生の予想外のことが起きた」


 上川は小春の両肩に彼の両手を置くと「君だ。小春がいち早く異変に気付いて浴室に向かった」と微笑んだ。


「えっ? それのどこが予想外なんですか?」

「わからないかな? 大沢先生は川部さんの死体を完璧に処理したかったはずだ。でも、小春のおかげで処理は不完全。凶器も大沢先生は持って逃げるしかなかった。だから、ここには凶器がない」


 ならばどうやって浴室を密室にしたのかという疑問が残るが、部屋に監禁されながらするりと脱出できるような人間なら浴室を密室にすることもできるかもしれない。なんて言ってみるが大沢の大雑把な性格からそんなことができるかは随分と疑問である。


 もし、彼が犯人だとしたら彼は政治家に非常に向いた人間だ。私を騙すほどのタヌキとは考えたこともなかった。


「な、ならはやく大沢先生の部屋へ踏み込みましょう」


 御堂が興奮した顔で上川に突貫を申し出る。


「御堂。相手は三人も殺している。きちんと準備していこう。光岡、何でもいい。武器と防具になるものを用意してくれ」

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