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死者の上にアイスクリームを積み上げよう

 全三部作とか、なんとかシリーズという大作映画の私――一条院楓いちじょういん・かえでが嫌いな展開がある。前作の主人公とヒロインが別れたり、関係が悪くなっていて新たなシリーズでもう一回燃えあがって関係を修復するという流れである。


 この展開があるだけで「こいつらは危機的状況でなければお互いの愛を確かめることもできないのか」と完結後の関係も大体想像できてしまって観る気が失せるのである。どうせなら、話の序盤で前作のヒロインが恐竜に喰われてしまったり、主人公たちを守るために爆散するほうがすっきりする。このあとで主人公が新しいヒロインと付き合おうと構わない。


 その場合、主人公はやや人でなしのように見えるかもしれないが、死人に縛られて「俺はもうあんな体験はしたくないんだ」とか言って面倒くさいキャラクターになるよりは、次のパートナーと幸せになっているほうがよほどいい。


 これは私の考えなので人によっては愛を誓ったのならそれを一途に貫いてほしい、と望む人もいるだろう。きっとそれはロマンチックなことだ。永遠なんて存在しない世界で、変わらないことを願う。それはきっとどんなことよりも贅沢なことだ。札束をどれほど積み上げようと叶えることは難しいことだ。しかし、あえて私は尋ねたい。


「それって重くない?」


 お姫様になれない悪役令嬢のひがみを述べたところで話を戻そう。


 ひとの死というパンケーキの上に婚約という甘ったるいアイスクリームが乗せられた。見た目的には完成した瞬間が最高点で以降は溶けて垂れて無残になる。栄養的にはハイカロリーの一言だ。ただ、恋というのはそういうものだ。一つの恋物語のピークが求婚であるのなら、上川と小春の物語はここで終わってよいほどに盛り上がったと言える。


 ただ、終わらないのが人生であるし、なによりも殺人事件のど真ん中である。ここで終わることなどないのである。


「婚約なんて……ありがとうございます。でも何と言っていいか。私、私は……」


 上川に見えない角度で微笑みながら小春は、何とも慌てた様子を繕った。それが上川から見て小春が可愛く見える姿であることを彼女は十二分に知っていた。「婚約しよう」と言われて速攻で「イエス!」とがっつくような女性を上川が好まないことを考えてお礼だけ言って回答を誤魔化し、慌ててみせることでそんな言葉が来ると思ってもなかったと見せかける。


 およそヒロインと言われる人物が持つべき冷静さで彼女は、愛されるべき女性を演じて見せた。演じたというのはいささか失礼な言葉だったかもしれない。彼女にとってはそれが普通のことでなのだ。息をするように自然に彼女はヒロインなのである。


「大丈夫だ。安達のことは残念だけど、あの女が死んだいま俺たちの婚約を邪魔する奴はいない」

「あ……。それってまずいんじゃないですか?」

「まずいってなにがだい? 家柄だけの女が死んで俺たちが一緒になれるのにまずいことなどないさ」


 上川は何かにいやいやを繰り返す子供をあやすような甘い声で小春に言い聞かせる。だが、彼は気づくべきなのである。今回の事件で一番得したのは誰かということを。


 まず最初に殺された安達に関しては表面上は誰も得はしていない。

 次に殺された私――一条院は、主に上川と小春にとって旨味があった。現婚約者が犯人は誰であれ殺されたのである。婚約破棄だの言ってことを大きくする必要はない。大手を振って私との婚約をなかったことにできる。当然だ。相手は死んでいるのだから。


 死人に口なし。


 婚約破棄などナンセンスだ。一条院を殺せばそれで終わる、と割り切れば確かに快刀乱麻な解決策と言えるかもしれない。


「違うんです。楓さんが殺されて一番利益があったのが上川先輩なんです」

「……いや待ってくれ。俺はそんなことしていない」

「はい、私は上川先輩がそんなことできない人だって知ってます。でも、そうじゃない人は」

「俺に動機があると思うと」


 小春はコクンと頷いた。


「私が悪いんです。安達さんや楓さんの次に殺されるのが上川先輩だって言ったせいで、上川先輩が疑われることを見落としてしまったんです」

「それは小春が悪いわけじゃない。俺もそのことに気づかなかった。だが、俺が犯人じゃないと示すことはできる。安達だ。あいつを殺す動機が俺にはない」


 確かに上川に安達を殺す理由はない。


 だが、私には彼が犯人であった場合、安達が死ぬ場面が二つ見える。


「……楓さんを毒殺しようとして間違って安達さんに毒入りの紅茶を飲ませてしまったんじゃないですか?」

「待ってくれ。俺はそんなことしてない」

「例えば、あのとき砂糖を最初につかったのは上川先輩でした。普通、砂糖壷の砂糖を取るときは上のほうから使う分だけすくいあげます。先輩は最初につかうときに砂糖壷の下のほうに毒を仕込んだ。そして、私、御堂さん、結城さん、の分だけ砂糖を盛る。そうすれば四人目の楓さんのところで毒が出てくるというトリックとかどうですか?」


 確かにそれはできたかもしれない。しかし、上川にそれが思いつけるとは思えない。


「小春。君はいつも突飛な考えで俺に新しい発見をさせてくれる。それは嬉しい。だけど、今回ばかりは無理なんだ」

「どうしてですか?」

「一条院は紅茶でもコーヒーでも砂糖を入れないんだ。だから、それはトリックにならない」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎回毎回楓嬢のツッコミが楽しいシリーズ 本質としては探偵がいない連続殺人けど、 楓嬢の視点はかなり曖昧な立ち位置な故、 異色なミステリ感を感じるわね [気になる点] 楓嬢は自称悪役令嬢けど…
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