都合が悪くなるとすぐ大人は引き籠るよね
探し物は見つからないから探し物である。
私――一条院楓の死体が部屋から消えたことが屋敷にいる皆に伝えられると様々な反応があった。かつての婚約者であった上川俊也は「どうして死体が消える? きっとどこかにあるはずだ。犯人が持っていったならきっと死体になにか犯人を示す証拠があるんだ」と興奮した様子で取り巻き達とすぐにでも探しに行こうとした。
臨時で雇われたメイドの川部唯子は死体が消えたことを知ると、顔をこわばらせて「なんなのよ。この屋敷は人殺しの次は死体が消えるって。私は関係ないのに」と世界のすべてを憎しむような暗い顔をした。確かに彼女の立場であれば、自分が巻き込まれただけだと思うのは当然だ。
とはいえ、ミステリー小説などでは全く関係がないと思われた人物と登場人物に秘められた関係があり、それが犯行の動機だったというものがある。大抵の場合は、暗い過去があってそれが動機となるのだが、私はそういう動機が好きじゃない。
例えば、娘がいじめを苦にして自殺した親がいて、その加害者を殺したとする。確かに「ああ、殺したくなると思うよね」とは同意できる。でも、それだけだ。何の面白みもない。ミステリー小説は娯楽なのである。どうせなら、理解できないほどぶっ飛んでいるほうが面白い。
ある日、街で肩がぶつかった相手に執着して、全く別な出会い方をして殺す。あるいは、テレビの占いで「今日のラッキーナンバーは七」と出ていたので主席番号が七の生徒を殺した。なんてもののほうがよほど面白いし、楽しめる。なんて好みの動機の話をしたが、いま起きているのは娯楽じゃない殺人事件だ。やはりそれなりの動機ってものがあるはずである。いまのところ殺された二人である。私と安達健次の共通点は同じ高校のクラスメイトということくらいしかない。
そんな訳なのだろう。
共通点に関わるある男が皆の前で高らかに宣言をしていた。
「というわけで、俺は今から責任を取って部屋に籠るから救助が着たら教えてくれ」
大沢は厨房から拝借した大量の食料と飲料を袋に詰め込んで、まったく責任を感じているとは思えない表情だった。なんの『責任』をとるために部屋に籠るか言わない当たり、政治家の息子はやはり政治家なのかもしれないと思うが、大沢のいまの職業は教師である。責任というのなら最後まで生徒の安全を確保することに違いない。
「えっ? 大沢先生まで死亡フラグですか?」
場の空気を読まないのか。読めないのかひどく真剣な顔で桜崎小春が尋ねる。
「嫌なこと言うね。一条院のことがあるからこっちは殺されるかもって思ってるのにさ」
「別に犯人は密室に人がいるから殺すわけじゃないと思いますけど?」
「分からないよ。犯人は密室殺人をしたいだけの密室変態かもしれない」
うへへ、こんなところに良い密室があるじゃねぇーか。これは殺さねぇと、というのだろうか。もし、そんな変態がいるのだとしてそんなのに殺されたのだとしたら私も死んでも死にきれない。一生にわたって「お前の後ろだ!」と脅かし続けることになるだろう。
「本気で言ってます?」
「いや、まったく」
大沢はあっさりした白状をすると小春をのぞいた皆の顔を眺めて「一条院の死を確認したのも俺だし、鍵のことも俺が確認しておくべきだった。俺が犯人かもしれない、と思う人間は少なからずいるだろうから俺は俺のために部屋に引き籠るよ」と苦笑いした。
確かに私の死を確認したのは大沢だけだ。他の人間は血まみれの布団からはみ出した髪しか見ていない。これが私だったら一条院を殺したのは別の場所なのではないかと疑うだろう。密室の外で私を殺して、髪と血液だけを持って私の部屋の布団に血を吸わせ、髪を部屋の外からでも見えるように布団の外へ出しておく。あとは大沢が部屋の鍵をかけて朝に部屋が密室であることを他の人間に教えて開けてやればいい。
それだけで騙される人間は私が密室内で殺されたと思うだろう。そして、警察が来るまでに死体を部屋の中に戻せば、立派な密室殺人の完成だ。のちに小春が私の部屋に入れたのは死体を戻そうと鍵を開けていたときだと言えば筋も通るに違いない。
私の死体をバラバラにして外へ運び出すよりこちらのほうがよほど簡単だ。
だが、大沢がそんなことをする必要があるのかは疑問が残るし、死体をどこに隠しているのか、という疑問が残る。この屋敷の中は上川ら少年探偵団が凶器を探して家探しをしたあとだ。少なくとも私の死体という大きな探し物は見つかっていない。
「私は賛成です。犯人である可能性がある人を隔離できるならそっちのほうが安全でしょう。お互いに」
一番の部外者である川部が手を挙げる。
その反応を見てシェフの斎藤も「そうですね」とゆっくり手を挙げる。それを見た執事の光岡が「残念ですが、大沢先生が一番可能性があるのだとすればいたし方ありません」とそれを認めた。上川とその取巻きたちもそれに合わせて頷くと大沢は部屋に入っていった。
「大沢先生、なにか最後に言いたいことありますか?」
「桜崎。人が死ぬみたいなこと言うなよ。まぁ、あれだな。炒飯喰いたいな」
「それが遺言でいいんですか?」
「なにお前、死神か何かなの? 俺は生きて帰るつもりだから炒飯喰いたいでいいんだよ」
「分かりました。それではまた」
小春が手を振って別れを告げると大沢は部屋の中に入り、上川たちの手によって扉の前に家具やロープを使ったバリケードが作られる。これで大沢は外へは出られないし、外からも中へ入れない。
「これは先生を守るシェルターを作らされただけなんじゃ」
上川は最後の椅子を積み上げて中に入った大沢に声をかけた。
「そんなことないよ。少なくとも君たちから見て一番怪しいのは俺だろう」
「まぁ、先生は俺たちの必ずしも味方ってわけじゃないですけど。生徒を殺したいと考えているとは見えませんでした」
上川は、これまでの大沢との関係を思い返しているのだろう。閉じられた扉に真面目な目を向けていた。
「青いなぁ。これは大人からの忠告だよ。大人っていうのはいくらでも面の皮を厚くできるものなんだ。その目的はさまざまだけど、多いのは権力や金のためだ。稀に自尊心や愛とか友情ということもあるけど。本心をまともに打ち明けられるのは若いうちの特権さ。例えば、婚約破棄をしたいって大人になってから周りに相談してみな。良くも悪くもいろんな大人の食い物にされる。それは請け負ってもいい。
そんな感じで心の奥で殺意があっても握手できるのが大人だ。そして、都合が悪くなるとすぐに表に出なくなるのが政治家だ。俺は政治家の息子だからね。都合が悪くなれば、こうやってあっさり引き込むよ」
「……それは、先生が犯人だったって話ですか?」
上川の問いかけに扉が笑う。
「それはないよ。少なくともいまの俺は教師だからね。生徒を殺しはしないさ」
「先生がそこまで教師という職業にこだわりがあるとは知りませんでした」
「大切なことは隠しておく主義なんだ。普段薄っぺらい人間がたまにこだわりを見せるとプロフェッショナルな雰囲気があるだろ」
薄さはどちらにしても変わらないと私は思う。
ただ、同じ薄っぺらでも素材によっては大きく本質が変わることは事実だ。紙に金色のメッキをしてもそれは金箔にはならない。表面に与えられた役割がそのまま本質だったら世界はきっと単純でもっと生きやすいに違いない。
教師という役割。
私なら悪役令嬢という役割。
上川であれば金持ちのぼんぼんだろうか。それが本質ではない。だが、目に見えるのは役割という表面だ。
「今日はずいぶんと教師らしいですね」
「そこはいつも大沢先生は教師らしいですね。だろ上川」
「まともなことばかり言っていると本当に小春の言う通り死亡フラグになりますよ」
「俺は死なないさ。そのためのシェルターを作らせたんだ」
大沢が中から扉を叩いているのかカンカンと密度のある木を叩く音がする。
「それが目的なほうが先生らしいですよ」
「あのさ。お前らは先生を甘く見すぎだ。こうやってセルフ監禁されることで次に誰かが殺されたとき、俺は犯人候補から外れる。それが本当の目的なんだとか思ってくれないかね?」
「……次がないほうがいいんですけど」
「俺もそうさ。だけど、最悪は考えるべきだ。なにより次に誰かが死んだとき除外できる人がいれば頼りやすいだろ?」
殺人事件がまだ続くと予言しているような発言だった。
だが、私も大沢の考えは正しいと思う。より正しいことを言えば、全員が部屋に引き籠って助けが来るまで出てこなければいいのだ。とはいえ、そのつもりで最初に引き籠った挙句に殺されたのが私である。ある意味、大沢の自主監禁は私の引き籠りの強化版である。
鍵をかけて外にバリケードを築いて「殺せるものなら殺してみろ」と籠城である。
「そういって次があっても部屋に閉じこもる気じゃないですか?」
「そのときはお前らが扉を壊してでも開けるだろ?」
「……開けますね」
私は思う。もし、密室があれば絶対に密室殺人を起こす変態がいるとして密室の中に人を入れるとする。そうすれば、部屋を開けるまで中の人間が生きているのか死んでいるのか分からない。シュレディンガーの密室ができるのではないか。
とはいえ、そもそも人間というのは生きているか。死んでいるか。二択なのだ。
わざわざ密室にする必要はない。