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私の死体がどこにあるか知りませんか?

 大沢一おおさわ・はじめがここにいない人間のくだらない話を終えると、食堂にいた全員が口を閉ざした。第一の殺人で安達健次あだち・けんじを殺すのに使われた毒物はこの別荘にいるすべての人間が手に入れられる状況にあり、犯人が安達に毒殺した方法も分からない。もし、私――一条院楓いちじょういん・かえでが生きていたとしてもこの状況ではこういうだろう。


「こんな殺人犯がいる場所にはいられないわ。私は部屋に籠らせてもらいます」


 とはいえ、こういう死亡フラグ丸出しなセリフを吐いた挙句に第二の殺人の被害者になったのが『私』である。いまも私の部屋では腹部をめった刺しにされた私の身体が横たわっているに違いない。できることなら綺麗に死体を保管してほしいと思うのだが、私の死体を発見した大沢はすごく適当に顔をシーツで隠しただけなので、髪も乱れっぱなしだ。


 こういうデリカシーのなさが大沢の人としても教師としても悪いところに違いない。


「あ、あのう」


 気まずい食堂で一番に声を出したのはシェフの斎藤隆さいとう・たかしだった。短く刈り上げた清潔感のある髪型に少し神経質そうな顔をした彼はゆっくりと食堂にいる全員を見渡した。コックコートを着ていない彼を見るのは初めてだった。黒い綿パンに黒いTシャツ。コックコートの白とは真逆の色合いだ。


「川部とも話していたのですが、安達君と一条院さんの死体なんですが、常温のままだと腐敗が進むと思うので、厨房にある氷で冷やしておきませんか?」


 死体の腐敗というのは考えたことがなかった。


 順調にいけば、一日後くらいには助けが来るに違いないが、そこから司法解剖。さらにお通夜。葬式となると私の死体は誰かにお見せできるような美しさを保つことはできないに違いない。いくら最終的には火葬されるとはいえ腐敗臭を抑えるくらいのことはしてほしい。


「それは考えておりませんでした」


 執事の光岡ははっとしたような顔で立ち上がる。


「そんなことしたら死亡推定時刻が分からなくなってしまうんじゃないですか?」


 いますぐにでも氷を設置に行きそうだった光岡に冷や水を浴びせたのは私の元婚約者である上川俊也うえかわ・しゅんやであった。先ほどまでは自分たちの考えが裏目に出てしゅんと雨に濡れたチワワのようになっていたのに、復活したらしい。


「若様。それでは安達様や一条院様のご遺体は……?」

「そのままにするべきじゃないか。推理小説でもよく死体を温めたり、冷やしたりして死亡時刻を偽装するトリックが出てくる」


 それは確かによく見るが死体を腐らせるのは良くない。ええ、とても良くない。


「それは今回は大丈夫だよ」


 上川の心配を打ち消すように大沢が頼りなさそうに笑う。


「大沢先生、どうしてですか?」

「簡単なことだよ。安達が死んだのは俺たちの目の前で時刻も分かっている。一条院は、あいつが部屋に閉じこもってから朝までの間だ。それが一、二時間ズレたところで容疑者はここにいる七人だけでだよ。遠くにいてアリバイがあるとか言って死亡時刻を操作する必要があるような人間はいない。つまり、死亡推定時刻は今回にあってはどうでもいいんだよ」


 強引な話であるが、大沢の言うとおりである。

 珍しく良いことを言った大沢に感心しつつ、私は早く死体を冷やしてほしい。それも一刻も早くだ。


「……そういうことなら」


 上川は渋々と言ったような様子で認めた。


「では、上川たちは安達の死体のほうを頼んだ。俺は一条院のほうをやろう」

「はい、先生。私も楓さんのほうでいいですか?」


 手を挙げて桜崎小春さくらざき・こはるは大沢の許可を取った。


「桜崎。別にここにいてもいいぞ。一条院とはいえ死体だからな。見ても楽しいもんじゃない」

「それはそうかもしれないですけど何もしないっていうのも気が引けるので……。それに楓さんの死体を整えてあげないと」


 大沢は少し考えたあと「では頼もうか」と認めたが「気分が悪くなったらすぐに戻ること」と教師らしく条件を付けた。死体を保管するための氷を光岡、斎藤、メイドの川部の三人が厨房に取りに行き、安達の部屋には上川ら少年探偵団の三人が、私の部屋には大沢と小春が先に向かった。


「死体を整えるというのは考えてなかった」


 大沢が冗談めかして言うと「楓さんが聞いていたら怒りますよ。もう死んでますけど」と私を代弁するように怒って見せた。大沢はそんなこと気にならないのか「まぁまぁ、僕だって殺人事件に出くわしたことないんだから」と偉大な人生の先輩らしいことを言っていた。実に頼りになる話である。


「私もそうですよ。殺人事件に出くわすことって人生でどれくらいの確率なんでしょうね」

「さぁ、分からないけど宝くじと同じくらいじゃないかな。どちらも知り合いが出くわしたとは聞かない」

「それって当たっても言わないだけじゃないですか? 殺人事件に出くわしたはやましいことがあるから言えない。宝くじは先生が会ったことのない親戚になるから言わない」


 小春の言葉のままなら確実にその知り合いは殺人事件の犯人であるし。後者の場合、小春の中の大沢はかなり金に汚いようだった。


「そうか、それは考えても見なかった。だが、よく一条院の死体を整えるなんて思いついたな?」

「少し前に楓さんの部屋に入ったとき、シーツから楓さんの髪が乱れて見えてました。だから可哀そうだなって」

「……桜崎。お前いつ一条院の部屋に入った?」

「先生が斎藤さんとのお喋りに夢中になっているときです」

「嘘だろ?」


 桜崎の言葉に顔色を変えた大沢は珍しく走り出すと、私の部屋のドアを慌てて回した。ドアノブは何かに遮られることなくスムーズに回転した。ドアの中の部屋は明かりがついてないために薄暗いが、ベッドの上にかけられたシーツと布団は人の形を浮かべており、シーツからは長い髪の毛が生き物のようにはみ出していた。


 ただ、今朝と違うことは布団に染み付いた大量の血液がいよいよ腐りだしているのか生臭い匂いがした。おそらく、安達の死体のほうは外傷がないのでこのようなにおいはしないに違いない。


「もー、どうして急に走るんですか?」

「朝、俺と光岡さんは一条院の死体を見つけときに部屋に鍵をかけたんだ。どうしてそれが開いている?」


 ドアノブを握ったまま部屋の中を見つめる大沢に、桜崎は「でも、私が朝食後に来たときは開いてましたよ」と先ほど同じことを言った。


「お二人とも氷をお持ちしました。あとシーツも追加で」


 扉の中に入れずに立ち尽くす二人の背後から光岡の声がした。彼は透明なビニール袋に入れられた氷の袋を真新しいシーツに乗せて立っていた。


「光岡さん、朝食の前にこの部屋に鍵をかけましたよね?」

「はい、私と大沢先生で鍵をかけました。それがどうかしましたか?」

「それが……ドアが開いているのです」

「まさか? あのあと鍵を開けるようなことはなかったはずです」

「上川たちが部屋を探索していたときも?」

「一条院様のご遺体がありますのでこの部屋は調べておりません。」


 二人が黙り込む。


「先生、私がこの部屋に入ったのは上川先輩たちが家探しをする前ですよ。だからドアはその前から開いていたと思うんです」

「だとすれば、ほとんど鍵を閉めてすぐくらいに開けられていることになるのか? 光岡さん、鍵は?」

「この部屋本来の鍵と私が持っているマスターキーだけです」


 光岡は彼の腰にかけていた鍵束を見せる。


「だとすれば、この部屋の本来の鍵か」

「確かにご遺体を見つけたときは鍵まで見ておりませんでした」

「ということは一条院を殺した犯人は鍵を持ち出していたということか」

「先生。逆じゃないですか?」


 桜崎は大沢をドアの前から追い立てるとドアの前に立った。


「まず、楓さんは夜のティータイムのあと部屋に籠りました。でも朝には死体で見つかった。殺人犯と居たくないって言っていた楓さんが自分から部屋を開けたとは思えませんよね? 開けるとしてもそれはきっと相当な仲良しさんだけだと思うんです。でも、楓さんは寝ている間に刺されて殺された。ってことは犯人は最初からこの部屋の鍵を持っていたんじゃないですか?」


 桜崎は鍵を持っているような素振りで鍵穴を触る。


「だとすれば、犯人はこの部屋を自由に開け閉めできたことになる。だが、どうして後になってこの部屋を開けておいたんだ?」


 事件後になってこの部屋の鍵を開ける理由はなにか?


 単純に考えれば、なにか証拠になるものを部屋に残していたことに気づいた。ということになるだろうが、それならどうして鍵をもう一度締めなかったのかという疑問が残る。大沢は黙り込んだまま部屋の中に入ると、ゆっくりとベッドに近づくと布団をめくった。


 血を吸った布団は重かったのか鈍い音を立てて床に落ちた。それと共に無数の黒い髪が舞った。

 私の死体があると思われた場所には枕や私の荷物が入ったカバンが置かれて、私の似姿を布団の表面に浮かべていたらしい。


「おいおい、一条院の死体はどこに消えたんだ?」

「犯人は楓さんの死体が欲しかったんでしょうか?」

「桜崎、やめてくれよ。そんなホラーみたいな話。俺は聞きたくないぞ」


 私の死体は消えていた。


 こうなると私も知りたいものである。


「私の死体どこにあるか知りませんか?」

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