脇役はいつだってゆらゆらと震える
子供のころから疑問だったことがある。
よく物語に登場するヒーローは弱い者のために怒り、強者に立ち向かっていく。強者を打ち倒したヒーローは弱い者を厚遇し、かつての強者に過酷ともいえる仕置きをして物語はめでたしめでたしでしめられる。私――一条院楓にはそれがただ強者と弱者を入れ替えるだけの物語にしか思えなかった。なによりもヒーローが肩入れしたほうが正しいという話のあり方が理解できずに父に尋ねたことがある。
「どうして、ヒーローは本当に正しいの?」
私の質問に父は少しだけ困ってから小声で「勝ったから正しいんだよ」と内緒話のように教えてくれた。結局のところヒーローという一番の強者にとって二番や三番を挿げ替えることなど簡単なことでそれに正しいということはなかったのだ。
それから十年後、私は同じ質問をうっかりしてしまった。
分かりきっていることなのにと後悔したが、質問を受けた相手は意外にも真剣に答えを考えてくれたらしく「ヒーロー自体はただの力だ。正しいもない。だから周りがその力の向きを整えてやるのさ」とどうにもさえない顔をで答えた。私はその言葉を聞いて柄にもなく大笑いをした。そんなのヒーローがまるで脇役のようじゃないか。だが、相手は自分がまさに主人公だというような顔をした。
本当にくだらない話だった。だけど、その会話が大きな分水嶺であった。
私の世界のヒーローがただの脇役になったあとでも、ヒーローそのものを主人公だと考えている人は多い。そのうちの一人が上川俊也の取り巻きである御堂達也であった。彼にとって上川の存在はある種の基準点であった。上川に合わせていれば、彼の実家の力や彼に忖度する人々から援助を受けることができる。そのおかげでこれまでにも多くの幸運が彼に訪れていた。
だから、御堂は上川が私と付き合うと言えば一、二もなく同意をしたし、小春が可愛らしく健気であると上川の目に留まれば、私のことを非難し、小春を持ち上げるセリフをインコのように繰り返した。そうすることで上川の気分が良くなったり、彼のやりたいことがスムーズになればより一層、御堂は多くの恩恵を受けられるのだ。
だから、上川の命が狙われているのだとすれば何が何でも守るというのが御堂の本心であった。
ゆえに、御堂は同じ取り巻きである結城俊がそれほど熱心でないことに不満だった。上川という太陽が沈めば自分たちは暗闇の中に落とされるということが分からないのか。結城につかみかかりたい衝動を覚えながら御堂は上川の様子をじっと見つめていた。
「御堂。そんなに気を張るなよ。大丈夫。犯人が誰だって俺たちならなんとかできる。それに安達の仇だって討たないとな」
苛立つ御堂を察してか上川が言うが、御堂にとって殺された安達のことはほぼどうでもよかった。友人として安達は悪い奴ではなかった。だが、御堂に何を与えてくれるわけではない。むしろ、上川から零れ落ちてくる余慶を分かち合っているような存在だ。
いなくなったところで困らないというのが御堂の正直な気持ちだったに違いない。
「ええ、本当です。俺たちの大事な仲間である安達を殺されて黙ったままじゃいられませんよ」
本心と全く違いながらも怒りを露わにすると上川は「そうだ」と深くうなずいた。その様子を見ながら御堂は上川の悪い癖が出ているな、と内心で苛立ちを覚えた。上川は昔から正義の味方であることを好んだ。根暗で勉強ばかりしていていじめられている生徒がいれば助け、不幸な身の上で女子からいびられている女生徒がいればそれも助けた。そのたびに御堂は、上川の言葉に従っていじめの主犯に突っかかったり、女生徒たちを非難しなければならなかった。
助けられた生徒は上川に感謝を告げ、それらを見ていた純朴な生徒たちも上川を褒めたたえる。そのためにいろいろと骨を折った御堂にはだれも賛辞を向けない。それが、彼には腹立たしい。とくにかつて助けられたはずの結城が「本当に狙われているのが上川君なのかな」と疑問を口にしたり、ただ可愛いだけで持ち上げられている桜崎に何を言われるのが腹が立つ。
上川のために最も働いているのは自分なのに、助けられた奴らは全くそのことに気づいていない。
正義の味方を味方たらしめているのは自分のはずなのである。
「しかし、誰が安達を殺したのだろう?」
結城が首をかしげる。その言葉もしぐさも御堂には気にくわなかった。犯人など誰でもいい。将棋と同じだ王さえ守れればいいのだ。上川という王を守り切れば自分たちの未来は保証される。就職先で失敗しても上川を頼ればいい。昔の仲間を無下にするなど正義の味方である上川にはできないのだ。
「一条院の奴が一番怪しかったのに殺されたというしな」
別に私だって殺されたくて殺されたわけではない。だが、生きていれば間違いなく御堂の言うように疑われていたに違いない。疑われるだけであればいいが正義の味方という加減を知らない暴徒に襲われでもすれば無事では済まなかったかもしれない。
死んでいるのに無事も何もないが、死に方というものくらい多少は選びたいものである。
いまの時代はなんでも自由というが死ということだけはいまだに選べない。そういう意味ではまだまだ不自由な時代だと思うが別に話には関係ない。
「そのことなんだけど、本当に一条院さんは死んだのかな?」
結城が疑問を口にする。
「それはどういう意味だ?」
上川が身を乗り出して結城に詰め寄る。
「タイミングが良すぎると思うんだ。安達君が殺されて、一番の容疑者である一条院さんも殺された。……だけどだよ。僕たちは一条院さんの死体も見ていない。大沢先生と執事の光岡さんから聞いただけだ。もしかしたら彼女は生きているんじゃないか?」
「そんなことしてどうする? 大沢先生一人なら一条院をかばうことがあるかもしれないが、執事の光岡がそんな嘘をつくことはない」
反論を口にする上川に結城は何も言えずに黙ってしまった。御堂はそれを見て少しだけ留飲を下げた。そんな細かいことはどうでもいいのだ。一も二もなく上川を守ればそれでことは足りるのだ。単純な理も分からない結城に御堂はもう一度言う。
「結城。そんなことよりもどうやって上川君を守るかだ。これ以上大事な仲間を失うわけにはいかない」
もっともらしい友情を口にして御堂は少しの快感を感じた。
正論というのは、反論があっても相手を黙らせることができる。それが効果的かは関係ない。ただ正しいということに意味があるのだ。
「そうはいっても僕たちがこうして三人で一緒にいることが何よりの防御じゃないか」
「防御はこれでいいだろう。でも、このままというのはダメだ。攻めていかないと。そうでしょ? 上川君」
「ああ、そうだ。俺もわが身可愛さで引きこもっているわけにもいかないと思っていたところだ」
「そこでだ。安達を殺した毒薬を探そう。犯人が持っているのは確実なんだ。部屋を探していけば絶対に見つかる」
「……でも毒を探しに僕たちが部屋を離れれば上川君が一人になってしまうじゃないか」
「結城。そうじゃない。三人で一緒に家探しをするんだ。あとの人間はまとめて食堂に座らせておけばいい。もし、そこで変な動きをする奴がいれば、それが犯人だ」
「なるほど、御堂。いい考えだよ。すぐに光岡に他の人間を集めるように言って俺たちは毒を探そう」
上川が納得したことで少年探偵団たちの次の目的が決まった。