間話 異世界人の妻達に桃太郎を聞かせたら話が進まない件
とある日の昼下がりの事だった。
「俺がいた世界の昔話?」
アンジェラが元居た世界の昔話を聞かせて欲しいと言って来た。
「いいけどそれまたどうして?」
「ほら、今後子どもが産まれた時に色々なお話を聞かせてあげたいなって思うの。この世界にもお話はたくさんあるけどナナシさんがいた世界のお話も知りたいなって」
なるほど。
そういうことならあれだろう。
日本人の過半数が聞いた事がある定番の昔話『桃太郎』を語る事にしよう。
アンジェラがメイシーとリゼットを呼んできて俺は彼女らに『桃太郎』を語る事にした。
「むかしむかし、ある所におじいさんとおばあさんが居ました。おじいさんは山にしばかりに行きました……」
「ちょっと待ってください。おじいさんは何で芝生を刈りに行ったのですか?」
なるほど、メイシーの疑問も最もだ。
実は俺も子どもの頃は同じことを思っていた。
「ここで言う『しば』というのは小さな雑木や枝の総称で薪として使うものだ。だから薪を取りに行ったと考えればいい」
すると今度はリゼットが手を挙げる。
「お兄さん、おじいさんは何かしら武装をして行ったの?でないとモンスターに襲われるよね?」
「そうですね。もしかしたらおじいさんは歴戦の冒険者かもしれません。武器の扱いにもたけていると推測できます」
いや、武装して薪を取りに行くおじいさんなんて聞いた事が無いぞ。
「まあ、その辺は想像に任せるよ。えーと……おばあさんは川に洗濯へ行きました。おばあさんが洗濯をしていると川上からどんぶらこっこ……」
「お兄さん、その『どんぶらこっこ』って何!?」
そりゃそうだよな。
「魔法の詠唱みたいなものかしらね。川で詠唱しているなら水タイプの魔法かしらね」
アンジェラが真剣な表情で考察している。
「すまん。残念ながら『どんぶらこっこ』とは揺れながら流れていることを指すただの擬音だ。続けるぞ?川上からどんぶらこっこ、大層大きな桃が流れてきました」
「ちょっと待って。大層大きいって簡単に言うけれどどれくらい?」
と、アンジェラ。
どれくらいかと?
なるほど、確かに気になる情報かもしれない。
たしか人ほど大きい桃だった。
俺は手でこれくらいだと示す。
「そんなに!?それはモンスターの類じゃあないの!?」
「ですね。そんな桃は不可解すぎます。モンスターの擬態かもしれません」
「そう言えばミミックピーチっていうモンスターが居るよ?お兄さんの世界にもそいつが!?」
えーと、桃に擬態するモンスターかな?
ミミックと聞くと宝箱に擬態するやつが有名だとは思うが……
「続けるな?おばあさんは桃を担いで家に帰りました」
『担げるの!?』とかツッコミが来るかと思ったが特に無かった。
うーむ、気にする基準がわからない。
「おじいさんが帰ってきた後、一緒に食べようとおばあさんは包丁で桃を一刀両断しました」
「おばあさんは短剣適性Aくらいかもしれませんね」
あー、確かにそうかもしれないな。
「すると中から『おぎゃー』と元気な男の子が生まれました」
「「「ちょっと待って!!!」」」
3人が同時に声を上げた。
うん、わかってた。
「あなたの世界では桃から赤ちゃんが生まれるの!?ということはもしかしてあなたも……」
「いや待て。これは昔話。童話だ。この世界にもあるだろう?何か人とは別のものから生まれてくる不思議な子どもの話とか」
言われて皆が顔を見合わせる。
「『宝箱トニー』とかその系統ですかね」
「そうね。よく似ているわ」
何それ?
宝箱から赤ちゃん?
それってコインロッカーベビーの類じゃないだろうか?
コンプライアンス大丈夫?
「キャベツを割ると出てくるお姫様の話もありますね」
なるほど。この世界では赤ちゃんはキャベツ畑から生まれてくるとかではなくガチでキャベツから生まれる話があるのか。
「えーと……桃から生まれたのでふたりは『桃太郎』と名付けました。桃太郎はみるみる大きくなっていきあっという間に一派な青年に成長しました」
またツッコミは無い。
どういう基準なのだろうか?
「その頃、都では鬼が暴れており人々を困らせていました。それを聞いた桃太郎は鬼退治に出かけることを決めたのです」
「ちょっと待ってください。都の警備隊はどうしたのですか?」
「多分、手も足も出ないくらい鬼が強かったんだね」
「そうね。そこで主人公である桃太郎の登場ね。何かその辺りはナナシさんによく似ているわね」
「じゃあやはりナナシさんは桃から生まれたのでしょうか?」
いや、俺の親は人間です……多分、そうだよな?
「旅立つ桃太郎におじいさんは武器防具一式を持たせ、おばあさんは力の出る……団子を渡しました」
恐らく『きびだんご』でまた話が止まる。
ここは普通に団子としておこう。
だがここで俺は気づくべきだった。
この後、最大の難所に突入するということに……
「桃太郎が歩いていると前から犬がやって来ました。犬は言いました。『桃太郎さん、お腰につけたお団子、ボクにひとつくださいな。そしたら家来になります』と」
「「「ちょっと待って!!!」」」
3人が同時に声を上げた。
「喋る犬ってあれじゃないの、ほらメイシーが飼ってたあの……」
「えーと何だっけ、あの犬の名前……」
おいおい、飼ってたわけじゃなく一応は仲間だったんだから思い出してやれよ。
「えーと、何でしたっけ?」
「いや、メイ。君だけは絶対覚えていてあげようよ、アカツキだろ?」
「そうです。アカツキ。まさかアカツキの起源が異世界にあったとは……」
いや、あいつ一応元人間な?
「ということはあまり役に立たない可能性があるわね」
「多分メス犬を見つけてどこかへ行っちゃうよ」
そんな無能な犬が登場する『桃太郎』はありません。
「まさかアカツキもお父様が同じような経緯で拾って来た?」
「可能性はあるわね。そしてこの犬、団子ごときで家来になって鬼との戦いに同行しようって言う酔狂よ。ただものじゃあないわ」
「ボクもそれを思った。でももしかしたら特殊なスキルを持っているかもしれないよね?」
いや、多分噛みつき攻撃をするだけだったと思う。
ちょっと待て、この後サルとキジが出てくるよな?
犬でこの調子だとどうなる!?
結局、『桃太郎』を話し終えるまで30分近くかかった。
おかしいな。桃太郎ってもっとお手軽な物語だった思うけど……
そして『桃太郎』に関する3人の感想はというと……
「桃太郎、ビームを撃たなかったわね」
「犬も地味な活躍でしたね」
「でも鬼系モンスターと渡り合えるってすごいよね。もしかしてお兄さんの先祖とかかな?」
いや、あれはフィクションだからね?
というかこの調子だと……将来子どもに話をしてあげる時は色々とアレンジした方が良さそうだな……
読んでくださってありがとうございます。
今回は間話ですが本編なども面白い、続きが読みたいと思った方は是非、評価とブクマをよろしくお願いします。




