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第85話 兄との対決

――ベリアーノ市・第3区レム屋敷――


「やっと見つけたぞ、リーゼロッテ。少し見ない間に大きくなったな」


 イリスタリア・ラムアジン……イリス王国の第1王子。

 ボクの9つ上の兄。


「あっ……ああ……」


 振り切ったはずの過去が追いかけて来た。

 心に重くのしかかるものを感じながらボクはゆっくりと後ずさる。


「リーゼロッテ。この数年間、お前が何をしていたかは知らぬ。だが、こうやって再会した以上……私と一緒に来てもらおう」


 連れ戻される。

 そして恐らくボクは反逆者なりの汚名を着せられて……


「い、嫌だ……」


「何だと?兄のいう事が聞けないのか!?」


 兄が家の中に入ってくる。


「嫌だよ……」


 ここはようやく手に入れた穏やかな場所。

 ボクはここでみんなと暮らす。

 お兄さんとの間に生まれた子供を育て合いながら穏やかに……たったそれだけのささやかな夢なのに……


「この私の言う事が聞けないという事はそれなりの理由があるのだろうな?」


 ものすごい威圧感。

 流石、第1王子だ。


「そ、その……ぼ、ボクは……」


 何か言わなくては。

 でないとこのままボクは連れて行かれてしまう。そして未来が本当に無くなってしまう。

 何か、何か言わなくては……


「えっと、ボクは……ボクは今ここで留守番をしているから、その……」


 ああ、何を言っているのだろう。

 こんな時に何て馬鹿な事を!


「何っ、る、留守番だと…………そ、そうか。それは確かにいかんな」


 あれ?

 今この人なんて言った?


「家の留守を預かっているというのに勝手にいなくなってしまうのはその、家主に悪いな……その家主は今何をしているのだ?」


「え?えっと……仕事?」


 ウチの家長はアンジェラだから合っているよね?


「なるほど……働きに出ているのか。うん、これはどうしたものかな……なぁ、ロッシ」


「押忍!家主さんに失礼だと思います!!」


 兄の後ろにいる頭の悪そうな男が同意している。

 何だか無駄に一番濃い鉛筆とかを使っていそうな人だ。


「うむ。仕方がない。ここは少し待たせてもらうとしよう。なぁ、ロッシ」


「押忍!」


「うえぇぇっ!?」



 こうして、何故か兄とその従者が客人として居間に通されることとなった。


「えーと、お茶をどうぞ」


 ボク自身、どうして良いかわからないので流れに任せて二人にお茶を出す。

 これってどういう状況なんだろう。

 ていうか強引に連れて行かれると思ったんだけど……


「うむ、これは美味いな……しかしまさかお前がメイドをしていたとは驚いたぞ」


「だ、誰がメイドだよ!?」


 言っとくがボクはメイド服なんか着てない。

 完全に日常着だ。


「違うのか?」


「これ日常着!奥さん!この家の奥さんなの!!」


「ぶふぁっ!?お、奥さんだと!!?」


 軽くお茶を噴出し、兄が目を剥く。


「リーゼロッテ……お、お前奥さんってつまりその…………」


「う、うん……」


「男といやらしい事をする関係になったということか?」


「まずそこかよっ!!」


 反射的にお盆で兄を殴打していた。


「それより前!結婚していたことについて驚くべきでしょ!!ていうかもう少しデリカシー持って!!」


「お、おお……すまん。確かに失礼だった」


 あれぇ、何だか兄に対して抱いていたイメージと違う。

 小さな頃はもっと冷酷なエリートって感じがしたけど……何というか、ザンネン?


「そそうか……あ、一応確認だけどさっきの言葉、実は男では無く女といやらしい事をしたとかいう可能性は……」


 ガンッ!

 2度目の殴打が入った。


「そこから離れろ!!」


「ロッシ、ロッシ!妹が少し見ない間に無茶苦茶乱暴になっているぞ。これについてお前はどう思う?」


「すっげー怖いっす!!」


 というか従者の人、主が殴られていても助けに入らないんだ……こっちもザンネン。


「つまり、お前はこの家の……男性とエ……ではなく結婚している、ということだな。そ、そうか……」


 何だかひどく兄は動揺している。

 本当にボクが昔兄に抱いていたあの出来る人イメージは何処に行ったのだろう?


「今はレム・リゼットって名乗っています」


「な、何だと!?何てことだ!済まない、とんだ人違いをしていたようだ。」


「は?」


「いや、だって今リゼットって……私の妹はリーゼロッテだからその、いやよく似てるなぁって……」


「本人だよっ!イリス王族の名前を捨てて今はリゼットって名乗ってるの!!」


 なるほど、といった顔で手を打つ兄。

 あれ、この人本当にラムアジン兄様?

 別人と入れ替わったりしてないよね。

 ていうか今のって勘違いさせたままにしていたらこのザンネンぶりからするとあっさり帰ってくれたかも……しまったなぁ。


「そ、そうか……王家の名を捨てたのか……」


 これは、もしかしたら凄く怒られるかもしれない。


「そんなシステムあったのかぁ……知らなかった。勉強不足だったよ」


 何だか頭を抱えている。

 あっ、この人本当のバカだ。


「ていうかリーゼロ……えぇと、リゼット。お前結婚したって言うようだが……その、結婚してから長いのか?」


「1か月くらい前だよ」


「新婚かぁ……そいつは、甘酸っぱいなぁ」


「スウィートっす!!」


 何だか頭が痛くなってきた。


「それで、お前の夫というのはどのような男だ?」


「ど、どの様なって……えっと……」


 お兄さんとの思い出を振り返ってみる。


「クマと素手で渡り合って友情を育んでいたね」


「なっ!?」


「後はそう……腕からビームを出したりするかな?」


「ビーム!?そ、それは人間なのか!?お前、大丈夫なのか!?」


 ごもっともな感想です。

 クマと友情を育み手からビームが出る。。

 あの人は確かにかなり特殊な部類に入ると思う。


「でも、優しい人だよ。困っている人が居たら身を挺して助けに行くような人」


 ひゅうっと兄が口笛を吹く。

 子どもか!!

 そんな事をしていると玄関が開き……


「ただいま~。帰ったよ」


 お兄さんが帰ってきた。


「ほほう、さてはお前の夫という男だな。この私、イリスタリア・ラムアジンが見極めてやろうではないか!!」


 勢いよく立ち上がった兄にお兄さんは目を丸くしている。


「えっと、リゼット。この人は……?」


「あ、『お兄さん』。この人はボクの……」


「お、お兄さんだと!?」


 しまった。いつもの癖でお兄さんって呼んでしまった。

 どうせなら『あなた』って呼んだらそれっぽい感じなのに……

 兄は震えながらお兄さんに近づいていきその手を取る。


「お兄さん……まさかこの私に兄がいたとは」


「は?」


「あなたが真の第1王子だったのですね。私は弟のラムアジンと申します!兄上!!」


「だから違うっ!!」


 兄の後頭部に3度目の殴打が入った。


「ボクがこの人を、夫の事を『お兄さん』って呼んでいるの!結婚前のクセが抜けてないだけだから!!」


「えぇつ!?じゃあこの男が!?」


 兄はそう言うとお兄さんに顔を近づけ……


「ほうほう、そうか。貴様がまだ幼さの残る妹に甘い言葉を囁きベッドに連れ込み服をぬ……がはっ!!」


 4回目の殴打。


「ボクはもう20歳ッ!結婚できる年齢だし幼くなんてないっ!!!」


「す、すまんがリゼット。状況が把握できない。説明を頼みたいんだけど……」


 それから洗濯物を取り込んでから戻って来たメイシーが合流した際、更に5回目、6回目の殴打が入った。

 もう、本当にこの兄は!!



◇ナナシ視点◇


 まずい事になった。

 メイシーと買い物から帰ったら知らない男の人がいて、何とリゼットのお兄さんというではないか。


 実はこれまで結婚相手の親族へのあいさつというものはしたことが無い。

 しかもこういうのって普通は結婚前にするものだ。

 だがリゼットと結婚してから1か月は経っている。


 さぁ、どうしたものだろう…………テーブルを挟んで向かい側に座る義理の兄に俺は頭を悩ませる。

 何でも彼はリゼットを連れ戻しに来たそうではないか。これは失敗できない。


 ここは俺の魂に残る既婚者・北條刑事の経験を参考にさせてもらうしかないだろうか……ってよく考えたらあの人の奥さんはアンジェラの伯母。

 バリバリの異世界人だった。

 何というか『異世界の少女を拾ったら嫁になりました』を地で行く人だ。



 当然、親族へのあいさつなんてものはしていない。

 ダメだ、参考になりゃしない……

 しかも3人目の妻というのがイリス人であるこのお兄さんにとっては鬼門かもしれない。

 そもそもがイリス人は一夫一妻制らしい。

 仕方がない。ここは腹をくくるしかない。


「あ、あのリゼットのお兄さん!!」


「ふむ……何かな?」


「結婚の際に挨拶に伺うことが出来ず申し訳ありません!」


「え、いやまあ、うん……」


「妹さんの、リゼットのおかげで俺はこの世界で生きていく希望を貰いました。確かに彼女の他にも二人の女性と結婚していますが決して遊びなどでは無く彼女を愛しています。リゼットの居ない生活なんて俺には考えられない」


「お、おう……そ、そうなのか……う、うん。いやあの……」


 俺の言葉にお兄さんは戸惑っている様だ。


「今後も彼女を大切にしていきますのでどうか、見守っていてください!!」


 どうだ、思いつくことは言ってみたぞ?

 ふと、周囲を見るとお兄さんは胸に手を当て深呼吸をしている。従者は……何か泣いている。 


 隣に座っていたリゼットは口をパクパクしている。顔が真っ赤なのでまるで金魚だ。

 そして少し離れたところで様子をう伺っていたメイシーはやはり顔を赤くして口元に手を当てている。


「えーと……ナナシ君、だったね。まあ、その……あ、ありがとうっ!!」


 リゼットのお兄さんは急に口元を抑えると嗚咽を漏らし始めた。


「うえぇっ!?に、兄様!?」


「妹を、リーゼロッテをこんなに愛してくれる人がいるなんて……兄としてこんなに嬉しいことは無い!ずっと王位争いの暗殺に怯えていたあの妹がこんな幸せになっていたとは……アリシアーヌとアルノエルも喜んでいる」


「兄様……」


 その名前はリゼットから聞いた事がある。

 幼くして亡くなったリゼットの妹と弟。


「行方不明になったリーゼロッテがこの国で見つかった時、私は決めていたのだ。他のキョウダイによる刺客に命を奪われる前に自分が保護してどこかに逃がそう、と。それでリーゼロッテは私が殺したと国に伝えようと……だが良かった。こんな風に家族を作って幸せそうに暮らしているとは……」


「ああっ!ラムアジン様っ!この人よく見たらこの間、自分達を助けてくれた人っすよ!!」


 不意に従者が俺を指さし叫ぶ。

 うん?助けた?


「え、お兄さん、兄様達に会ってるの?」


「あっ、もしかしてあの時トカゲ型モンスターに襲われていた……」


 あれはリゼット達にプロポーズを受けた当日の事。

 急に役所から駆け出したリゼットを追いかける際、街中に現れたエリマキトカゲのモンスターが人を襲っていた。


 見て見ぬ振りもできないというわけで俺はそいつをしばき倒し襲われていた人を助けたわけだ。


 あの時はリゼットを探さないといけないということと多重婚姻について頭がいっぱいだったが……そう言えば助けたのはこんな感じの人だった。


「な、何という事だ。あの時、颯爽と現れてモンスターを倒し、名も告げずに去っていった好青年ではないか!そ、そうか。そんな人が私の義理の……う、うぉぉぉん!…」


 また泣き出した。

 まあ、何にせよこれでもしかして俺とリゼットの仲はお兄さん公認になったのかな?


「ちょっと、何よこれ!?何で知らない人たちが家の中で泣いてるの!?」


 こうしてアンジェラが帰ってきたことで話は完全に収束へ向かっていった。

 流石はレム家の家長だ。


 因みにアンジェラが話をまとめている最中に2回ほどリゼットが兄を殴っていた。


◇リゼット視点◇


 あれから数時間。兄達は帰っていった。

 ボクは兄を誤解していた。彼は誰よりもボクを心配してくれていたのだから……そしてボクが思った以上にザンネンな所がある人だった。

 王位争いに勝ち残れるかというと……多分ダメだろう。

 それでも、彼は国に戻るという。

 『国にはボクは死んだという事にしておく。だからこれからはレム・リゼットとして幸せに生きて欲しい』

 それが兄の言葉だった。


「はい、お兄さん、お茶だよ」


「ありがとう」


 お兄さんにお茶を出し隣に腰を掛ける。


「兄様が来た時はもうダメかって思ったよ」


「俺も焦った。帰ってきたらお兄さんが来ているなんてさ。まあ、何というか、面白い人だったな」


「あんな人とは思わなかった……でも、会って話をして良かったなって思うよ」


 自分の事をちゃんと思ってくれる親族が居た。かつてキョウダイはボクにとって恐怖の象徴だった。だけど今は……


「俺も良かった。君への気持ちを再確認させてもらえた。だから、これからもよろしくな、リズ」


 そう言うとお兄さんの唇がそっとボクの唇に重ねられた。


「うぇ、うえっっ!い、今の、今のって……」


 かけられた言葉と行為にボクの身体が、その奥底から幸せがあふれ出してきているを感じた。

 『リズ』。そうか、彼が考えてくれたボクの愛称。


「あー、リゼットさんがナナシさんにちゅーされてますよ」


「メイシー、あなたってば茶化さないの!でもまあ、これでようやくリゼットも、だよね」


 そう、ここがボクの居場所。


「うぇへへ……ありがとうね、お兄さ……ううん、ナナシさん。それにアンジェラとメイシー…これからもよろしくね。ボク、すごく幸せだよ」


 この人達がボクの家族。

 この人達とこれからも生きていく。 


――メール湿地帯――

◇イシダ・シラベ視点◇


 この世界にはあの男が、七枝が来ている。

 そして転生前の世界でもそうであったように私達は決して交わる事のない平行線。


 懐から取り出すは黒い水晶レギオニウムを加工して作った歯車が2つ。但し、かつてナダ解放騎士団に提供していた様な失敗作とはわけが違う。


 王権を取り戻そうとする馬鹿げた野望を持つ集団を実験台にしてついに私が理想とするモノが完成した。

 その過程でナダ解放騎士団はある人物との戦いで壊滅してしまったが仕方ない。


 このくだらない世界に絶望を与えるための尊い犠牲となったのだから彼らも本望だろう。


 更にもうひとつ、オカリナの様な装置を取り出す。

 そこへレギオニウム歯車をセットし持ち手にあるボタンを押し込む。

 すると歯車が回転を始め黒いオーラが装置からあふれ始めた。


「さあ、奏でましょう。絶望を届ける邪悪なる調べを!!」


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