第84話 追いかけてくる過去
メイシーです。
最近めっきり寒くなってきました。風邪をひかないように気を付けなければいけません。
妹が働く聖オルレアン病院のお医者さんはすぐに注射を打ちたがる迷医らしいです。
それで本日なのですが……夫がとんでもない事を言い始めました。
――ベリアーノ市・第3区レム屋敷――
換気の為に居間の窓を開け放つと冷たい空気が流れ込んでくる。
「あの、ナナシさん。寒いので窓を閉めてもらいたいのですが……」
長椅子に座っていたメイシーが身を震わせている。
「でもな、適度に換気をしないと身体に悪いぞ?」
まあ、建物の気密性は俺が元居た世界よりは低いのだがそれでも適度な換気をすることで空気中を漂うウィルスを外へ追いやる事が出来るのだ。
「あっ、アンジェラの周り暖かいよ。さては魔法で熱を逃がさない様、膜を張ったね!?」
「だ、だって寒いから!!」
リゼットがアンジェラにくっつき暖かさを共有する。
そこにメイシーも加わる。
仲が良くてよろしいことだ。
換気が終わって俺がソファに座るとリゼットがちょこんと膝に座り背中を胸板に預けて来た。
アンジェラが「やられた」といった表情を見せる。
他の2人もそうだがリゼットはスキンシップを図る事が特に多くなっている。
「それにしてもこれだけ寒くなると、『こたつ』が欲しくなるところだな」
俺は何気なく、そう呟いた。
「「「なっ!?」」」
俺の発言に3人の妻たちが一様に驚きの反応を見せる。
おや、俺は何か変な事を言っただろうか?
「いや、俺が住んでいた世界ではこたつが冬の定番だったんだが……」
「アンジェラ、お兄さんの事『すっごいスケベ』って言っていたよね?何か今、凄くわかった気がする……」
え、すっごいスケベ?
こたつが?
ていうかアンジェラ、俺の事『すっごいスケベ』と思ってたのか!?
そう言えば俺が尻とかに見とれていたりすると彼女は時々『すっけべ』とかいたずらっ子みたいに笑う事があるが……いや、スケベだな。確かに。
「あ、あのさ……俺何か変な事を言ってしまったのかなって……」
「お、お兄さん。そ、それはボクがイリス人であることを知ってコー・ターツプレイを要求しているって事……なのかな」
何だ、この世界にもこたつがあるんじゃあないか。
「イリス王国にはこたつが普及しているのか?そりゃ話が早い。ウチにも導入できないかな」
ひぃぃぃっ!と皆から悲鳴が上がる。
何か妙な感じだな。
もしやこれはあれか?
俺が知っているこたつと彼女たちが知っているこたつに何かしら違いがあるという事だろうか。
「よし、話し合おう。すまんが俺が知っているこたつと君たちの知るこたつには何か違いがあるらしい。ということで……リゼット。この世界のコー・ターツってどんなものなんだ?」
「えーとね……コー・ターツは今から100年前、イリス王国の前身であるイアン王朝時代に誕生した文化なんだけどね。えっと、その…………」
リゼットがポシュポシュと呟いた。
「えっちなお店に……置いているもの……」
「何ですとぉっ!?」
ちょっと待て。
こたつが異世界ではそんな『センシティブなお店』に置いてあるものに!?
何をどうしたらそうなる!?
責任者出てこい!!
「リゼットさんの言う通りです。この世界ではコー・ターツと聞くとまあ、そっち系のお店が真っ先に浮かびます……」
つまり一般常識的にコー・ターツは卑猥な存在なのか……
「しかもどちらかと言えばちょっとマニアックな道具的な位置づけね……」
何という事だ。
つまり俺の状態を客観的に表現するなら……年下の新妻を膝に乗っけて『変態プレイをしたいなぁ。ねぇ、いいだろう?』とかささやく夫……完全にやべぇ奴じゃないか。
いや、別に両者の同意があるならそういう事をするものまた夫婦の愛の形だとは思うから存在は否定しない。
だが少なくとも俺は女性に変態プレイをお願いする様な真似はしない。というかそういうのに興味ない!断じて!!
「き、聞いてくれ……俺の世界のこたつはただの暖房器具なんだ。決して嫌らしいものではないんだ!だからこの世界でそんな凄まじいものだったとは知らなかった!!」
「そ、そうよね……あなたは確かにすっけべだけど道を踏み外すような真似はしないと思うもの……」
おいおい、どんな特殊プレイなんだよその『コー・ターツ』って。
「外では言わない方がいいですよ。下手をしたら社会的に抹殺されます……」
そこまで!?
「お、お兄さんがどうしてもって言うならボクは…………ああっ、やっぱりお兄さんの頼みでもあれは、あれだけはダメッ!!」
一体全体、本当に何なんだコー・ターツ!?
「大丈夫、リクエストなんかしないから!安心していいから!!」
この世界においてこたつは一般人にとって禁忌の存在。
新しい異世界豆知識が増えました……
◇リゼット視点◇
コー・ターツ騒動から数時間後。
ボクはお昼ご飯の準備をしながらひとり留守番をしていた。
お兄さんとメイシーは買い物にアンジェラはギルドで受けた家庭教師の仕事にそれぞれ出かけていた。
ボクもお兄さんについて行きたいとは思ったけどそこは譲り合いというもの。
次の機会にはボクがついて行こう。
ただ、気になるのはアンジェラもメイシーも『アン』『メイ』と更に縮めてもらっているのにボクは未だに『リゼット』ということ。
まあ、順番なんだろうけどさ……少し妬ける。
ボクが呼ばれるならどんなかんじだろうか……うーん
「本名はリーゼロッテだからロッティとか……」
いや、何かボクのイメージじゃない。
それなら『ゼット』とかはどうだろう。
「うーん、無いなぁ……かっこいい系の愛称じゃあないか」
自分でダメ出しをしておく。
それにしても、改めて思う。
「こんな穏やかな日々が来るとはね……」
イリス王国に居た時はずっと怯えていた。
いつキョウダイに殺されてしまうのだろうか。
アリシアーヌ……ボクの3つ下の妹。あの子が生まれた時、本当にうれしかった。
だけどあの子は2歳の時、あの子は死んでしまった。
そこには王位争いが関わっていたと後で知る事になる。
それからしばらくしてアルノエルという弟も死んでしまった。
ボク自身も賊に襲われた。食べ物に毒を混ぜられたこともあった。
身を守るためには自分もキョウダイを蹴落とさなくてはいけない。
たとえボクの命を狙ってくるとは言え、血のつながった家族を手にかけるなんてボクには出来ない。きっとその内、殺されてしまうのだろうと思っていた。
だから、『ヴァッサーゴの瞳』による未来視に対し、ボクはどうせ死ぬのなら自分の生まれ育った国を救ってからにしようと命を懸ける事にした。
まあ、結果としてお兄さんのおかげでその未来はいつの間にか防がれていて目的を失ってしまったわけだけど結果として『新しい家族』が出来たからイリス王国を出たのは正解だったと思う。
ディギモ……ボクを連れ出してくれた彼には悪い事をしたと思う。
もしかしたら違う未来では彼と結ばれていたのかもしれない。
いや、『もしも』は止めておこう。
必要なのはお兄さん達と紡いでいく『これから』だから。そう、この家族で穏やかに暮らしていくこと。
「よし、あとはスープを……」
その時、玄関の呼び鈴が鳴る。
誰だろう?お兄さんたちが戻って来るには早い。
新聞の勧誘ならすでに1社取っているから丁重にお断りしないと。
火を止め、玄関に向かう。
そして扉を開けたそこには……
「本当に生きていたとはな……リーゼロッテ」
「!!」
過去はいくら逃げても、捨て去ろうとしてもまるでいくら退治しても次から次へと沸いてくるハエの如くしつこさで追いかけてくる。
「ラムアジン……兄様……」
――ベリアーノ市・第4区商店街――
俺はメイシーと共に買い物に出ていた。
まあ、主な仕事は荷物持ちだ。
世間一般の旦那がすることと言えばだいたいこれだろう。
一応、敢えて自己主張するところがあるとしたら……
「なぁ、メイ。米が減っていただろう?買い足そう」
「いいですけど……本当に米が好きですね」
この世界では主食としてはあまりメジャーではない米の調達をねだる事だ。
何せ俺にとっては日本を思い出す大事な食品だ。
しかもこの世界で流通している米は日本の米とよく似た品種だ。
話によると俺みたいな異世界人が広めたものらしい。顔も知らぬ先人よ、感謝カンゲキ雨嵐だ。
まあ、そのせいで他の料理と合いにくかったりするのだがやはりここは譲れない。
だから自家製のたくあんだって作っている。
というわけで俺は嬉々として米袋を背負うわけだ。
「ナナシさん。余計なお世話かもしれないですが……その、リゼットさんの事。まだ私達みたいな愛称で呼ばないですよね?やっぱり4年前の事が引っかかって……?」
心配そうな表情だ。
ああ、誤解させてしまっているな……彼女は家族関係になるとやや心配性なところがある。
「いや、そういうわけじゃあない。ただ、メイと同じで呼び始めるタイミングを図りかねているだけさ。適当なタイミングで呼ぶって言うのも悪い気がしてさ……」
「アンジェラさんの時はどうだったんですか?」
「え、いや……あいつの時は……えっと、その……」
「ああ、初めての時ですね。そうですよねー」
メイシーは口を少しとがらせ呟く。
「私の時は『メイシー』だったのに……」
言われてみればそうだった。
これはあれだよな。明らかに嫉妬しているよな?
「いや、その……す……」
「謝らなくていいですよ。この間の病院での出来事。あれはもの凄くいいシチュエーションでした。結構気に入っていますから」
良かった……
だがそうなると本当にリゼットはどうしよう?
今更、夜のあの時間に呼び始めてもおかしい。
こんな事なら3人とも一律に初めての時に愛称で呼ぶようにしとくべきだった!!
「まあ、余計なお世話ですけどリゼットさん気にしているみたいですからね。ただ、負い目もあるからあんまり強く言えない感じですけど」
確かに、スキンシップは増えたがどこか遠慮は感じられる。
さて、どうしたものだろうか……




