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第76話 面接、そして悪意

――ベリアーノ市・第2区――


 通された部屋では髪を後ろでまとめ眼鏡をかけた中年の女性が待っていた。

 神経質そうな印象だ。ものすごく面接官らしい雰囲気を持っている。


「えーと……レム・ナナシさんですね。それでは……お帰りください。申請は却下します」


「ちょっと待て。いきなり!?」


 まさか、これは俗に言う『圧迫面接』というやつか?


「……当然でしょう?私はね、こういう制度自体に反対ですから。そもそも半年前に結婚したばかりでこれを出すというのは……女性を軽視しています」


 あれ、もしかして結婚後しばらくは特定の場所に居住しないといけないものなのか?

 というか女性軽視は言い過ぎだろう。

 あっ、もしかしてアンジェラを連れてこなかったことが影響しているのか?

 そうか、夫が一人で全部決めようとしているって思われているのか。


「妻とはきちんと話し合いました。将来を見据えて『こうした方がいい』と」


「……将来ですか」


「はい。この先家族が増えた時になるべく過ごしやすい環境をと思ってですね」


「過ごしやすい?それはあなたの欲望でしょう?先ほど待合に居た二人の女性……つまり彼女たちが『それ』ですか?」


 やはり圧迫面接か。そしてこの人は『子育て同盟』に反対派なのかもしれない。

 世の中にはいろいろな思想の人がいるからな。だが屈するわけにはいかない。


「俺も最初話を聞いて驚きました。だけどよく聞いてみて思いました。彼女たちなら大丈夫だ、と」


「男の人っていつもそうですよね。私の元夫もそう言っていました。ですが結果は……はぁ」


 そうか、この人は夫が子育てに参加しなかった上、『子育て同盟』もうまく機能せず辛い思いをしたのか。


「俺は信じています。彼女たちもまた大切な仲間です。だからこそ任せられるんです。もちろん任せるだけでなく子育てに馳せ局的に参加したいです」


「そうは言いますが複数というのはね……覚悟がいりますよ。見たところ3人といったところでしょうが」


 3人?

 そうか、アンジェラは子どもが3人ほど欲しいのか。メイシーはあらかじめそれを聞いていて申請書に書いてくれていたのか。

 それにしても3人か。さぞやにぎやかな家庭になるだろうな。

 そうなるとますます頑張らなくてはいけない。


「苦難の道だという事は承知しています。でも俺みたいな人間に愛を教えてくれた人です。その人の為なら、俺はどれだけ困難な道も歩いて見せる!!


 俺の中にある魂のひとつ。北条丈一郎。

 妻と子どもを亡くした彼の分までも俺は頑張って愛する人を守っていきたい。


「お、おふ……そ、そうですか………で、ですがね。嫉妬だとか優劣は全てを崩壊させるのですよ?」


 嫉妬?

 優劣?

 なるほど。この面接でこの国がどれだけ子育てに熱心なのかがよく分かった。

 俺が居た世界でも兄弟間で愛の格差により傷つく子ども達が居る。

 この人はその事を懸念しているのか。ならば必要なのは……


「俺は分け隔てなく愛することを誓います。それが俺にとって最上の使命です!!」

 

 一片の惑いもない即答に違いない。

 面接官が「おお……」と小さな声を出す。


「お、驚きましたね。ここまで淀みなく答えることが出来る男性が居たとは……私の元夫もこんな人だったらと……少し奥様方がうらやましくなりました」


 当然だ。アンジェラを悲しませるような真似は絶対にしたくない。その為なら腕からビームだって出せる。というか出てしまった。

 それからしばらく色々な質問をされ……


「それではしばらく待合でお待ちを。結果は10分ほどでお伝えできるでしょう」


 面接は終了した。


◇メイシー視点◇


 どうしよう。折角この先もみんなと居られる計画だったのにとんでもない失態をしてしまった。

 正直、アンジェラさんからのプロポーズはこの上なく喜ばしいものでした。

 私の父はかつて母のほかに2人の女性を娶っていました。

 ですが段々と妻の間に優劣をつけていき不和が生まれ、しかもその上で父は外に愛人を作り結果として私の第2、第3の母は出ていくことになりました。幼かった妹たちを連れて……

 あの時、家族を失った痛み。二度と味わいたくはない。だから不安も感じている。

 だけどナナシさんを軸に皆と家族になる。彼なら父の様に家族をばらばらにすることは無いでしょう……だというのに私はとんでもない失態を!!


「おーい、面接終わったぞー」


 どくん。

 心臓が激しく鼓動するのがわかる。どうしよう、結果を聞くのが怖い。

 逃げ出してしまいたい。

 自分で手放してしまったにも等しい未来。

 ああ、これから私はどうなるのだろう……


「あの、お兄さん。面接の方は……」


「問題ない。手ごたえは十分だった」


 まさか!?

 面接官を納得させられるような答えを出したというのですか?


「まさかナナシさん……」


 もしやこの人、既に私達の意図に気づいていて対応しきったと!?

 なるほど気づいていないふりをしながらすべてお見通しだったというわけですか。

 何て人……アンジェラさんが惚れたのもわかります。

 今、彼に抱いている尊敬の念、そしてこの胸の高鳴り。

 もしやこれが恋愛感情というもの!?

 そうか、間違いない。私も彼を好きになることが出来たのだ。

 アンジェラさんやリゼットさんとの決定的な差は彼に対して自分が明確に恋愛感情を抱いていないのではないかということ。

 だが『理解』しました。過程は違えど、私は彼に対しこれが恋では無いかという感情を抱いたことを自覚した。

 そして面接の結果が告げられる時が来た。結果は……


「う、嘘。この人本当に合格だって!?」


 リゼットさんが唖然とした表情でこちらを見ていた。

 当然私も驚いています。

 とりあえず第1関門は無事突破。

 そして第2関門についても恐らく彼は既に察しているのでしょう。

 アンジェラさんの意向を確認してからになりますが即ちこれは……私達が『いかにイケているプロポーズをするか』という事です。

 生粋のナダ女子としてその辺はリゼットさんには負けられませんね。


「何か冊子をもらったけど……」


「あー、そ、それはボクが預かっておくね!!家に帰ってからゆっくり見ようよ」


 ナナシさんが持っている冊子の袋をリゼットさんが強引に奪い取る。

 違いますよ、リゼットさん。

 彼は既に我々の意図に気付いている。

 このままでは彼の掌で踊る事になります。彼の予想を上回る策を仕掛けなければ。


◇リゼット視点◇


 お兄さんが面接に合格した。


「あー、そ、それはボクが預かっておくね!!家に帰ってからゆっくり見ようよ」


 流石に中身を見られると気づかれるので冊子については預かっておく。

 そうか、合格したんだ。

 つまりこれで法律的にはボクやメイシーもお兄さんと結婚できるようになったという事。

 形としてはアンジェラの籍に入る事になるのだが、そうか、お兄さんと……

 いやいや、まだだ。家長であるアンジェラの許可は得ているがそもそも配偶者となるお兄さんがボク達のプロポーズを拒めば結婚は出来ない。

 でもお兄さんならきっと……


「家族、かぁ……」


「都合のいい女だよね。あなたって」


 不意に背後から来た言葉に心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。

 振り向くとそこには全身黒づくめのローブを羽織った女の人だった。

 貌の至る所にしわが走っており恐らくはおばあさんに近いのかもしれない。


「えっと、あの……」


「偽善者」


 何、この人。

 ボクこの人に何かした?


「あなたは人を騙しながら生きている。そうやって美味しいところに住み着く寄生虫。国を捨て、肉親を捨て、親友を裏切り、それでいて今は都合よく親友の好意に甘えてのうのうと生きている。いい身分ねぇ、『上級国民』は違うわ。何したって許されるんだもの」


 そう告げるとその人はすっと去っていった。

 上級国民?

 聞きなれない言葉だけど今、彼女が言っていたのはボクの事だ。


「何か今、懐かしい単語が聞こえた気がするな。リゼット、どうした?顔が真っ青だぞ。やっぱりどこか調子が悪いんじゃあ」


「ごめん!」


 ボクは堪らずお兄さんに冊子の入った袋を押し付けると駆け出した。


「リゼットさん!?」


「リゼット!?」


 そうだ。ボクは許されない事をしたんだ。

 なのにそれを誤魔化して、アンジェラの言葉に甘えて幸せになろうとしていた。

 ボクは独りでいなきゃいけないのに……


――サートス村・教会――

◇アンジェラ視点◇


 そろそろナナシさんの申請が終わった頃かと思っていた頃、教会にひとりの少女が訪ねて来た。

 年齢は16,7と言った所だろう。赤みがかかった綺麗な髪は肩の所で綺麗にそろえられていた。


「話を聞いてください。あなたの家族に危機が迫っているの」


「えっと、あなたは?」


「時間が無い。今すぐ動かなければあなたもあたしも大事な『家族』を失ってしまう」


「家族……」


 瞬間、あたしの脳裏を淡い緑色の燐光が閃く。

 そして声が流れ込こんでくる。


「……そう。わかったわ。あなたが誰なのか」


「え?」


「早くあたしを連れて行きなさい。それがあなたの為すべき事でしょう?」


――ベリアーノ市・第2区――

◇ナナシ視点◇


 今、確か『上級国民』って聞こえて来た。

 懐かしい言葉だな。昔居た世界での俗語だ。この世界にもそう言ったものがあるのかな。


「何か今、懐かしい単語が聞こえた気がするな。リゼット、どうした?顔が真っ青だぞ。やっぱりどこか調子が悪いんじゃあ」


「ごめん!」


 リゼットは急に持っていた冊子の袋を俺に押し付けるとわき目も降らず走っていった。

 どういう事だ。さっきの表情、尋常じゃない。


「リゼットさん、どうしたんですか?」


 メイシーも彼女を追いかけ走り出す。


「ああ、メイシー。待ってく……」


 追いかけようとした俺は腕を掴まれた。


「え?」


 振り返るとそこには高校生くらいの少女が立っていて俺の腕を掴んでいる。暗褐色のストレートヘア。おでこの所はきれいに切り揃えられていた。


「えっと、君は……」


「今、その冊子を確認して」


「冊子?ああ、これの事?いや、今それどころじゃ」


「大事な事だから。そうしないと家族が居なくなる」


 家族?

 この子は一体何を言っているのだろうか?

 とは言えその真剣な眼差しは冗談を言っているのではない事がわかる。

 俺が冊子を取り出し開き始めると少女は耳元に手をやり呟いた。


「ごめんアリス。抑えられなかった。近くにはいるはずだからそっちはお願い。お姉ちゃんもすぐ合流するから」


 何だ?

 この子、空想の友達とでも話をしているのか?


「ごめん、ケイト。やっぱり『あいつ』に先を越され…………はぁ!?何よ、出来の悪い妹で悪かったわね。謝っているじゃあないのさ!!あんたの方こそちゃんとやってんでしょうね!?……わかってるわよ!!」


 うわ、ヤバイ。今度は別の誰かと喧嘩を始めている……

 少女は俺の方を睨み。


「読んだ?」


「いや、まだだけど……」


 だって目の前でこんな光景が繰り広げられたら……ねぇ?


「早く読んでってば!それで自分がすべきことをして!!」


 あらやだ、最近の若い子ったらキレやすくて怖い。

 俺は年下の見ず知らずの女の子に怒鳴られ慌てて冊子に目を通す。


「え、多重婚姻の栞!?こ、これって……えぇ!?」


 冊子から顔を上げると少女の姿はどこにも無かった。


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