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第74話 家族計画~アンジェラの誘い~

――サートス村・ナナシとアンジェラの家――

◇アンジェラ視点◇


 再会と報告から数時間後。

 あたし、メイシー、リゼットは4年ぶりの女子会を開くこととなった。

 ちなみにナナシさんには村の酒場へ行ってもらっている。

 話に加わりたそうな感じであったが本人が居ると少しややこしい話をしたかったし……

 しばらくはこの4年間の事をお互い話し合って過ごした。

 そして……


「ねぇ、リゼット、メイシー。これからあなた達はどうするの?」


 あたしは2人と和解後から考えていた『ある事』を聞いてみる。


「そうだね……ボクの目的はもう消えてしまったからなぁ……お兄さんとアンジェラの無事も確かめられたし……」


 おや、あたしよりナナシさんの方が先に出て来たわね。

 まあ、罪悪感によるものもあるのだろうけどこれって恐らくは……そういう事よね。

 うんうん、想定通りね。その方がいいわ。


「とりあえずコランチェにあった家も売ってきてしまったからね。どこかへ旅に出ようと思うよ。それで適当なところに落ち着こうかな」


「あの……私は……」


 メイシーが寂しそうな、不安を抱えた表情であたしを見る。

 先ほどメイシーはあたし達を『第2の家族』と表現していた。その『家族』と再会した今、別れるのは後ろ髪をひかれる思いなのだろう。


「あのさ、特に明確な目的地とかが無いなら一緒に居てくれないかな?頼みたいことがあるのだけれど……」


「頼みたいこと?ボク達に?」


「実はあたし達、近々ベリアーノの方に移ろうと思っているの。将来的な家族設計も考えてね。この家、二人で済むならいいけど今後子どもが生まれたら手狭になるだろうし」


「つまりアンジェラさんは、その……」


「ん、彼とも話し合ったのだけれどそろそろ子どもを作ろうと思っているの」


「「おお~……」」


 宣言にふたりが感嘆の声を上げる。


「この村でものびのびと子育てできるとは思うの。だけど将来的な事を考えるとベリアーノに移っておこうかな、ってね。それにあの人、お風呂好きだからさ……」


 上水道が整備されている都市部なら一般の家庭でも彼の好きな入浴が可能らしい。


「そう言えば好きでしたね、お風呂」


「コランチェでは毎日セントに行っていたよね」


 セントとは要するにお風呂屋さんである。

 彼が居た世界には『銭湯』という施設が存在している。

 彼の考察によると恐らく同じようにこちらの世界に来た異世界人が広めた文化なのではないかという事だ。


「まあ、というわけであたしは子どもを作る気でいる。それで頼みたいことというのは……」


「ああ、なるほど。『子育て同盟』の事ですね」


「『同盟』?そう言えば何度か聞いた事があるけど特に興味が無かったから気にしなかったよ。どういう意味?」


 リゼットが首を傾げる。

 ああ、そうか。リゼットはナダ人では無いものね。


「この国の風習よ。この国が戦火に包まれた時の事だけどね。夫を失った多くの女性たちが協力し合って子どもを育てた事があったの。それが年月を経て変化していき、今では女性が子どもを産む際は仲の良い女性友達とかと『同盟』を結んで子育てし合うようになったの」


「育児経験の浅い若い母親にとって親以外に頼れる人がいるというのは利点ですからね。子どもにとっては母親が複数いる感じです」


「あたしもその『同盟』の精度で育ててもらったわ。実はこの家もお母さんと『同盟』を結んでいた人に頼んで格安で貸してもらっているの」


「なるほど、つまりアンジェラとお兄さんの子ども達をボク達も協力して育てる。そしてボク達に将来子どもが生まれたらアンジェラ達が手伝ってくれるって事だね」


「そういう事」


 現在は少し減ってきているがそれでもナダ共和国ではよく行われている風習だ。

 リゼットの反応を見ると悪くないかもといった様子だ。

 問題は元貴族のメイシーね。子育て同盟は基本的に平民の間で流行っていたから……


「はぁ~、お二人の子どもですか。きっと可愛いでしょうね~。それで、男の子ですか?女の子ですか?」


 あ、心配無用だった。超乗り気だ。

 何せ無茶苦茶目が輝いている。


「いや、まだ出来てないのだけれど……まあ、跡継ぎとかを考えると女の子が欲しいのだけれど別に平民だから家を継ぐとかねぇ」


 ちなみにナナシさんの世界では跡継ぎというのは一般的に男の子らしい。

 異世界となると常識も違うものね。


「まあ、ボクは子ども産む予定とかないけどさ。アンジェラの頼みならいいよ。お兄さんとアンジェラの子どもにも興味あるし」


 よし、これで第1段階は突破、か……


「それじゃあ、もうひとつ。ちょっと一歩踏み込んだ話をしたいと思うの。メイシー、リゼット。あたしね。あなた達と『本当の家族になりたい』と思っているの」


 その言葉にメイシーは驚きで目を丸くし、リゼットは意味が分からず首を傾げる。


「ちょ、アンジェラさん。あなた何を言っているのですか?」


「え、ごめんメイシー。今のどういう意味?」


「リゼットさん。アンジェラさんが言っている意味というのはあたし達に、ナナシさんと結婚してアンジェラさんの籍に入ってくれないかって事です」


「うぇぇぇいいっ!?何それ、どういう事!?」


 そう。『本当の家族になりたい』というのは既婚女性が未婚女性に求婚する際の俗語である。

 

「ナダって同性婚制度あった!?そもそもアンジェラってお兄さんと結婚しているよね!?」


 ちなみに同性婚自体、数は少ないが認められている。

 ただ、このプロポーズはそういう意味ではない。

 『既婚女性』が『未婚女性』を誘うのだ。


「リゼットさん。アンジェラさんが言っている意味というのはあたし達に、ナナシさんと結婚してアンジェラさんの籍に入ってくれないかって事です」


 そう、これはいわゆる一夫多妻への誘いという事になる。

 そして私の人生で最大の賭けでもある。


「うぇはっ!?ますます意味わからないよ!?説明、説明プリーズ!!!」


「いいですか?この国は先ほども言った通り、戦争で男性が激減した時期があり結果として人口も減りました。その際に制定されたのがひとりの男性に対し複数の女性が婚姻関係を結ぶというものです」


「何それ!?ナダってそういう文化あったの!?」


「コランチェにも何家族かあったわね。ほら、良くいく大型雑貨店あったでしょ?あそこは奥さんが二人いるよね」


「え、そうなの?、もしかして店長さんとよくいる女の人達がそれ?うわぁ、気が付かなかったよ……ボクはてっきり従業員の人かと思っていた」


 リゼットは初めて見る世界の真実に唖然とした表情だった。


「……今まで黙っていましたが父には3人の妻が居ました。だから私も母親が3人いるようなものです。ワケあってその内ふたりは妹達を連れて去っていきましたが……」


「ふ、ふへぇぇ……」


「あたしが見たところ。少なくともリゼットは彼のこと好きだと思うから悪くない話だとは思うけど……」


「うぇ!?ボ、ボク!?いやぁ、でもボクはほら。お兄さんに近づいた理由がね……」


 リゼットは上ずった声で視線を左右に激しく泳がせながら言葉を紡ぐ。

 うん、わかりやすい。


「あれ?でもリゼットさん。旅の途中でナナシさんのこと好きだったなって認めてまいしたよ……」


「わーっ!わーっ!!ダメェェェ!!!」


 見事なアシストだわ。メイシー。


「で、でもさぁ。ボクはイリス人だからね。イリス人は一夫一妻制だよ?」


 リゼットはごにょごにょと小さな声で呟く。


「でもここはナダ共和国ですよね。制度的には問題ないかと」


「そうかもしれないけどさ。うーん……でもアンジェラ。例えばだけど君はボクとお兄さんが仲良くしていたりするのを見て何とも思わないの?」


「そりゃあたしにだって嫉妬心というものはあるけどね……」


 だからこそ『家族』という形態をとるわけなのだ。

 この国において『家族』というのは重要視されている。

 それは血縁のみに依るものではないのである。


「で、でもさ、アンジェラは新婚だよ?それなのにお兄さんが新しい奥さんを貰うなんて……」


「リゼットさん。多重婚姻は比較的新婚の時代に結ばれていることが多いのです」


 メイシーがこの手の制度に明るくて助かった。

 すべての例でそうではないが多重婚姻については結婚初期に行われている事が多い。


「リゼットの言いたいことも理解はできる。だけどあたしはあなた達となら素敵な家族になれると思っている。もうあなた達と会うことは無いと思っていた。だけどあなた達と再会した時、怒りの感情と共にもうひとつ、あなた達との再会を喜ぶ感情があったことにも気づいた。そして……」


 そう。あたしは気が付いた。


「あなた達と、もう離れたくない……一緒にいたいの」


 最期の方は少し涙声になっていた。

 あの時、コランチェの街での時間。あたしにとっても彼女らは『家族』だったのだから……


「アンジェラ…………はふっ!?」


 急にリゼットの身体が撥ねた。


◇リゼット視点◇


「あなた達と『本当の家族になりたい』の」


 はて、アンジェラは何を言っているのかな?

 お酒は飲んでいないし……


「ちょ、アンジェラさん。あなた何を言っているのですか?」


 え、今のって凄い事だったの?

 参ったな。これってもしかしてナダの人同士だと普通に通じるやつ?

 子育て同盟とかと同じ感じの何かだよね?


「え、ごめんメイシー。今のどういう意味?」


 ちょっと聞くのが怖い……


「リゼットさん。アンジェラさんが言っている意味というのはあたし達に、ナナシさんと結婚してアンジェラさんの籍に入ってくれないかって事です」


 ああ、なるほどね。プロポーズかぁ。うんうん………

 はぁぁぁぁぁぁ!?


「うぇぇぇいいっ!?何それ、どういう事!?」


 そこからさらに驚くべきことが語られた。

 つまりこれはボクとメイシーがお兄さんと結婚し、アンジェラのレム家に籍を入れるということだ、と。

 いやちょっと待って。理解が追い付かないんですけど……

 しかも割とメジャーな風習らしいじゃん。

 近所の大型雑貨店、あそこそういう事情だったんだ……


「あたしが見たところ。少なくともリゼットは彼のこと好きだと思うから悪くない話だとは思うけど……」


 何ですと!?

 いや、お兄さんの事を好きか否かと聞かれたら…………うん、好きだけど。

 そう、4年前ディギモに指摘されてから考えてみた。

 最初は確かにお兄さんを利用するために家に招いた。

 だけどひとつ屋根の下で暮らしていく中、恋心のような感情を抱いていた。初恋だったと思う。

 アンジェラがお兄さんに好意を隠していなかったのでボクは彼女を自分の鏡みたいなものとしてお兄さんへの想いには気づかないふりをしていたのだと思う。


「うぇ!?ボ、ボク!?いやぁ、でもボクはほら。お兄さんの事を英雄として祭り上げようと近づいていただけだし」


「あれ?でもリゼットさん。旅の途中でナナシさんのこと好きだったなって認めていましたよ……」


「わーっ!わーっ!!ダメェェェ!!!」


 そうだよ。言いました。言いましたよ?

 メイシーと旅をする中、止まった宿屋で本音トークしちゃいましたよ。

 お兄さんのこと好きだったって言いましたよ。

 だけど実際にお兄さんと再会してアンジェラと結婚していたって聞いてね、安心したと共に『ああ、ボクの初恋は終わったな』って気持ちに整理をつけたところだよ。数時間前に!!


「で、でもさぁ。ボクはイリス人だからね。イリス人は一夫一妻制だよ?」


 そう。ここ大事。

 イリス人は一夫一妻制なの。

 ちょっと嫉妬深いところがあるの!

 いや、別にボクは大丈夫だよ?

 そんな嫉妬深い子じゃあ……ってそうじゃなくて。

 

「あなた達と、もう離れたくない……一緒にいたいの」


 アンジェラが涙声になっていた。

 そうか……

 ボクはみんなを騙していた。だけどみんなと過ごしたあの時間の暖かさは嘘じゃあない。

 だけどやっぱり……


「アンジェラ…………はふっ!?」


 混乱する中、頭の中に『ある未来』が流れ込んで来た。

 時と場所を選んでくれない『ヴァッサーゴの瞳』の『未来視』だ。

 小さな女の子が二人、頬を引っ張り合いながら掴み合いの喧嘩をしていた。

 慌てて止めに入ったボクは赤ん坊を胸に抱いていた。

 女の子のひとり、お姉さんと思われる子はアンジェラに似た赤髪。

 妹と思われる子は暗褐色。何だかメイシーに似ている。

 うわぁ、これってあれだよね。どう考えても……

 とか思っていたらお姉さんの方がアンジェラに叱られて妹はメイシーに叱られて……


「うっわ、どうしよう。何気に楽しそうな未来じゃあないかぁぁぁぁぁ!?」


「おやおや、アンジェラさん。これはもしかしてリゼットさんの『未来視』では?」


「そうみたいねメイシー。ちょっとどういう未来が視えたのか教えて欲しいわね」


 いや、二人とも協力体制に入っているよね?

 4年前も思ったけどこの二人、喧嘩ばかりしていたと思ったら結構仲がいいよね。

 この後、ボクは『未来視』の内容を洗いざらい喋らされることになった……


「なるほど、女の子かぁ」


 アンジェラはウキウキした様子だ。


「あのさ、メイシーはいいの?メイシーってお兄さんの事好きとかそういう感情なかったよね?それなのに急にお兄さんと結婚とか言われて……」


「ふふっ、そう思いますか?確かに私は元々彼に興味などありませんでしたけどね……でも、人って変わるんですよ?」


 え?まさかメイシーもお兄さんを?


「妻であるアンジェラアン公認っていうのは良いですよね。それに、私もあなた達と一緒にいたいと思っています」


 ああ、これはもう駄目な奴だ……


「ところでアンジェラ隊長。この計画において2つの障害がありますが、よろしいでしょうか?」


「うむ。言ってみたまえメイシー隊員」


 作戦会議が始まったよ……


「ひとつはナナシさんに多重婚姻許可資格を取ってもらう必要があるという事です」


「そうね。確かにその問題はあるわ。資格なしで多重婚姻、もしくは事実婚などが認められた場合、罪になってしまうわ。だから彼には近々資格を取ってもらう必要があるわ」


「それに関連して2つ目ですが……そもそも彼はこのことを?」


「……知らない。そしてこれがこの計画最大の問題でもあるわ。つまり……彼があなたたち二人と結婚するのを了承するかという事よ」


「もしかしてお兄さんが居た世界って……」


「そう。彼が居た世界はイリス王国同様一夫一妻制が主流。それに価値観もちょっとずつ違うわ。果たして3人の女性と婚姻関係を結ぶという事を了承するかが怪しい」


 そう言うアンジェラの表情は真剣そのものだ。

 うん。かなりの大問題だと思うよ。


「あたしはね。あなた達と本当に家族になりたいの。だから協力して欲しい!」


「もちろんです。私もあなた達と離れるのはごめんです」


 テーブルの中央で手を重ねる二人。

 うーん、これってボクも協力する流れだよね?そういう空気だよね?

 ナダ人のメンタル凄いなぁ……


「わ、わかった……協力……する」


 色々と不安を抱えながらボクは二人と手を重ねた。

 どうしてこうなったのかなぁ。


――サートス村・酒場――

◇ナナシ視点◇


「何だよ。女子会するって追い出されたのかよ」


 とりあえず俺はアンジェラに言われて村の酒場で過ごすこととなった。

 隣で飲んでいるのはモーガスという村の飲み仲間だ。 

中級冒険者をしており定期的にベリアーノへ赴いて仕事を探している。


「まあ、今日は仕方が無いよな。4年ぶりの再会だし」


「女子会ってのは長いからな。ウチも母ちゃんが女子会するって時は家に帰れないもんだ。今日は朝帰りになるな」


 明日仕事なくてよかった。

 そう言えば若い頃はオールとかよくやったな。カラオケとか。

 一応俺の身体は転生時に若返っている。

 前世では40に近かったが今の肉体は20歳代の中頃だろう。

 一応結婚の際に書いた書類には28歳としておいた。


「今頃どんな話しているだろうな?旦那を亡き者にする話とかだったらやべぇよな」


「それ、洒落にならないし泣けてくるぞ……」


「がははは、冗談だって」


 全く……まあ、アンジェラと二人が仲直りできて本当に良かった。

 俺はグラスを傾けた。


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