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第68話 暴走する呪い

 くそっ!

 謎のモンスターによる連携攻撃とは参った。

 手のモンスター達がガードをこじ開けサソリのモンスターがその隙間から尻尾の針を叩き込んでくる。致命傷ではなかったがかなりの激痛を体に感じた。毒を撃ち込まれているのかもしれない。

 距離を取った後は手のモンスター達の指から放たれる光線、そしてサソリモンスターのハサミから打ち出される光弾が次々と着弾していき身動きが取れない。どうやら離れたのは悪手だったようだ。こうしている間にも目がかすんで来た。やはり毒を撃ち込まれたのか。

 見事な連携だ。そしてリゼット達を分断させてきた虫を含めこいつらの裏には『誰か』がいる。野生では考えられない様な連携力だからだ。


「無様だなぁ、異世界人。笑っちまう程になぁ!!」


 声がし、モンスターの背後から一人の男が現れた。


「お前はあの時の……っ!」


 湖畔の街オーガスに到着した時に出会ったコートの男。

 こいつ、俺が異世界人だと知っている。

 つまり明らかに俺を狙って来ているということか。


「なぜ俺を狙う?俺とお前の間に因縁など……」


「ピーピーやかましいんだよ。さっさと『覚醒』しろよ。手を伸ばすんだろ?届く範囲は守るってかっこつけちゃってさぁ。だけどこれじゃあ守れないよな。」


 こいつ、先ほどの会話も聞いていた。

 ストーカーみたいに俺を尾けていたわけか。


「所詮は口だけなんだよ。だってほら、」


 ぞっとする様な悪魔の笑みを浮かべた男は指を鳴らしモンスター達の攻撃を止めると俺の方へ麻袋を投げて寄越した

 

「守れなかった、だろ?」


 麻袋に着いた血の染み。

そしてわずかに覗いたもの……髪の毛。この色は……リゼットの髪色。

それにこの大きさはまさか……

震える手で麻袋から取り出したそれ、リゼットの『首』が目に入った瞬間。


「あ……あああっ!!」


 俺の中を新たな記憶がフラッシュバックしていった。


◇リゼット視点◇


「ちょっとディギモやりすぎだよ!!」


 少し離れたところからお兄さん達の様子を観察していたがいくら何でもやりすぎだよ。

 ていうか元々、彼はお兄さんの前に姿を見せない予定だったはず。それが目の前に出て来てべらべら喋っている。

 何だかすごく怒っていて、いつものディギモじゃあないみたいだ。何だか怖い。


「リゼットさん。ここで何をやっているのですか?」


「あ……こ、これは。」


 背後に立っていたのはメイシーだった。まさかもう『ギャンセクト』を排除してきた!?


「何か裏があると思いましたがこの状況……どうやらあの男とあなたは何やら私たちが知らない関係がありそうですね。」


「そ、それは……」


 メイシーは静かにこちらを睨みつけている。

 その瞳には明らかな怒りの炎が揺らめいていた。


「……追及は後です。今はナナシさんの援護に……」


 そんな中、ディギモが攻撃をやめてお兄さんに麻袋を投げてつけた。


「何だよあれ!?あんなの聞いていないよ。何をする気!?


 お兄さんが麻袋から出したもの、それは……ボクの首。いや、正確には模造品だ。 

 だってボクの首はここにある。


「リゼットさん!あなたどこまで悪趣味な事を!!」


「ち、違う。ボクはただ……」


 瞬間、地の底から響くようなお兄さんの絶叫が響き渡った。


「う……ああっ……ああああ…ああああああっ!!!」


 地面に頭をこすりつけ。


「守れなかった!ごめん、守れなかった!!リゼット……ああっ、ごめん!俺はああっ!!駄目だ目を開けてくれッレイナぁぁぁっ!そんな嘘だ、嘘だ、ジョリナ。ごめんっ!俺が!!レイナァァァ、リゼットォォ!!ジョリナッ!!ああああっ!!」


 無茶苦茶に泣きわめくその姿に心臓が鷲掴みにされた。


「ナナシさん……記憶が甦り始めている!?」


 瞬間、お兄さんの身体からどす黒いオーラが噴き出した。


◇ナナシ視点◇


 守れなかった。

 俺が守らなきゃ行けなかったのに。守るって約束したのに。

 俺は何をしている?

 リビングに血まみれで横たわる女性。そうだ、この人を知っている。


「玲奈……?」


 玲奈……俺の大切な人。胃の中身がひっくり返るような感覚。

 

「こんなの……こんなの嘘だ。」


ぐちゃぐちゃになっている記憶の中で俺は家の中を駆け回る。

 唐突に燃え盛る炎に包まれる建物の中に場面がW移る。

 違う。これじゃあない。これじゃあない。この場面じゃあない。


「何わかんないフリしてるんすか?いいじゃん、『こっち側』においでって。楽しい事がいっぱいあるからさ。」


 また場面が違う場所に移る。

 ベッドの上に枕を抱きかかえながら横たわり誘うような視線を向けてくる女性。

 こいつはイシダ……


「違う!お前じゃあない!!この記憶じゃあない!!」


 振り払うように叫ぶと再度場面が変わり扉の前に立っていた。

 部屋にはネームプレートがかけられていた。『丈里奈』と刻まれた文字。

 震える手でドアノブを回し、中に入る。

 ベッドで眠る小さな天使。


「丈里奈……?」


 そうだ。この子は灰色の森でモンスターと戦っていた時に見た幻影の女の子。

 何で今まで忘れていたんだ。あれから一秒たりとも忘れることが無かった。忘れていいはずがなかったのに……


「目を開けて……なぁ。遊園地……行くって約束したじゃあないか。」


 冷たくなった我が子の骸を抱きかかえる。

 そして転がってくる仲間の。リゼットの首。

 カチッ。俺の中でスイッチが入った。


「お前かぁぁぁぁぁぁぁl!!?」


 全部燃え尽きてもいい。

 もう何もかも、どうでもいい……

◇リゼット視点◇


お兄さんの身体から力の奔流が周囲をかきむしる様にあふれ出した。

近くに居たハンド系のモンスターはエネルギー派に飲まれ消滅。サソリ型の『デスシャウラ』も身体の半分を搔きむしりに会い失い、活動を停止した。


「リゼットさん。あなたがしたかったのはこんな事だったのですか?ナナシさんを見て下さい。あの表情を!!」


 メイシーが唇をかみしめお兄さんを指さす。

 今までに見たことが無いような、鬼神のごとき形相。だけどどうしようもない悲しみがその表情の中に沈んでいた。


「私は、生まれ育ったミアガラッハの城にずっと引きこもっていたかった。騎士の娘という、何の意味もない肩書を名乗りながら自分だけの世界で自分に都合のいいように生きていたかった。だからそれを壊して外へ出してきたあなた達がとても迷惑でした。でも……」


「メイシー……」


「あなた達との生活は……何だかんだで好きでした。アンジェラさんと喧嘩したり、リゼットさんに叱られながら家事をしたり、時々ナナシさんの無茶ぶりなクエストに突き合わされたり。外の世界も悪くないな、と。私にとってあなた達は新しい場所でした。それなのにあなたはそれを壊そうとしている。あんなにナナシさんを苦しめて。あなたの心は痛まないのですか!?」


「ボクは……ボクは国を守りたかったんだ。ボクはには未来が視える。ボクにだけ視えた未来は……お兄さんなら変えることが出来る。だけど今のままじゃあ力が足りなかった。ボクは国を守らなきゃ……だってボクは王族だから。国を守る責任があるからッ!!」


「やはり……身分が高い出自でしたか。何となくそんな感じはしていたのです。平民ではないな、と……リゼットさん。あなたが言いたいことはわかります。私だって貴族に生まれた身です。『責任』がある身分です。でも……だからと言って彼の心を踏みにじっていい理由はありません!!」


 そうだ。ボクは間違っていた。

 お兄さんとの出会いは最初から計算されたもので、ずっとだまし続けてきた。

 お兄さんを持ち上げてその気にさせて。最期には利用するために。


「やったぞ。遂に『バルバトスの憤怒』が覚醒した。仕上げと行こうじゃあないか、『ジャーギラス』!!!」


 換気の声を上げたディギモが切り札である巨獣を召喚した。

 体長は優に5mを誇る2足歩行型の上級モンスター。

 白いたてがみと鋭い牙と爪。

 ジャーギラスはお兄さんに飛びかかると力任せに何度も腕を振り下ろし滅多打ちにする。


「や、止めてよ。何でそんな事を!!?」


 たまらず飛び出すとディギモは目を見開き首を傾げる。


「何を言っているのですかリーゼロッテ様。こいつを精神捜査して操り人形にするのですよ。そうしないと暴れまくってしまって危ないったらありゃしない。だから術をかけるために少しおとなしくしてもらっているのです。」


「そんなの聞いていない!お兄さんが覚醒したら事情を話して協力してもらう予定だったじゃあないか!無理やり操るなんて非道すぎる。」


「あなたは自分の立場が分かっているのですか?イリス王国の王女様ともあろう方がこんな異世界から流れ着いてきた輩に頭を下げるなど……」


 ジャーギラスがぐったりとしたお兄さんをその太い腕で拘束する。


「でも、お兄さんにこんなひどい事をするなんて…」


「今さら何を綺麗ごと!!あなたはどれだけ周囲をだましてきたのですか?それもこれも、すべては私たちが夫婦になる為です!!」


「ディギモ?」


 凶器をはらんだディギモの迫力にボクは1歩後ずさりをした。


「ずっとお慕いしていました。身分違いだとも分かっていた。それでもあなたに協力を頼まれた時、ゴミ溜みたいな人生に光が差したと思った。」

 

ディギモが……ボクを?

 そんな、ボクはただ……彼はボクと結婚することで得られる権威が欲しいものとばかり思っていた。


「なのに何故そんな異世界から来た男を庇うのですか……やはりあなたはこの男の事を……」


「な、何を言っているの?ボクがお兄さんの事を……?」


「この男の傍に居る時のあなたはとても楽しそうで輝いていた。今まで見たことが無い程に生き生きしておられた。何故だ。私はずっと、あなたをお慕いし見守って来たのに!!」


「勝手ですよね。あなたも、リゼットさんも。」


 後ろから来たメイシーがボクの隣に立った。


「そうやって自分勝手な理屈を立てて。大事なものに気づかないで。」


「生意気を言うな。俺にとって大事なのはリーゼロッテ様だけだ。」


「あなたもリゼットさんも、もっと素直になれば良かったのに……きっと彼なら、ナナシさんなら打算抜きで助けてくれたでしょう。あなた達の未来も変わっていたかもしれない。」


 もっと素直に……

 そうだ、素直にお兄さんに全部事情を話して助けを求めれば良かったのかもしれない。

 そうすれば……


「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 お兄さんが獣の様に吼える。

 再度身体からあふれ出たエネルギーがジャーギラスを怯ませ拘束から脱出すると右腕を振るう。

 禍々しい力の奔流が腕から放たれた。

 それはジャーギラスを薙ぎ払い、さらにそれを操っていたディギモに襲い掛かる。


「そんなバカな!?リーゼロッテ様ぁぁぁ!!!」


 絶叫と共にディギモは黒い光の奔流に飲み込まれていった。

 半分だけ残った彼の帽子が爆風に飛ばされていく。


「ディギモッ!そんなっ!?」


 お兄さんが天を仰ぎ吼える。

 その目は完全に正気を失っていた。『呪い』に飲み込まれている。

 お兄さんがどれほどの生命力を持っているかはわからないけれどこのままだと呪いの化身。魔獣と化してしまう。


「何とかしないと……ナナシさんが!!だけど近づけない!!」


 お兄さんから溢れ出ているエネルギーは強風の様に吹き荒れていて近づくこともままならない。

 ボクはがくりと地に膝をついて項垂れた。


「ボクのせいだ……ごめんなさい、ごめんなさい!!もう、何もかも手遅れ……」


「何よこれ!無茶苦茶な状況じゃない!!?」


 絶望が満ちていた空間に凛とした声が響く。

 お兄さんによって運命を変えてもらった。ボクが初めて見た奇跡の体現者。

 ひたすら真っすぐにお兄さんの隣に立つ道を選んだ少女。

 アンジェラが戦場に復帰した。


「アンジェラ!」


「アンジェラさん!ナナシさんがその……色々やばいです!!」


「雑い!メイシー!あんた報告が雑い!!だけど雑いながらわかっている!!」


 アンジェラは大きく息をひと吸いすると宣言した。


「あたしがナナシさんを救う!それでもって、ナナシさんと結婚する!!」


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