第63話 伸ばす手
◇リゼット視点◇
ディギモは宮廷付きの召喚士でボクの家庭教師だった人だ。ボクが『ヴァッサーゴの瞳』の強制未来視に悩まされている時には親身になって相談に乗ってくれていた。
悪魔の呪いにかかっていることをむやみに人に教えない方がいいと教えてくれたのも彼だ。例えば下の姉、カトル姉様なんかに知られたら何をされるか分かったものじゃあない。
そして、ボクは国が『未曽有の危機』に陥り滅亡しそうになる未来を視た。そしてその危機を救うのが『異世界から来た英雄』。つまりお兄さんだ。
いつ起きるかもわからない未来。いや、じつはこの未来については『ある理由』からある程度の予測がついている。期限まではあと数年残っているんだ。
だからそれまでにボクは異世界からくる英雄を探し出さなければいけなかった。とは言えこんな突拍子もないことを信じてくれる人なんか普通は居ない……はずだった。
<リーゼロッテ様。俺は信じますよ>
たったひとり、ボクの呪いについて知っているディギモだけが味方だった。ボクはディギモの協力を得て密かに国外へと出た。
彼の協力でゴルガを抜け、ボクは目的地となるコランチェに潜伏することとなった。そしてボクはお兄さんと出会った。
お兄さんが持つ不思議な力を目の当たりにして確信した。間違いない、この人がボクが探していた英雄だ、と。
お兄さんを導いていけば国を救うことが出来る。大切な人達を守ることが出来る。
協力に対してディギモが出した条件はボクとの結婚。目的を達成した後も僕を支え続けたいという事だった。
恐らくはボクが国に戻った後の地位、が目当てなのだろう。ボクがあげられるものなんてない。
だからボクはこの条件を飲んだ。但し、ボクもまだまだ子供なので結婚は目的を達成してからという条件を付けた。
「どうした、リゼット?今日はやけに静かだな。」
「え、いやちょっと考え事を……ね……ってその言い方、ボクがまるでいつもはやかましいみたいじゃあない?」
「でもリゼットと言えばいつもナナシさんの突拍子もない行動に『うぇーー』とか叫んでいるイメージだよね。」
「うぇっ!?」
ボクの反応にお兄さんとアンジェラが「ほらぁ」吹き出す。
全く人が悩んでいるって言うのに……本当にのんきで、いい人達。
ボクはこの人たちをだまして一緒に居る。全てはお兄さんを『利用』して国を救うため。
「のんきですね。これから戦うのは中級でも上の方の部類に位置するモンスターなのに。」
メイシーが嘆息している。そう、ボク達は今、オーガスで受けた依頼で凶暴魔獣を冠するクレストロンというモンスターを討伐するため近くの山に来ている。
「凶暴魔獣だったっけ?オーガス警備隊が苦戦する相手だからな。腕が鳴るぜ。」
「街に降りて来て被害があるなら警備隊ももうちょっと頑張ったらと思うのですが……」
「まあ、そう言うなよメイシー。報酬もいいし、困っている人を助ける事にも繋がるのはいい事じゃあないか?」
「そういう危険な事はこの地域に住むそういう役目を負った人が頑張ればいいのではないかと思います。この土地に縁もゆかりもない私達がしゃしゃり出る事でしょうか?」
「っ!」
胸に痛い何かが刺さる。そう、本来はその地域の危機なんかはその地域に住む人や責任ある人が立ち向かうべき問題だ。
それを見ず知らずの他人にゆだねるのは恥ずかしい事。それが力を与えられた貴族が持つ考え方だ。
だからこの国では元貴族の冒険者が多くいる。貴族というのはそういう『責任』を背負って生まれてきている。ましてや……
「わかるよ。で、でもさ……なりふり構っていられない時だってあるよ。そういう時は誰かの力を借りなくちゃあいけない。それも『責任』なのかもしれない。」
「リゼットさん……」
これは自分への言い訳。ボクは『強い責任』を負う立場でありながらこれまで全く別の世界で暮らしてきたお兄さんを利用しようとしている。
「いや、何ていうかふたりとも難しく考えすぎだろ。」
◇メイシー視点◇
「街に降りて来て被害があるなら警備隊ももうちょっと頑張ったらと思うのですが……」
正直、依頼書を見て驚きました。こんな依頼を出す警備隊には誇りというものが無いのでしょうか?
自分達が守るべき街。その戦いを他者にゆだねるなんて。
「わかるよ。で、でもさ……なりふり構っていられない時だってあるよ。そういう時は誰かの力を借りなくちゃあいけない。それも『責任』なのかもしれない。」
リゼットさんが苦い顔の後にそう言った。確かにそうではあるかもしれないけど、元貴族としてはこの地方にかつていた元貴族たちは何をしているのかと少し腹立たしく思えてきました。
「いや、何ていうかふたりとも難しく考えすぎだろ。」
「どういう事ですか?」
「伸ばせる手の長さは限りがある。でも届くのに手を伸ばさないで死ぬほど後悔するなんて嫌なんだよな。だから俺はこの手が届く範囲はしっかりと手を伸ばしたい。警備隊の人では手に負えないモンスターが居る。だから俺は手を伸ばしたのさ。」
「責任とかじゃあなく手を伸ばしたい、ですか……」
変わった人です。記憶喪失だというけれどこの人はどんな人生を送ってきたのでしょうか?
「そうだよね。ナナシさんがあたしに手を伸ばしてくれたから、お母さんの病気は治ったわけだし……つまりこれって、運命じゃん!!」
ひとりうっとりしている能天気娘が居ますね……
とは言え、彼女にはこの後大きな『仕事』が待っているので気合を入れるのは良いことです。
「まあ、そんなわけだからさ。難しく考えないで気楽に行こうよ。街の人たちの笑顔の為にさ。」
本当に変わっている。だけど……
「まあ、嫌いじゃあないですね。」
「まあ、ナナシさんの場合。強敵と相対するという目的もありそうですけどね」
「流石はアンジェラだな。実の所それもある」
「ナナシさんにはそういう点で振り回されてたくさん大変な目に合ってますからね……あ、噂をしていたら出てきましたよ」
岩陰からゆっくりと三日月状の一本角を持つ二足歩行魔獣が姿を現す。体長は3mほどだろうか。
「あれが今回の討伐対象。凶暴魔獣クレストロンですか……」
「古典的な怪獣タイプって形をしているな。何か滾ってきたぞ!!」
◇リゼット視点◇
「そうだよね。ナナシさんがあたしに手を伸ばしてくれたから、お母さんの病気は治ったわけだし……つまりこれって、運命じゃん!!」
お兄さんの言葉にアンジェラがうっとりしている。
そうだよね、こういう人なんだ。
ボクはそんなお兄さんのやさしさに付け込んで利用しようとしている。
ごめん、アンジェラ。今回の戦いでボクはお兄さんをたくさん傷つけることになる。お兄さんを徹底的に追い込む。
『彼』が近くで待機している。『作戦』が始まる……
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