第53話 転移魔法を経験した件
「それで……アンジェラ、もしかしてこのご老人が転移魔法の使い手って事なのか?確か元絵本作家と聞いているが。」
ベルヘルトさんは筋骨隆々な体躯だが元は絵本職人であったという。もう見た目と職業が全く合っていない。おまけに大魔法の使い手というのも見た目からは想像できない。むしろ丸太のように太いその腕で投げ飛ばされそうだ。
「実はですねかつてこの国が王政だった時のお抱え賢者だった方がいたんだけど……」
「まさか師弟関係!?」
「その人の奥さんの友人の妹さんの孫娘がベルヘルトさんの息子さんのお嫁さんの幼馴染だそうです。」
「それって完全な他人じゃないかな……」
頭痛がしてきた。どう考えても他人だ。
「あ、でもベルヘルトさんと賢者アンスラーはお友達でかつては一緒に魔法を研究していたらしいんですよ。」
「奥さんの友人の~のくだり必要だった!?」
リゼットが思わず突っ込みを入れる。ありがとうリゼット。俺ひとりでは突っ込みが追い付かないところだった。
「まあ、つまりこの人は転移魔法について知っている、もしくは使える可能性があるということか。」
「そうなんです。ただ、今見てもらった通り大分耄碌してしまっていて……」
確かにヘルベルトさんは自分が置かれている状況をあまり理解できている様子はない。所謂認知症という奴だ。この世界の人間はどれくらいの寿命なのだろうか?ヘルベルトさんが90歳という事を考えるともしかしたら元居た世界と寿命は大差ないのかもしれない。
「ヘルベルトさん、俺はナナシといいます。わけあって急ぎスローンの街へ行きたいのですが力を貸して欲しいのです。」
俺の言葉に老絵本作家は蓄えた髭を撫でながら言葉を紡ぐ。
「若人よ、そなたは何を急ぐのだ?」
「……俺は記憶を無くしています。その記憶を取り戻す鍵がスローンの街にあるのです。」
「それ程までに急ぐ必要があるのかね?」
「俺はどうしても記憶を取り戻したい。取り戻さなければならない……」
ヘルベルトさんは小さくうなずくと腕組みをし、こちらをじっと見る。
「記憶……か。記憶とはかけがえのないものだ。それを失うというのは人生を失うに等しいのだろう。ワシもこの歳になって記憶が不確かなものになっていくのを感じておる。それが人という存在だ。若人よ、そなたの気持ちはよくわかる。だがな、その記憶がお主を苦しめる可能性というのは考えたか?」
それは考えた。記憶を失った理由はわからない。恐らく異世界転生した際に生じた何かしらのショックが原因なのだろう。そしてそこには昏く冷たい記憶も恐らく含まれている。
「正直恐怖は感じる。だが自分が何者かわからないまま生きていくのもそれは恐ろしいのです。。」
なるほど、とヘルベルトさんは頷く
「遠方へ急ぎ移動する術……それはおそらく転移魔法の事じゃろう。確かに若き頃、その研究をしていた。そしてひとつの魔法を完成させた……否、完成というがそれは思い描いていたものからは大きくかけ離れたもので精度はかなり低かった。距離についてだがさほど長距離へと飛ばせぬし何より安全地帯への転移も約束は出来ん。」
なるほど、試作型テレポートというわけか。
「それでも構わない。ストローンまで行けますか?」
「うむ、ストローンか。確か昔行ったことがあるな。かつては城塞都市だったが今では観光地と聞いておる。」
「とりあえず俺と、この背中に背負っているメイシーが。彼女に案内を頼まなくてはいけないので……」
「ちょい待った。何故そこであたしを外すんですか。」
アンジェラが抗議の声を上げた。
「ヘルベルトさんは安全を保障できないと言っていただろ?俺のわがままに巻き込むわけにはいかない。」
「何を言うかと思えば……あたし達はパーティですよ?ナナシさんが嫌と言おうがついて行きます!大体、そこのぐうたらがどれほど役に立つかわからないですしね。」
「えっと、この3人だけだと何するかわからないし保護者が必要と思うのでボクも行かないと、だよね。ていうか危険に巻き込みたくないとか言ってるけどメイシーは普通に巻き込もうとしてる辺りお兄さんが冷静じゃないっぽいし。」
リゼットがジト目でこちらを見ていた。確かにメイシーについては強制連行して巻き込んでいる。冷静さを欠いていると言われても仕方がないだろう。反省せねば。
ヘルベルトさんはしばらく俺達を眺め、そっと俺に耳打ちした。
「それで、そなたはどの娘が本命なんじゃ?」
「なっ!?」
「胡麻化さんでもよいだろう。パーティ内の色恋なぞ常識。ましてやこんなかわいい娘さんが3人も……まさか、全員コレか?そなたもやるの、ホホホ。」
「……ノーコメントで。」
ククク、といたずらっぽい笑みを浮かべた老絵本作家は
「それでは今からお主たちに転移なる転移魔法をかけるとしよう。これは一度おぬしらを異空間に飛ばしその異空間回廊を通じ他の場所へとたどり着かせるものじゃ。良いか、心せよ?出口以外の場所から出てしまうとどこに飛ぶかはわからぬぞ。」
ベルヘルトさんが何やらぼそぼそと唱え始めると俺たちの足元に金色の魔法陣が出現した。リゼットとアンジェラはぴたりと俺のそばにくっついてくる。
「ところでお兄さん、さっきヘルベルトさんと何をこそこそ喋っていたの?」
「え、いや。まあ、取り留めもない世間話みたいなものかな!!」
まさかパーティ内の色恋について振られていたとは言えない。下手したらセクハラで訴えられかねん。
ふと、魔法陣の光が消えヘルベルトさんが首をかしげていた。
「ところで……どこに行くのだったかな?すまんな、歳を取るとどうも……」
ああ、そうだ。忘れていたけどこの人は90歳のご高齢だった。
「ストローンです。ストローン!アンジェラ、何か大きな紙に行き先書いて掲げてたり出来ないかな?」
「えっと……」
アンジェラが魔力で空中に文字を描いた。
「おおよし、これなら忘れても大丈夫!!」
再度、ヘルベルト氏が詠唱を始めた。そして数十秒後、俺たちは淡い光に包まれたかと思うと次の瞬間には光り輝く回廊の中を高速で飛行していた。
「凄い!こ、これが転移魔法か!?」
「うひゃー、速い、すごく速いですよこれ!!」
「うっぷ、何か魔法の絨毯を思い出してきて何かこみあげてきた。」
「むにゃ……」
アンジェラはスピードに酔いしれ。
リゼットはスピードによってブレスを吐きそうになり。
そしてメイシーは俺の背中に括りつけられた状態で眠っていた。
ちなみに俺はというと、このザ・ファンタジーみたいな光景に無茶苦茶興奮していた。
天井があったら魔法を使った瞬間に頭をぶつける魔法とか気づいたら町の入り口に到着していたとかそういう味気ないものではなくなんかワープしてる感じがたまらない。
ファンタジーというよりこれはSFというべきだろうか。
だが転移開始から2分ほど経過した時、異変が起きた。背後から何かが迫る気配を感じ視線をやり、驚愕した。フード姿の誰かが更なる高速でこちらに迫って来ている。
「な、何だあいつはッ!?」




