第36話 ガミギンの縄
リゼットのツッコミをガードしていると背後でマジゲネがゆっくりと起き上がるのを感じた。
「ぎゃっ、お、お兄さん!鎧の人がぁぁぁ!!!」
「やはり動けるか………まあ、そんな気はしてたんだがな。」
振り向くとマジゲネは膝をついて俯いていた。
サーシャがそんな彼に肩を貸している。
仮面の下はスキンヘッドのおっさんであった。
洋画のアクション俳優とかにこういった雰囲気の人がいたな。
「フフフ、凄い技だ。起き上がれはしたがまともには動けんよ……」
マジゲネの膝が笑っていた。
「痛い……フフ、痛みを感じぬようになって久しいがお前の技が思い出させてくれたようだ。」
「痛みを感じない、だと?」
「俺が能力者だということは噂で聞いておろう?」
いや、そんな当たり前みたいに言われても困る。
何で見ず知らずなスキンヘッドのオッサンの個人情報を俺が知ってなきゃいけないんだ。
「俺は『ガミギンの縄』の能力者。受けた呪いは『魂の定着』だ。」
何か知ってる体で話が始まってるんで水を差すのも悪い。
ここは神妙な感じで話を聞いておこう。
「の、呪い……」
リゼットが息をのむ。
どうやら彼女は何か感じるものがあるらしい。
「俺は呪いを受ける直前に命を落とした。だが死なせまいと部下たちが俺の死体に魂を定着させ、こうなったというわけだ。」
「す、すまないが呪いとか言われてもよくわからん。。確かこの城がフラウロスの炎とかいう呪いを受けてるっていう話はさっき聞いたんだが。」
「何だ知らんのか。ならば教えてやろう。この世界には72種類の呪われたアイテムというものがある。己の血を捧げることでその者は身にアイテムの力、否、『呪い』を宿すことが出来るというわけだ。」
血による契約というやつか。
だがそれだとフラウロスの炎が何でこの城に宿ったかが説明できない。
リゼットによると確か能力の伝達方法は解明されていないと言うことだが……
「わからんな、何故それが『呪い』なんだ?」
「能力には代償がついてくるというわけさ。」
代償か。
確かにゲームでも呪いのアイテムというものには代償がついてくる。
高い攻撃力を誇るが時々呪いで動けなくなる剣、防御力は高いが常に混乱してしまう兜などリスクがついてくる。
『魂の定着』というのはかなりレベルの高いスキルなのだろう。
「ガミギンの縄は魂を定着させた器が破壊されれば死んでしまうという弱点がある。本来は無機物に定着させるものだが俺はこの通り自分の死体に定着させられてしまった。まあ、死体ってのは『物』なんだな。」
マジゲネが自嘲気味に言った。
「能力発動と同時に俺の身体は自然に腐敗したりはしなくなった。まあ、定着させるものとしてはある種正解かもしれないな。だが反面、俺の身体はだんだん『物』になっていくのを感じた。痛みは感じず、空腹もない。感情もだんだん希薄になっていってやがる。こうやって笑っちゃいるが心の躍動も鈍くなっていってる。」
心の躍動が無い。
それはある意味『死』んでいるようなものかもしれない。
ガミジンの縄は魂を定着させ死を回避する代わりに人としての感情を無くしていくという恐ろしい呪いだ。
「だがな。お前との戦いは久々に心が躍ったぞ。それに痛みだ。忘れかけていた痛みを感じることが出来た。思い出させてくれたのだ。礼を言う。」
「そうか……それは」
良かった、と言えるだろうか。
何故痛みを感じたかはわからんが彼はいずれそういった感情もすべて喪う。
それは一体、どれほどの恐怖だろうか。
そんなことを考えていると爆音が響き建物に穴が開く。
そして頭上からパラパラと何かが降ってくる。
ネジやら歯車やら、機械の部品であった。
直後、ボロボロになったかつて人型をしていた何かが地面に叩きつけられた。
「ヴァラルっ!?だけどこれは……ッ!!」
サーシャが声を上げる。
所々からコードやらがが飛び出し千切れた部位の断面には回路が覗いていた。
「機械?ロボットなのかこいつは!?」
「え、ろぼっと? お兄さん、何なのそれ?」
この世界にはロボットの概念は無いようだ。
いやまあ、ファンタジー世界だしな。明らかにオーバーテクノロジーだ。
「えっとな……凄く性能が良い……ゴーレム?そんな感じのやつだ。」
それにしても何故この世界にロボットが?
「ヴァラルがゴーレムだったというのか?まさかこんな人そっくりのゴーレム技術が存在したとは……」
サーシャも驚きを隠せない様子だ。
すると、ヴァラルの残骸から一匹の生物が顔を出した。
歯車型の飾りが首に着いたリス型モンスターだ。おぼろげだが最初にヴァラルが出てきたときに肩に乗っていたはず。
そうだ、確か腹話術みたいな感じで話していたのでは……
「チクショー!何だよあの『兵器』は!!!」
ああ、こいつがリアルで喋ってたのか。
つまりはロボットの方が腹話術の人形だったのか。
「思い出しました、そいつマキナータっていうモンスターです。アイアンゴーレムを使役する中級モンスター。」
アンジェラが上層階から降りてくる。
「でも喋る個体がいたなんて初耳です。」
「アンジェラ!無事だったんだね。変な貴族は?」
アンジェラは笑顔でサムズアップをして見せた。
「ノーマンも敗れたのか……ならば実質私たちの負け、ね。」
サーシャが呟く。
変な貴族ノーマンは上層階で戦闘不能。
マジゲネも戦闘不能。
ヴァラル(マキナータ)もゴーレムがつぶれてるので戦闘不能だろう。
残るサーシャはまだ戦えそうだが見た感じもう戦おうという気はないらしい。
「それにしてもヴァラルを粉砕した兵器ってのは……」
ヴァラルが吹っ飛んできたと思われる穴は砂ぼこりが立っておりそこからゆっくりとある物体が姿を現す。
キュルキュルと音を立てるキャタピラで移動してくるその物体の前面には長い砲身が備え付けられていた。その砲身は何か首が長い生物を模しているようにも見える。
まるで戦車みたいな外見だが大部分のパーツには見覚えがあった。
マーナガルムだ。
そう言えば引きこもり『兵装』とか言ってたな。
つまりはそういうこと、なのか。
王から賜ったという大楯は改良され引きこもりの寝床兼兵器となったわけだ。
それにしても……
「ヤバいな、かっこいい……」
思わず語彙が爆死し、ただただ感嘆の息が漏れる。
この世界に来てまさかこんなロマンあふれる兵器に出会えるとは思わなかった。
デカイ砲身とか男のロマンが詰まっているじゃないか。
マジゲネも俺の想いを察したのだろうか、無言でうなずく。
どうやら男同士、通じるものがあるらしい。
すると追加装甲が消失し、元の形に戻ったマーナガルムが展開した。
中にはメイシーが搭乗していた。
「ふぅ、何か体中から色々飛ばしてきて面倒だったからさっき出てきた新しいキーを使ったんだけど……ナニコレ、お城が無茶苦茶に壊れました……だるっ……」
深いため息の後、がっくりと項垂れる。
うん、それはもう何と言うか色々とごめんな。
「くそっ、ついていやしねぇ。だが任務は遂行出来たぜ。」
ヴァラル(マキナータ)が残骸の上で毒づく。
「ヴァラル、あなたは何を?任務とは?」
サーシャの質問に答えずヴァラルは飛び上がると首の歯車を光らせた。
するとヴァラルの残骸から機械の部品が持ち上がり組み合わさり小さな乗り物ゴーレムを作り出す。
「全てはナダ解放騎士団の為に!!」
そんな文句を口にするとゴーレムがその場から飛び去っていく。
ナダ解放騎士団?
何かまたややこしいことに巻き込まれかけている気がするんだが……
◇?????◇
憎い。
ああ、憎い……
ただただこの世界が憎い。
光の影には闇がある。
私の中に揺らめく憎しみの炎。
この世界を飲み込んでやろう。
笑顔も、愛も、希望も、全てを溶かし黒く染めよう。
それこそが私がここに居る意味。
新たなる恐怖の時代を、作り出すとしよう……




