第35話 ベリアーノの鉄堕
◇マジゲネ視点◇
俺の名はマジゲネ。かつては飛蟲国家『マグナ・ドネル』という国の騎士団長をしていた。マグナ・ドネルは虫型モンスターと共に生き、戦う国家である。俺も愛虫クワンガスを駆り戦場を駆け抜けたものだ。他国にはない特異な戦力であったがそれは自国を守る為に振るわれるものであり平和的な思想を持っていた。
俺も王に仕え、愛する我が国を守れることに誇りをもって生きていた。だが、そんな日々をある異変が砕いたのだ。ある頃から村ごと人間が消失する事件が発生するようになった。王の命を受けた俺は部下たちを率い国境近くの村へと調査に向かった。しかしそこには『奴ら』の罠が待ち受けていた……
俺達はその罠にかかって多くの仲間を失った。俺自身も瀕死の重傷を負いつつも敵に一矢報い逃げ延びた。だがその後に待っていたのは身に覚えのない罪だった。
村人の虐殺。
国家転覆未遂。
それらが俺と部下達のせいにされていたのだ。最初は兼ねてより国境付近で小さな衝突を繰り返していた隣国が何かしら関与していると思っていたがそれは間違いであった。敵は、自国内の思わぬところに居たのだ。
王の側近のひとり、マリーシャが『奴ら』と通じており俺達は無実の罪を擦り付けられた。ひとり、またひとりと奴らの手にかかり命を落とし国を脱出できたのは俺だけであった。それから大逆の騎士の汚名を背負い、俺は賞金首として裏の世界で生きることとなった。
相棒であったクワンガスは大丈夫だろうか。あいつをあの国に置いてきてしまったことが悔やまれる。今回も闇があるといわれる令嬢、シアアリスの依頼で動く城という珍妙な地に降り立ったわけだがここで実に面白い出会いがあった。先に城に到達していたパーティー、そのリーダー格と思しき青年と闘うこととなったのだ。
武器を持たない格闘家なのだがこれが中々の使い手であった。俺の攻撃を華麗に切り返すし剣で斬ってもそれを無傷で受け止める。挙句、俺の仮面の一部をぶち割りさえしている。久々の強敵に心が躍った。そして今、一瞬のスキを突かれ俺はナナシというこの男に逆さに背負われ下層目掛け落下していっているところだ。何を言っているかちょっと自分でもわからないのだがまあ、説明したとおりだ。こんなことをする奴はいまだかつて相対したことが無い。世界とは広いものだな。
それにしてもこれ、中々どうして危険な技じゃあないか。もしやこれは奴の奥義か何かだろうか。
「えっと……咄嗟に出たんだけどこれ名前どうしよう……ボーリングクラッシュ……いや、微妙か……」
ちょっと待て、聞き捨てならないセリフが聞こえてきたぞ?これは奥義どころか咄嗟に出た技だというのか!?しかも名前が無いだと!?そんないい加減な技で決着するのは幾らなんでも……
「は、早く名前を決めんかっ!!」
「ええっ!?よ、よしっ、ベリアーノの鉄堕──ッ!!」
着地と同時に身体を引き裂く程の衝撃が駆け巡った。それは長らく忘れていた『痛み』というものだ。『呪い』を身に受け国を追われるようになってから感じることの無かったものだった。
「ベ、ベリアーノの鉄堕……なるほどな。」
ベリアーノとは確かこの国の首都にもなっている都市の名前だ。遥か昔、この国で魔族が跋扈していた時代の物語だ。王都ベリアーノでは人間と魔族の激しい戦いが繰り広げられたという。魔族に追いつめられ万事休すかと思われた時、天上より神の鉄槌が下り人類に勝利をもたらしたという伝説がある。これはその話をもとにしたネーミングというわけか。
「み、見事な一撃だ。」
◇ナナシ視点◇
マジゲネを背負い落下しつつ俺はある重大なことに気づいた。
「えっと……咄嗟に出たんだけどこれ名前どうしよう……ボーリングクラッシュ……いや、微妙か……」
どうせならかっこよく名前を点けて決めたいところだ。
「は、早く名前を決めんかっ!!」
思案しているとまさかの敵から技名を早く決めろとせっつかれた。よくわからん状況だがやはり無名の技で決着というのはこの世界的にもいいことではないと言うことなのだろう。とは言え、名前なぁ名前………地上が近づいていく中、ひとつの単語が頭に浮かんだ。そこから脳を更にフル回転させて技名を絞り出す。
「ええっ!?よ、よしっ、ベリアーノの鉄堕──ッ!!」
ベリアーノ……つい先日リゼットに見せてもらったこの国の地図にそんな名前があった。
どうやら首都、要するに東京みたいなものだ。そこから落下技ということで「堕」という単語が出てきて多分鎧を砕くだろうから『鉄』という単語も混ぜてみたところそれっぽいものが出来た。
リバースタイプのスープレックス技だが高度もあったしダメージは相当なもの。え?即死技じゃないかって?まあ普通はそうなんだろうけどこの世界の人って結構頑丈だしこいつに至ってはそれくらいしないと倒せない気がしたんだよな。うん、勘だけど……
「み、見事な一撃だ。」
案の定ダメージはデカく仮面は完全に粉砕。鎧も上部がほぼ弾け飛びマジゲネ自身は口から血を吐きダウンした。
ちなみに着地地点はドンピシャ。丁度リゼットの前に着地できたようだ。技が決まると同時にリゼットと目が合い………
「ひんぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!? お、お兄さんっ!?」
耳をつんざくような絶叫をあげ、目玉が飛び出るのではないかと言う程驚くリゼット。何か見たことのない衣装を着てるが細かいことは気にしないでおこう。少なくとも目の前に居る彼女からはさっきの物騒な気は感じられない。
「マ、マジゲネ!? こ、これは一体どういう状況です!? 理解が、理解が追い付かない!!?」
後ろではリゼットと戦っていた剣士、サーシャが腰を抜かしていた。
「だ、大丈夫だよサーシャさん、ボクも理解が追い付かないからっ!!!」
うん、いつものリゼットだ。良かった。
「フッ、待たせたな。」
技を解くとマジゲネが音を立て倒れる。起きてこないことを見るとこのまま決着と考えてもいいだろう。
あれ、これって結構決まってないか?後はこれでリゼットが『お兄さんっ』とか抱き着いてきたら完璧じゃね? いや、そんな事があるわけないか。俺に限ってそれはない。
「な、何て危ないことやってんのさ、このお兄さんはっっ!当たったらどうするのっ!! ていうか落下技をする時はきちんと下を確認してって何回言ったらいいのっ!?」
リゼットが振るう刃によるガチツッコミを俺はガードで受け止める。ほらね、世の中そんな甘くないってことだな……




