第32話 この能力査定魔道具は故障しているに違いないと思う件
◇ノーマン視点◇
我が名はアンブリス・ノーマン。
旧アンブリス領の領主である。
旧アンブリス領は元々豊潤な土壌、静かに流れる美しい川と自然に恵まれた静かな牧場地域だった。
父上は良い統治をしていたので領民達に慕われており王国が解体されアンブリッシュ地域と名前を変えた後も我が家は弱小ながら領民達と共に新しい時代を生きていた。
だがある日の事、外の国からやって来たという者達が金で土地を買いあさりそこに『工場』なるものを建てたのだ。
当初は反対をしていた父上も工場というものが出来る事によってそこに労働が生まれ地域の発展につながると考えた私が説得し、了承を得た。
それが悲劇の始まりだった。
確かに労働は生まれた。
しかし同時に自然は汚され領民達は奴隷の様にこき使われることとなった。
工場の経営者ジェローム・スモッグルは何やら大きな組織の後ろ盾があるらしく好き放題振舞っていた。
そもそも工場自体もその組織に供給する『兵器』なるものを作成している場所だったのだ。
父上は領民達を守るためスモッグルに立ち向かったのだが高齢だったことと奴の抱える私兵集団が思いのほか強く返り討ちにあってしまった。
ギルドに助けを求めてみたが既にアンブリッシュ地域のギルドにはスモッグルの根回しがされていて力になってはくれなかった。
全ては私の判断ミスが招いた事態だ。
それが父が愛した旧アンブリス領とその領民を苦しめてしまった。
工場は悲劇の象徴となってしまった。
毒された土地が元に戻るのは時間がかかる、否、もはや手遅れかもしれない。
だが何としても民たちだけでも救いたかった。
だから私は様々な伝手を辿り、レミングスターの令嬢シアアリスにたどり着いた。
彼女に気に入られ、家族になることでこちらも大きな後ろ盾を得ようと考えたのだ。
シアアリスは傲慢でわがままな女であった。
だが私が貢いだ先祖代々伝わるアンブリス家の家宝の数々を気に入りいつしか婚約者という立場を手に入れることが出来た。
そしてある日彼女は動く城に眠るという宝玉をねだった。
だから私はこの地位を守る為にも、民を救うためにミアガラッハの城の調査を試みた。
シアアリスからの紹介でお尋ね者だという鎧の男マジゲネ、腹話術で喋る珍妙な男ヴァラル、そして刀を扱う物騒平民サーシャ。しかし……
「ええい、何なんだこの個性的な賊共は。」
既に城には賊が忍び込んでいた。
しかもひとりはミアガラッハの後継者を名乗る少女であった。
そこで私は手分けしてこのけしからん賊を退治することになったのだが……
「ま、待たぬか!何だその逃げ足の速さは!!」
平民の癖にやるではないか。
身体魔法強化を使っているとはいえ、賊の1人である少女は仲間と思われる男を抱え逃げている。
途中で空から降ってきた平民剣士と賊の1人が戦いだしたがあれは放っておいてよいだろう。
しかし、この平民、中々やるな。私より走るのが速いと来た。
恐らくは才能のすべてを身体強化に使ったのだろう。
平民ながらあっぱれだ。
この世界において貴族と平民の間には明確な差が存在する。
それは限界レベルの存在だ。
簡単に言えば貴族というのは成長の限界レベルが高い。
故に様々なスキルを習得しながら強くなれる。
対して平民は限界レベルが低い。そういう法則なのだ。
それ故に平民の成長には限界がある。
無論、限界レベルを解放する方法は存在する。
だがそれにはとある国にある大教会に多額の寄付をする必要があるのだ。
それでも1回に限度が5上がる程度。
限界レベルを解放出来るのは富を持つ貴族などに限られるわけだ。
それが平民と貴族の差。
なれば貴族は平民より強いのだからその力を以て間違いを正さなければいけない。
他人様の城を荒らしに入る賊などはここで捕まえておかねば他の民を脅かすだろう。
これは貴族として生まれたものの義務であると私は考えている。
ちなみに調べてもらったところ、私に現在のレベルは15。限界レベルは29だそうだ。
恐らくあの平民はすでに限界レベルに達しているだろう。
そうだな、せいぜいレベル8くらいだろうか。高くても11くらいだろう。
そうこう考えているとやがて行き止まりに追いつめた。
「追いつめたぞ賊め!」
よくここまで逃げたものだ。
少女は抱えていた男を下ろすと魔道具を杖に変化させ構える。
「面倒だったから戦いたくなかったんだけど、ナナシさんを守る為なら仕方ない。」
「フンっ、女に守られるとは情けない男だな。デカいのは図体だけだな。」
男というものは率先して女を守るものだろう。
それを守られるなど情けないやつだ。
しかし、気づく。
少女が目を見開きすさまじい形相でこちらを睨んでいるではないか。
「今何て?ナナシさんのことを何て言った?」
おや、これはもしかして怒っている?
いや、もしかしてじゃなくても困ってるよな。ちょっと怖い。
だがここでたじろいでは貴族が廃るというもの。私はあえて挑発した。
「情けない男だと言ったのだ。図体がデカイだけだともな!さぞや情けない生き方をしてきたんだろうな。」
瞬間、少女がギリッと歯を食いしばり更に怒気を強めた。
「あなたはナナシさんの何を知っているの?この人が私にとってどれだけ大事な人かも知らずよくもそんな暴言を……あったま来た!」
う、うむ、ちょっと言い過ぎたかもしれない。
そうだな、言い過ぎは良くないよな。謝った方がいいかもしれないな。
そんな事を考えていると平民少女は杖をこちらに向けた。
これはつまり攻撃魔法を使うと言うことだろう。
まあ、身体強化に努力値を振ってるようだし大した魔法は使えないだろう。
先ほどの風迅脚は風属性と言うことを考えれば初級風魔法の風弾位が来ると見た。
仕方ない。軽く障壁を張っておいて攻撃などが無駄だということをわからせてやろう。
その結果を見れば頭に血が上っているとは言え実力差を悟り戦意喪失するだろう。
「水流弾!!」
想像に反し巨大な矢が私の障壁を破った上で頬を掠り、背後にある壁に着弾。
ガラガラッと大きな音を立てて壁が崩れていった。
は?今何が起きた?
「な、何だこれ。え……?」
振り向いてみるとやはり着弾した壁は一部が大きく抉れて崩落していた。
はて、今何て言ったっけこの平民。
確か、水流弾だったよな。間違いない。
水属性の初級魔法だ。それが何で私の障壁を破れる?
しかも風魔法を使ってたのだから魔法適性は当然風だと考えるのが筋だが……もしや本来の適性は水?否、だとしてもだ。
「ありえない!だとしても風迅脚の効果があれほど高く、尚且つ水流弾でこの威力を出せるだと!?そもそも水流弾の威力だっておかしいし説明がつかない!!」
更におかしなことがある。
水流弾の形だ。
「そもそも水流弾は本来、3発の矢を放つ魔法だぞ!魔法の形が間違ってるじゃないか!!」
「確かに教本だとそうだけどそもそも矢を複数撃つのは水流連撃弾がやってるじゃない。それなら3つに分けるよりひとつに束ねた方が威力が出るんじゃないかって思ったのよ。」
いやまあ、確かに理屈ではそうだ。
私も教本を見て、何故3本に分けるのだろうかと思ったことがある。
だがそれは様式美であると家庭教師に教わり納得した。
様式美であるならばを変えるなど無粋極まりない。
「いや、だが束ねたところで今の威力はおかしいぞ。初級魔法だぞ!?中級防御魔法である黒曜壁を敗れるはずがない。」
黒曜壁はレベル12相当の魔法。
初級呪文などまず通さない。
「初級魔法だったとしても研鑽次第では高威力の魔法になるでしょう?」
「だがそれは魔法の才能に長けた一部の貴族の話だ! 貴様は平民であろう?そんな領域に到達出来るはずがない。まさか貴様は貴族だというのか!?」
「貴族だの平民だの下らないなぁ。一応言っとくけど私は平民だからね。」
「それがおかしいんだよ。そんな平民が居てたまるか!!」
「そんなこと言ったって居るんだから仕方ないでしょ。」
少女は膨れっ面になる。
意味が解らない。
この少女は本気で何者なのだ。
「ぐっ……ならば食らうがいい。私が長年の研鑽の末に編み出した火属性の秘技!その名も、炎魔猿!!」
猿の形をとった炎を創造する中級魔法だ。
今回は特別に3体創造した。
猿たちは少女の周囲を跳ね回る。
単純に飛んでいく魔法ではなくトリッキーな動きで敵を惑わせ隙をついて接近し爆発するという魔法である。
「どうだ、私の猿たちの動きは?この速さでは撃ち落とすことは出来まい!!」
「うっ、ちょっと早くて狙いがつけにくい。うーん、めんどくさいなぁ……それじゃあ、蛍火壁!!」
少女が自分の周囲を覆う障壁を張る。
とは言え初級防御魔法。炎魔猿は防げまい。
そう思った瞬間、飛び掛かった猿の一匹が蛍火壁に阻まれ消滅した。
「馬鹿な!」
あっさりと阻まれた上、めんどくさい?
意味が解らない。
「あー、何かぴょんぴょんうっとおしいなぁ……」
何だろう。すごくマズイ予感がする。
というかこの反応は最早悪い事しか起こらないだろう。
「水流連撃弾!!」
2本の矢がそれぞれ別方向へ飛び、炎の猿を正確に射貫き消滅させた。
あー、えっと、それってなぁ……
「いやいやいやいやいやいや、おかしいだろそれ!?何で防げる!?何で撃ち抜けるんだ!?」
「はぁ?そりゃあなたの魔法がへっぽこだからでしょ。」
「違う違う、明らかに貴様がおかしいんだよ。平民だろうが! 平民の魔法が何で貴族を上回れるんだよ。」
「知らないわ。まあ、確かにここ数ヶ月で急に強くなった気はするけどね。そりゃナナシさんについていってたらそれくらい成長するんじゃない?結構難しい依頼をこなしてたしね。割とハードスケジュールだったわ。」
いやいやおかしい。
成長限界があるんだぞ?
これはどういうことだ。とりあえずこいつのステータスを計ってみよう。
相手のステータスなどを視認できる魔道具『査定眼鏡』をかけて少女を視る。
レム・アンジェリーナ
性別:女性
血統:平民
年齢:17歳
適性:剣D 短剣D 刀D 槍D 弓D 斧C 杖A 魔A+
レベル:19
限界レベル:94
「はぁぁぁぁぁ!?」
もう嫌だ。頭が痛くなってきた。
何だこのレベル。私より高いではないか。
輪をかけておかしいのは限界レベルだ。こんなの見たことない。
この少女、実はどこかの王族とかじゃないだろうか。いやでも血統は平民と出ているな。
ということは魔道具の故障?
そうだ、少女が守ってる男を査定してみよう。
?????
性別:男性
血統:平民?
年齢:?歳
適性:剣X 短剣X 刀X 槍X 弓X 斧X 杖X 魔X
レベル:30
限界レベル:???
あーっ、絶対これ魔道具の故障だ。
名前は出てこないわ、武器適性は変なの出てるわ。
レベルはやっぱり恐ろしいほど高く出るわ。限界レベルも不明だわ。
私は静かにうなづくと魔道具を外し握りつぶした。




