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第29話 へっぽこ貴族が追いかけてくる事案

◇アンジェラ視点◇


 お母さん、あたしは本当に毎日退屈しません。

 ナナシさんといると本当に今前考えもしなかったようなことがたくさん起きるんだけどまあこれもその一環かな。

 ナナシさんの失われた記憶を取り戻す為、悪い魔法使いが住む動く城に来たんだけどそこで出会ったのは変な格好をした騎士女とペットの犬。


「犬ではない。狼だ。我が名はアカツキ!ミアガラッハの家に仕える剣士である」


 いや、犬だし。

 首輪してるし。剣士って言ってるけどどうやって剣を扱うんだろう。

 咥えていたら涎とか凄そうだよね。


「この姿に疑問を持つのは無理もない。これでもかつては2本の脚で大地を踏みしめていたのだよ。色々わけがあって獣へと身を落としたがな。」


「それって……ナナシさんみたいに放尿かました罰とかですか?」


 きっと神聖な場所とかでかましちゃったんだろう。

 不憫な……


「いや、そういうわけではない。まあ、色々あって前当主、即ちメイシーの父上に拾われてな」


「ペットとしてですか?」


 父親が犬を拾ってくるならば理由は1つ。

 ペットとして飼うために決まっている。え、元剣士?しゃべる?

 珍しい犬だよね。


「まあ、そんなところだ」


「ペットだったんか!!」


 ナナシさんが盛大にツッコミを入れている。

 ほら、ペットだったでしょ?

 とまあ、こんな感じで話が進んでいき、何か城が能力者だとか聞こえてきたけどナナシさんの影響かな。あんまり驚かない。まあ、そういうことくらいあるよねって感じ。

 そしてあたし達は目的の『マーナガルム』を見つけることが出来た。

 それは呆れるほどに大きな盾。だが更に呆れるのは改造によりこの引きこもり騎士の寝室になっていたという事実だったりする。


 一応引きこもり兵装って呼ばれてるみたいだから戦闘能力はあるのだろう。

 とりあえずマーナガルムを前にしてもナナシさんに変化はない。

 それなら触れてみようとのことで触れた瞬間、空気が一変した。

 ナナシさんの身体が大きく痙攣しみるみる顔色が変わっていく。

 何が起きたかはわからないが数秒後に覗き込むと土気色だった。


「ちょっとお兄さん大丈夫!? お兄さん! お兄さん!!」


「ナナシさん、大丈夫ですかっ!?」


 これは尋常ではない。

 恐らく記憶が戻っているのだろうけど、その記憶は……きっと彼にとって良いものではなかったのだろう。


「リゼット……アンジェラ………俺は……?」


 む、リゼットの名を呼ぶのが先なんだ。

 出会ったのはリゼットの方が先だから別にいいんだけど少し胸がちくっとする。

 いけないいけない。そんな事を考えていたら嫌な女になる。

 次の瞬間、ナナシさんがふらつきあたしの方に倒れかかってきた。


「危ないっって、ええええ、ナナシさん!?」


 抱き着かれるような形で彼を受け止める。

 

「うぇぇっ!? お、お兄さん何やってるの!?」


 リゼットが顔を真っ赤にしてあたふたしている。


「リゼット、これ違うって。ナナシさん倒れそうになってて……あ、でももう少しこのままでもいいかも。いっそのことこのまま倒れてもそれはそれで」


 よっしゃ! キタコレーー!!と心の中で叫びつつこれはマズイと感じていた。

 予想以上にナナシさんの心が傷ついている。一体どんな記憶が戻ったというの?


「アンジェラも落ち着いて! 何か心の声みたいなのがダダ漏れだよ!!」


 安心してください。ダダ漏れではなく一部漏れてるだけだから。

 とりあえずナナシさんをどこかで休ませないと。

 そんな事を考えていると……



「みんな、伏せて! 来るよっ!!」


 轟音と共に城の壁を突き破って侵入してきたのは飛竜、グリーンワイバーン。

 いやいや、ミメタイト鉱石製の城壁に突っ込んでくるなよ。さっき魔物除けとか説明したばっかりなのに除けてないし。

 ていうか次から次へと色々来るなもう。

 こっちはナナシさんの事で精いっぱいなのに。

 激突のショックでかワイバーンは伸びてしまったようだ。その背から人が降りて来た。

 はっきり言ってワイバーン可哀そう。

 降りてきたのは無精ひげが汚いおじさん、胸にバラを刺した馬鹿そうな若者。


「何だ、この薄汚い連中は?」


 薔薇の馬鹿が訝しげにこちらを睨んでいる。

 薄汚い?は?こいつ初対面で何なの!?


「先に名乗ってやろう。我が名はアンブリス・ノーマン。旧アンブリス領の領主である。貴様ら、ここで何をしている!!」


 旧アンブリス領?

 大陸の先っちょにそんな名前の地域があったっけ。

 確か薔薇の産地か何かだったと思うけど……ああ、だから胸に馬鹿っぽく薔薇を刺してるのかな。


「ミアガラッハ家当主、ミアガラッハ・メイシーです。」


 メイシーの返しにノーマンがたじろぐ。


「なっ、まさかミアガラッハ家の方が住んでおられたとは!失礼をした。先ほどの激突はその、不慮の事故というか、えっとその……」


 あ、こいつ権力に無茶苦茶弱いタイプか。

 ということはミアガラッハって結構権威のある貴族だったんだ。


「我々はこの城の調査に訪れたのです。長年、この城は主が不在と思っており、ならば管理が必要と思った次第で……」


「不要です。見ての通りミアガラッハの血筋は健在です。どうぞ、お引き取りください。」


「で、ですよねぇ。あはは…」


 ノーマンは愛想笑いを浮かべているが表情は引きつっている。

 すっごく小物臭が漂ってる。



『お待ちを、閣下!』


 無精ひげが声を上げる。

 否、正確には彼の左肩に小さなリス型モンスターがちょこんと乗っておりそれが口を開いていた。

 銀色の体毛。そして首には歯車の様な飾りがついていた。

 やだ、なにこれかわいいじゃない。


「む、どうしたというのだヴァラル。あまり失礼な態度を取るんじゃない。もうさっきから心臓がバクバクいってるのだぞ?」


 ノーマンは大真面目にモンスターに話しかけていた。

 えっと……腹話術……みたいな感じ?


『ノーマン様、騙されてはなりません。その女がミアガラッハの血筋である証拠はありません。奴らは城に不法侵入している賊に違いありません。賊が貴族を名乗っているだけです。それは貴族たる閣下として放っていてはいけない案件ではありませんか。』


「なるほど! それは確かにそうだな。そういうことか。」


 え、馬鹿なの?


「よくも騙してくれたな女狐め。このアンブリス・ノーマンの眼が黒いうちは貴様らの様に卑劣な賊共の好きにはさせぬ!」


 とりあえずぶん殴って白目にしたらいいのかな、この状況。


「アンジェラ、ここはお兄さんを連れて逃げるのが先決だよ。今のお兄さん、戦えるような状況じゃない。」


 それは大いに賛成。

 とりあえず当初の目的は達成したわけだし長居は無用だよね。

 そんな事を考えていたら眼前に黄色い楕円形の小さな水晶体が浮かんでいるのに気づく。


「あ、これ!アンジェラの魔道具が似たような形のから出てきたんだ。色は違うけど同じようなやつだよ」


「じゃあこれが噂のナナシさん宝箱!?」


 もしやあたしの更なるパワーアップアイテムがここに!?


「何さそのネーミング………と、とりあえずお兄さんに握らせてみて!」

 

「ほいきた!!」


 善は急げ。

 ナナシさんの手に水晶体を握らせてみると話に聞いた通り溶けるように消え中から数点のアイテムが姿を見せた。

 黄色のプレートが1枚。そして金色の鍵が2本。鍵の頭にはそれぞれ違う模様が刻まれている。

 

「何これプレートと、鍵?」


「この鍵は……ごめん、これボクのだ。」


 リゼットが鍵を手に取る。

 そっかそっか、リゼットにだって必要だよね、新アイテム。


「ということはあたしのはこのプレートかな。でもどうやって使うのかな」


 手に取ってしげしげ眺める。

 すると横からメイシーがひょいっとプレートを横取りした。


「私が似たようなものを持っていますわね。」


 メイシーが懐から色違いのプレートを取り出し見せる。


「いやいや、何で!?おかしいじゃない!」


 何で出会ったばかりの引きこもり騎士にパワーアップアイテムが出るのよ。

 今回あたしなしなの!?

 メイシーはあたしの抗議に耳を貸さず、素早い動きでマーナガルムの内部に備えられたシートに座る。

 何かを操作するような動作の後、外装がゆっくりと閉じていく。


「ちょっ、メイシーさん何でいきなり引きこもっちゃったの!?意味わかんないんだけど!?」


 リゼットが腕をぶんぶん振り回しながら抗議するがまあ、聞こえてないかな。


「ええい、何なんだこの個性的な賊共は。」


 あんた達がそれを言うか。

 そっちはバラを刺した馬鹿貴族と腹話術師じゃない。


「リゼット!引きこもりは置いといてあたし達は逃げるよ。風迅脚(ガゼルタ)!!」


 元より引きこもりなんかあてにしてない。

 あたしは身体強化魔法を自分とリゼットにかけると逃げる準備をする。

 何せナナシさんはまだ意識が朦朧としているようだからこっちもそれなりに強化しなければならない。

 

「ヴァラルよ、あのわけのわからない鉄の塊に逃げ込んだ偽貴族はお前に任せた。私は貴族の名に懸け連中を捕まえてやろう。吹きすさべ野分の風、わが身に風の加護を……風迅脚(ガゼルタ)!!」


 相手も身体強化を使った。

 魔法使いってことかぁ。ちょっと面倒かもしれない。

 と思っていたらノーマンの足元に緑色の魔力が渦巻きゆっくりと身体を包んでいく。

 そう、ゆっくりと……え、マジで?

 こいつ風迅脚(ガゼルタ)みたいな初級魔法でこんなに発動遅いの!?


「リゼット、行くよ!!」


「う、うん!!」


 あたし達は馬鹿貴族たちに背を向け脱兎のごとく走り出した。


「ま、待たぬか!何だその逃げ足の速さは!!」


 いや、あんたの魔法がへっぽこなだけなんだけど……

 数秒の後、ノーマンが走り出すのを感じた。

 ていうかあの状態から更に数秒かかるって何だろう。風適性が無いってことだよね。


「得意属性の身体強化魔法使えばいいのに……」

 

 そんな事を考えながら外へ出て庭を走っていると進行方向に上空から何かが降ってきた。

 それは人だった。

 鎧を纏った戦士、そしてあたしやリゼットもよく知る女剣士。


「リゼット!?それにあなたは……アンジェラ!?」


「サーシャさん……」

 思わぬ邂逅にあたし達は脚を止めていた。

 否、リゼットは脚を止めずナイフを抜いてサーシャさんに斬りかかっていた。


「ええええ、リゼット何やってんの!?」


「アンジェラ!お兄さんを頼んだ!サーシャさんはボクが止める!!」


 一瞬でサーシャさんを敵と見抜き勢いを殺さず食い止めようと飛び出すなんて。

 何その判断力。未来でも視えてるの!?

 そして何かよくわからないけどナナシさんを託された!?

 つまりはあたしとナナシさんの間に何かが芽生えるのを後押ししてくれているわけで。


「一応言っとくとお兄さんが復活するまで連れて逃げてって意味だから!」


 くぎを刺された。はいはい、わかってますよ。

 ということであたしは踵を返し別方向へ逃げる。


「俺が追おう。」


 短く言い、鎧の戦士が動く。

 一方、別方向からは馬鹿貴族ノーマンが追いかけてくる。

 うわっ、ちょっと面倒な状況かも!?

 とりあえず振り払わなくては。

 所々崩れている壁などを足場にあたしは上へ上へと昇っていった。

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