第2話 剥ぎ取り少女とグラフィックTシャツ転生者
何ということでしょう、異世界でいきなり殺生をしでかしてしまった……
「はぁぁぁぁ……」
息絶えたコープスウルフの亡骸を前に深いため息とともに両手を地面について落ち込んだ。まさかわんこを殺めてしまうとは。何て罪深いことをしてしまったのか。小動物殺しはシリアルキラーの入り口だとか聞いたことがある。
「ちょ、ちょっとこの人意味わかんないよ。モンスターを瞬殺したと思ったらなんで急に落ち込んでるの?」
異世界の少女よ。この世界ではどうか知らんが、俺のいた世界では生き物の命を奪うというのは大変なことなのだ。ましてやわんこ系だ。確かにちょっとグロイ感じだし凶暴性もありモンスターだというのはよくわかる。だが命を奪ったということに変わりはない。
まあ、緊急だったから仕方がないが……それにしたってワンパンってなぁ。意外に貧弱なモンスターだったか。弱い者いじめをした気分だ。
いや、待てよ。でも少女はこのコープスウルフとやらが確か中級モンスターで本来ならこっちが瞬殺ものの実力差とか言っていた。という事は一応正当防衛ではあるわけか。
しかし、それだけ凶暴なモンスターを一撃で倒し少女が驚いている。これらの情報からあるワードが導き出された。
「俺TUEEとかいうやつか……本格的に異世界転生の実感が湧いてくる展開だな。」
まあ、転生して早々オオカミに食い殺されるのもそれはそれで嫌だな。そしてこれが異世界転生だとしたら本来の俺は死んでしまっているということになるのだがトラックにでも轢かれたのだろうか?
それとも不慮の事故か。何せ転生の定番と言えばトラックだ。
とは言え出来るだけ誰かに迷惑がかかる死に方じゃなかったらいいのだが……だって、仮にトラックに轢かれたとしよう。
運転手にも過失はあったかもしれないが人を死なせた十字架を背負って生きていかなくてはならないのだから。
「あの……えっと、お兄さん大丈夫?もしかして怪我とかしちゃった?」
少女が心配そうにこちらを見る。
ああ、そう言えば両手を地面についたまま考え事をしていたな。
これは傍から見たら体調不良に見えるだろう。
「あ、ああ。すまない……ちょっと状況が飲みこめてなくて動揺していた様だ」
「そ、そうなんだ。でもよかった。怪我とかはないんだね?それにしても中級モンスターを素手で一撃なんて……結構ランクの高い武闘家さん?」
なるほど、武闘家か。
もしかして転生前は何か武道の心得があった可能性もあるということか。
…………いや、残念ながら思い出せないな。
「あ、自己紹介が遅れました。ボクはリゼット。近くのコランチェって町を拠点に冒険者をしています」
丁寧な自己紹介だ。育ちの良さを感じる。
それにしても冒険者、か。
ということはダンジョンや魔法といったものも存在する世界だと考えていいだろう。
「あの……ところでお兄さんの名前は?」
「お兄さん」か。いい響きだ。
何かこう、体の奥底から湧き上がってくるものを感じるな。
もしやこれが『萌える』という感情なのか。
「俺の名前か。それについては問題があってね………うむ、そうだな。何から説明しようか。」
俺はまず自分が何処から来て、何という名前であったか記憶がないことをリゼットに伝えた。
異世界からの転生であることは伏せておいた。
状況的に十中八九異世界転生だとは思うがそれをどのように伝えればいいかという問題があった。
それに異世界転生者がこの世界ではどのように扱われるかもわからない。
下手に説明して異端審問とかされたらたまらない
彼俺の言葉に彼女は目を丸くしていた。
「記憶喪失!? うわ、そういう人初めて見た!!」
「だから俺は自分の名前もわからない。名無しの権兵衛というやつだな」
「ナナシノゴンベー?よくわからないけど……でも名前がないと不便だよね。じゃあ、ナナシって名乗るのはどうかな?名前を思い出すまでだけ」
「ナナシか。なるほど、中々しゃれているではないか」
リゼットは名前を付けるセンスがあるようだ。
「どう、気にいった?」
リゼットが上目遣いでこちらの表情をうかがっている。
うむ、中々悪くない光景だ。
「うむ。それじゃあ名前を思い出すまで俺はナナシと名乗らせてもらおう」
「うえっへへー」と少女が顔を綻ばせる。いかん。愛おしくなりもう少しで尻を撫でるところだった。
完全に変態のそれだが言わせてもらおう。彼女の尻は中々撫で心地が良さそうなのだ。
無論、犯罪行為だろうからやらないが。
「ところでリゼット。些細な疑問だが冒険者というのは倒したモンスターをどうするもなのかな?」
この世界のシステムを把握しておかなければならない。
これがゲームならお金とかアイテムを入手できる仕様だがモンスターの死体からお金が出てくるのもよくよく考えれば妙な話だ。
同様に宝箱も出てきそうにない。
「うーん、基本的には死体から素材を一部もらって残りは自然に還すって感じかな。依頼によってはモンスターを丸ごと持ち帰ることもあるんだけどね。そういうのはギルドで解体して清算してもらうんだ」
「そっち」系統か。
ハンティングゲーム系のシステムか。まあ、確かに現実的かもしれない。
そんな事を考えているとリゼットは懐からナイフを取りしコープスウルフの前に跪き「ちょっと失礼」と死体に刃を入れた。
素早く、そして滑らかに刃が動く。
「中級モンスターの解体はボクも初めてなんだ。ただこいつは半分アンデッドみたいなものだから肉は食べられないし毛皮も大した価値ないし……そうなると……」
リゼットはあっという間にコープスウルフの身体から一本の太い骨を抜き出した。
大腿骨あたりだろうか。
肉も綺麗にそぎ落とされている。
「はい、「屍狼獣の堅骨」だよ。こいつはお兄さんが倒したからお兄さんどうぞ」
ナナシという名前は付けてもらったがリゼットにとって俺の呼び名は「お兄さん」のままらしい。俺は差し出された骨を受け取らず腕を組んで考える。
「その骨だが、君にとっては価値があるものかな」
「そうだねー。多分ランク4くらいだろうからボクみたいな初級冒険者にとっては結構価値がある素材だね」
「なるほど。ならそれを君に譲ろうと思う」
「えっ、急に何を言い出すの!?」
「その代わりだが、俺の頼みを聞いてもらいたい。」
リゼットがびくっと体を震わせ怯えた表情を見せた。
ああ、何やらどうやら勘違いをさせてしまったのだろうか。
「え……な、何かな。これを貰えるのは嬉しいけどこんな高価なものと交換条件ってなんかすごく怖いんですけど。」
「そんな怖がらないでくれ。先ほど言っていたコランチェに案内してほしい。それだけさ」
「え、そんなことでいいの!?」
リゼットの緊張が解け、ふっと表情が柔らかくなる。
ああ、この表情の変化はたまらないね。
「どうだろうか、悪い取引ではないだろう?」
「わ、わかった。それじゃあ交渉成立。町に案内するね。」
言うとリゼットは空中に円を描く。
すると空間の一部に穴が開いた。リゼットがそこへ骨を収納し円を切るように指を走らせると空間は閉じ元通りになった。
これは……そうか、アイテム倉庫に相当する何かではないだろうか。道具袋とかインベントリだとか。
「リゼット、今の穴は何だ?」
「まあ、魔法みたいなものだね。収納魔法。でも僕は魔法使いじゃないよ。収納魔道具っていうやつを使ってるんだ。ある程度の大荷物も持ち運べるんだ。まあ、珍しいものじゃないよ。」
なるほど、便利な機能だな。
登山などでもそうだが装備の重さがネックとなるという。だがこの収納魔道具は重さという問題を解消しつつある程度の量を持ち運ぶことが出来る。実に革新的だ。
「あれ、お兄さんが来ている服。不思議な紋章が刻まれてるみたいなんだけどそれも魔道具じゃないのかな。謎の古代文字と神獣みたいな紋章だね」
何のことだと服に目をやる。それはおかし企業とコラボして作られたグラフィックTシャツだった。生地には「やめようたって止まりはしない」というフレーズとおかしのイメージキャラが印刷されていた。
「ああ、これは……」
何と説明すればいいだろう。彼女の期待を裏切ることになるが現実だから仕方がない。
どうやら俺はこういうTシャツを好んで着る人間だったようだ。素直に告げることとした…
「すまない、これはただのおしゃれだ」




